其之弐拾伍話 時迫る
涼介が告げた満月の日まで後三日。当然の様に涼介は、姿を現さなかった。もっと聞きたい事や伝えたい事があったのに。揺れ動く舞美の心、そんな舞美を心配してか、彦一郎がそっと諭そうとした。
「舞美……分かっていると思うがあの男は……」
舞美は、すかさず……
「分かってる!分かってるって!彼は……彼は鬼っ!いくら優しくされても、人の姿をしていても彼は鬼っ!でも……でも!私は……涼介をっ……。だから……だから苦しいのっ!辛いのっ!」
『ボフッ!』
声を荒らげて彦一郎に食って掛かった舞美、そう言い放った後ベッドにうつ伏せのまま倒れ込み、枕に顔を埋め大きくため息をついた。
(涼介君……会いたい。そして……私の気持ちを伝えたい、大蛇との戦いの前に……)
そして何事もなく約束の満月の日を迎える。あの夜から後、嫗めぐみは、一度も現れなかった。憎むべき鬼の助言は、信用できないと言い切っためぐみ。しかし、洞窟には必ず来てくれると舞美は、思っていた、いや思いたかった。
街が寝静まった頃。舞美は、近所の公園へと向かった。嫗めぐみがそこで待っているかもしれない……そう思ったからだ。しかし、やはりそこに嫗めぐみの姿は、なかった。
「千里は……やはり来ぬか……」
「親の敵の話など信用出来ないと言う気持ち……分からぬでもないが」
「しかし、この話は、奴ら鬼の罠……という事も考えなくもない」
「そこで蛇鬼と共に待伏せしていれば……」
この大事な時に悪い事ばかりを予想しあたふたするオジイ達。それに舞美は、呆れた様子でため息を一つ付き、笑いながらこう言い放った。
「はぁぁぁ……オジイ達! 行ってみなけりゃわからないじゃない! まさに鬼が出るか蛇が出るか……じゃないのっ、まぁどっちが出ても蹴散らしてやるだけよっ!」
そう言って威勢よく啖呵を切ると傍らにいる羅神の前に膝魔づきそっと抱き寄せ……
「羅神……羅神、お願い……私に……私に力を貸して……」
そう耳元で呟いた。その願いに羅神は、舞美の頬をペロッと一舐めしてそれに答えた。羅神を見つめ頷くとさっと立ち上り、大きく手を広げ拍を打った。
『パァァン!』
「よおぉぉぉしっ、行くわよぉぉぉ、雷っ纏!」
羅神を纏った舞美は、ふわりと宙に浮かぶと満月を見つめながら、岩隗山へ向かって飛び立った。
【襲い来る呪木】
岩隗山。榊市を囲む山々の中で一番標高が高い山。この山は、中腹以上は、登山道が整備されておらず、遥か昔から手付かずの自然がそのまま残されている。また、起伏が激しく危険な為入山は、厳しく制限されている。
満月が青白く輝く夜……風を斬り飛び行く舞美の頬を優しく風が撫で過ぎる。
「綺麗……輝く月がとっても綺麗よ……涼介君……」
涼介を想い舞美が呟く。
暫く飛び行き岩塊山の裏手にたどり着いた。しかしまだ月明かりに照らされていない山肌は、真っ暗で何も見えなかった。舞美は、一先ず眼下に見えた大きな岩の上に降り立った。周りを見渡しても真っ暗で何も見えない、天井に顔を向けると無数の星が見える、すると……異様な気配が辺りに立ち込める、しかも少しの風もないのに山肌の木々がざわざわ……ざわざわっと騒ぎ立てた、次の瞬間!
『ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッヒュン!!』
凄まじい風切り音と共に暗闇の中から何かが舞美めがけ無数に飛んでくる気配を捉えた。一早くその気配を捕らえた舞美は、雷神刀を抜いた。
「雷壁ぃ!」
『パァァァァァァァァン! バリバリバリバリバリィィィ!』
自身の周りに雷撃の壁を作り出し、飛んで来た何かは、その雷壁に瞬時にして焼き尽くされた。
「今のは……あれと同じ……あの呪木の蔦!?」
(おおっそうじゃ?! あれは、間違いなく呪木の蔓! しかし何故呪木がここにっ?)
「くっ心眼っ!」
舞美は、心眼を使い蔓が飛んできた方向を見渡した。すると暗闇で見えなかったが山肌に生える木々の殆どが呪木で埋め尽くされていた。しかしその高さは、舞美が祓った呪木より遥かに低くかったが如何せんその数が多すぎる。だが舞美は、その数に臆する事なく言い放つ。
「ふんっ、こんな数どおって事ない。何故なら私は今、羅神を纏ってるんだから!」
そう言い放つと雷神刀を振りかざし……。
「行くわよぉぉ! 雷天っ」
頭上に雷鳴が轟き、雷を伴った雲が渦を巻き雷火花が散り始める。次に刀を下に翳し……
「雷地!」
と唱えると地面に雷火花が散り始めそれが上空の雷火花と合わさり甲高い音と共に辺り一面に赤、黄、桜色の火花の美しい花が咲き乱れる。
『バチッバチッバチッッバチッバチッバチッッバチッバチッバチッッ!』
しかし既に下方では、雷壁に蹴散らされた呪木の蔦が再生しながら集結し、まるで大波のように舞美めがけ伸び上がって来る!そしてその波が舞美を呑み込もうとするその寸前、刀を振り上げ言の葉を叫ぶ!
「天地雷撃ぃ!」
『バババッバババッババババッバババッバババッババババッバババッバババッババババッバババッバババッ! ドドォォォン!』
頭上からの雷撃と地上から天空に向かって放たれた凄まじい雷撃が発生し大波のように迫り来ていた蔦と山肌一面に立つ呪木を一瞬で全て焼き尽くした。
「ふんっ、どおって事ない」
しかし燻る呪木の根から、次々と新しい芽が出始め瞬く間に山肌一面に茂り始めた。
(こ、これは……なんと凄まじい生命力だ……)
(うぅぅむ……これは、元を絶たねばきりがないという事か、どうする舞美よ?)
その言葉に意気揚々と答える。
「出てきたらまた焼き尽くすまで。来るなら来いよっ!」
舞美は、刀を握りしめ体からバチバチと火花を散らしながら向かって来る蔦を斬って斬って斬りまくった。しかし……
「もうっいい加減きりがないっ! 月の晄はまだ!? まだ月は現れないの?! 私もう……もう限界! 助けてぇぇ!!」
自分の限界が近いのを悟ったのか珍しく弱音を口にしたその時、月の晄が徐々に山肌を照らし始めた。すると照らされた呪木が次々に褐色に変わり枯れ腐れ瞬く間に跡形もなく消えてしまった。その枯れ果てた山肌の中腹に巨岩が現れた。そしてその岩の隙間に人一人通れるような竪穴が見えた。それこそが洞窟への入り口だった。舞美は、洞窟の入り口の前に立つと瞳を閉じ大きく息を吸った。そして……
「羅神……オジイ達……行くよ……」
そう呟き洞窟の奥へと進んで行った。
つづく……




