其之壱話 序章 上ノ話
【バイクの男】
終業時間が近くなりPCの画面を閉じる作業をする男、29才、独身、1人暮らし(実家は、東北地方)
その日、男は逸る気持ちを抑える事に死力を尽くしていた。その理由は、あと40分後の午後6時、行きつけのパチンコ店が……
〈新台入れ替え! 本日午後6時オープン!〉
する為である。
男は、数日前にこのイベントの入場整理券を既に手に入れており、この日を密かに待ちわびていた。
今日一日、幾度となく時計を確認し昼休みには、昼食を取りながら人目をはばかりお目当ての台の動画をSNSや動画でチェック。同席していた同僚の話など上の空だった。ちなみにこの男、余暇活動がパチンコという事は、誰にも公言していない。なぜなら社内での評判を気にしているからである。
そして終業時間を迎える。男は、さり気なく自席のノートパソコンを閉じ、ゆっくりとデスクから立ち上がった。そして誰とも目を合わせず……
「お先します……」
とだけ言い残し一礼してオフィスを退出した。
男は、バイクで通勤していた。其れは、排気量125㏄のスクーター。車は、所有していない。
現金一括、新車で購入したそのバイクは、マフラーが改造されていて、かなり五月蠅い。
会社からパチンコ店までバイクならこの時間に出ても30分もかからない。現在午後5時20分なので余裕で間に合う。男は、腕時計を見ながら薄ら笑みを浮かべた。
駐輪場へ向かう最短のルートへ鼻歌交じりで向かう男。オフィス職員が普段使う事はない搬入用エレベーターに乗り込み、そして一階に着きその扉が開いた時には、すでにヘルメットとグローブは装着済みだった。誰も居ない廊下をまっすぐ進み裏非常口の扉を開くと自分のバイクが置いてある駐輪場の真横に出る。意気揚々とバイクに跨りキーを取り出そうとライダースジャケットのポケットに手を突っ込む。
が、しかし……
そこにあるはずのバイクのキーが……ない。いつも入れているはずのライダースジャケットの胸ポケットに鍵が入っていない。グローブを外しもう一度よく確認するがやはり入っていない。その時、男は『あぁぁっ!』と声を出し何かを思い出した。
【朝の出来事】
それは、出社して着替えている時の事である。ロッカーのハンガーにライダースジャケットを掛け、扉を閉めると同時にロッカーの中から『カシャン』と何かが落ちる音が聞こえた。
『! カシャン?』
その音に再びロッカーの扉を開けた。すると何故かジャケットのポケットに入れたはずのバイクの鍵がロッカー下に落ちていた。
『何故?』と疑問に思いながらも鍵を拾い、再びジャケットのポケットに入れようとしていると、ロッカー室に慌てた様子の後輩社員が飛び込んできた。どうやら今日の午後に行われる会議のプレゼンの内容が自分ではどうする事も出来ず、男に泣きついてきたらしい。
そのプレゼンの内容は、少しややこしい依頼の件だった。その後輩は、男に資料を見せながら早口で説明を始めた。男は、その資料を受け取り話を聞きながらそれに目を通し始めた。その時、鍵をポケットに入れずロッカーの棚に何気に置いた事をすっかり忘れていた。
ロッカー室は、オフィスがある6階にあった。
「くそっ!」
そう小さく呟きつつ、ヘルメットとグローブを外しシートの上に置くと今順路を戻り、6階へと急いだ。しかし普通に行けば5分ほどで元の駐輪場まで戻ってこれるはずだったのだが、今日は、様子が違っていた。
まず……プレゼンを手助けした後輩達に囲まれ、お礼の言葉を言われるのに4分。帰宅途中の上司につかまり飲みの誘いを軟らしく断るのに6分、何故かロッカー室の電気がスイッチを入れても付かず、手探りでロッカーの場所に行きロッカーの鍵をリュックから出してロッカーを開け、バイクのキーを取るまで5分、1階まで降りていたエレベーターを6階まで呼び戻して下に降りるまで3分。
結局バイクのキーを取って帰ってくるまで18分もかかってしまった。
「くそっ! なんて日だッ!」
そう叫びつつバイクに跨り腕時計を見るとすでに17時39分、キーを差し込みエンジンをかけると同時にアクセルを一気に開ける。
『ブアァァァァァァンン!!』
爆音を上げ弾丸のように加速するバイク。
(18時開店に間に合わない!)
男は焦っていた。
会社を出て細い道から大通りへ出る。大通りは帰宅ラッシュのため渋滞していたが男は、車の間を右へ左へすり抜けていく。明らかに危険な運転だ。渋滞している車の間を縫うようにすり抜け、前方が開けたらアクセルを一気に開ける。もうこの時点で、どんなに急いでも18時には、到底間に合いそうになかった。しかし男は、何かに取り憑かれたように更にアクセルを開け、スピードを上げる。




