其之廿話 真実への伏線
塾に通い始めて数か月がた過ぎた。あれだけ下がっていた舞美の成績も、涼介の協力もあり徐々に成果が見られ始め、どうにか母親を安心させる所まで持ち直してきた。舞美は毎週、涼介と塾で過ごす時間をとても楽しみにしていた。動機は不純だか成績は上がったので結果オーライだろう。
一方で嫗達の捜索活動は続いている。しかし蛇鬼やもう一つの悪しき者の新しい情報は舞美の元には伝わって来ない。早く自分も嫗達に加わりたい……と思っていたが何時しか涼介と過ごす時間が大切と思うようになり、いまいち捜索活動の事は前のめりに考えられなくなっていた。
そして舞美は、涼介から「付き合おう」と言われた訳ではないが『涼介の一番近くに居る女の子は私』と思うのは彼の舞美に対する態度や優しさなどから当然の事だった。
ある日、二人で居残って予習をしていた日の事だった。ふっと視線を感じる、そう思って顔を上げると涼介が私を見ていた。その目は何処か悲しげで虚ろな眼差しだった。
舞美が問う。
「なあぁに、涼介君そんなに見ないでよ! 恥ずかしい……どうかしたの?」
「あっご、ごめん! な、なんでもないんだ!」
この時涼介は、慌ててその場を取り繕ったがそんな涼介の姿を舞美は気にも止めていなかった。
そして日曜日、いつもであれば午前中の教室開放時間に合わせて待ち合わせをするのだが、その日は『午後からの教室開放時間に行きませんか』と涼介から相談があった。
理由は解らなかったが別に午後になっても都合が悪い訳でもないし『お弁当の事を気にしているのかな』と考えたりもしたが気にもせず涼介の提案通りに塾に行く事になった。
そして午後一時十分の電車で待ち合わせをする。いつものように三両目に乗っている涼介を見つけると窓越しに手を振りながら追いかけ乗降口から電車に乗り込む。
「こんにちは、お昼からなんて初めてだね!お昼ご飯食べた後だから眠くならないかな!」
と他愛のない会話を交わそうとした舞美。しかし涼介の様子が何処かおかしい。舞美の顔を見ながら笑顔で返すのだが……
「そうだね、眠くならない様にしなくちゃね」
何処か、ぎこち無く感じる。『気のせいかな』と思いつつも、その後の涼介は、普段通りの振る舞いで、自習時間もいつも通り何事もなく終わった。
そして夕方、二人電車に乗って帰路に着く。辺りが少しずつ暗くなり街の街灯がポツポツ点き始める頃、電車から外を眺めていた涼介が何かを見つけて興奮しながら嬉しそうに舞美に語りかけてきた。
「あー! 舞美さん、ほら! あそこ! お祭りやってるよ、お祭り! ねぇねぇ、次の駅の商店街だよだよ、降りて行ってみない!? 行こうよ、舞美さん!」
涼介は、そう言うや了承する前に舞美の手をぎゅっと握り、乗降口の方へ引っ張っていった。
降りた所は下町風の商店街。一直線に伸びた道に商店街が並び、その直線の終わりに神社へ登る階段が見えていた。いつもは電車の中から眺めるだけの商店街だったが降りて見て見ると下町風の商店が立ち並び風情があった。商店街を抜け神社の境内に入ると露店が右に左に軒並み連なっていた。スピーカーからは祭囃子の音が流れイカ焼きやたこ焼き、はし巻きの美味しそうな匂いが至る所から漂ってきていた。
子どものようなキラキラした眼差しでキョロキョロと辺りを見ている涼介。そんな涼介に舞美が
「涼介君すっごい楽しそう! そんなにお祭りが好きなの?」
「昔、ここら辺は村人も少なくて寂しいところだったんだ。でもこの時期になるとこの神社で縁日があって周りの村から、いや遠くの村からもいっぱい人が集まって来てとても賑やかになるんだ! それと普段は食べられなかったお団子やほおずきをその日だけは食べさせてくれたんだ!」
舞美は、涼介が言っていることがちょっと分からなかった。『昔? 村人? ほおずきって何?』あまりにも興奮して早口で話す涼介の言い回しが間違っているのかと思った。そうして二人で歩いていると『チリーンチリーンチリーン』と乾いた音色が幾つも重なった音が聞こえてきた。その音にだんだん近づいて行くと風鈴が沢山吊り下げられている風鈴売りの露店だった。なぜか風鈴売りなのに射的があった。
「可愛い音色だね、ほら、これなんて金魚が泳いでる!」
風鈴を見ていると奥から露店のおじさんが出てきて威勢よく声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、射的やってくかい? 一回二百円! 的を倒したら好きな風鈴持ってっていいよ!」
「よしっ! 私やってみる!」
「舞美さん、頑張れっ!」
二百円を払い、貰った弾を鉄砲に込め身を乗り出して的を狙う。(よーし神氣の息で集中だ!)と呟き引き金を引く
『ポンッ』
しかし弾は的にかすりもせず後ろの紅白幕に力なく跳ね返される。
「あー残念! 残念賞は風鈴のキーホルダーだよっ! お嬢ちゃん可愛いから彼氏の分まで持ってっていいよっ!」
「えっ? いいんですか! やったぁ!」
指し出された箱を見ると色んな色の風鈴の形をしたキーホルダーが沢山入っていた。一つ、舞美が手に持って上に掲げてみるとゆらゆらと揺れながら『チリリンチリリン』と可愛い音色が聞こえた。
「可愛い! 私これ、ピンク色にする! 涼介君は何色がいい?」
「ぼくはぁ……えっとぉ……どれも綺麗で選べないなぁ、舞美さんが選んで下さい」
「じゃあ、青色! 涼介君の色って感じがする!」
「僕って青色なのかぁ……舞美さんありがとう!」
そして駅までの帰り道、公園の中を通り抜けて行こうとしていた。舞美は、さっき貰ったばかりのキーホルダーを嬉しそうに頭上に掲げ、鼻歌交じりで眺めながら歩いていた。すると舞美の後ろを歩いていた涼介が足を止めた。その事に気付かず歩みを止めない舞美。そして
「舞美さん!」
涼介は、少し離れたところから舞美を呼び止めた。
舞美は、ゆっくり振り返り
「ん? どうしたの、涼介君」
涼介はゆっくり顔を上げ、少し離れた舞美の目を見つめながら……。
「舞美さん……あの……ね……僕は……」
と涼介が何かを言い始めた……その時!




