その8 役には立ってたよ
土曜日の午後。約束通りマンチカンは車で迎えに来た。新潟県へ花火大会を見に行くためだ。
茉莉花たち三人は既に浴衣に着替えていた。マンチカンの車に乗り込む。
マンチカンの車に乗るとき、いつもは運転席の真後ろに茉莉花、後部座席の左側に桜子、助手席に雅が定位置になっていた。ところが今日は運転席の真後ろに雅、助手席には茉莉花が座っていた。
運転なしながらマンチカンは言った。
「今日は座る席が違うんだな」
茉莉花は鼻で笑った。
「みんな浴衣だからね」
前を向いたまま首を傾げるマンチカン。
「浴衣だと、なんで席が変わる?」
「あんたが雅をいやらしい目で見るからに決まってんじゃない」
「なんだよ、それ。見ねえよ」
「なんで見ないのよ。雅の浴衣姿なんてめちゃくちゃ可愛いのに、失礼じゃない。見なさいよ」
「その手には乗らないぞ。それで見るって言ったら変態あつかいするつもりだろ?」
茉莉花は舌打ちをした。
「……なんで見ないのよ。桜子の浴衣姿なんてめちゃくちゃエロ可愛いのに、失礼じゃない。見なさいよ」
桜子がショックを受ける。
「ええっ?エロかわ……?」
マンチカンがツッコミを入れる。
「いま桜子を見たら事故るだろが」
ニヤリとする茉莉花。
「事故らなければ見るって事ね」
「どうしてもオレを変態にしたいんだな?」
「だって変態じゃない」
「雅も桜子も確かに群を抜いて可愛いから、変態じゃなくても目を引くよ。オレだって二人が家から出てきた時は思わず目を見張ったからな」
「変態を自白したわね」
「それで言うと、二人に目を引かれた人は全員が変態って事になるけど?」
「そ…そうよ。こんな二人を見るような男は変態よ。どうせ全員が性欲まみれな視線で全身を舐め回してるに決まってんだから」
雅がたまらず苦情を言った。
「ちょっと茉莉花。こんな二人ってなに?あたしたちを何だと思ってるの?」
振り返ってイヤらしい顔をする茉莉花。
「欲情の対象?」
「ぅおいっ!変態は茉莉花じゃない!」
「それはちょっと違うよ、雅。わたしは悪くない。悪いのはエッチな体つきをしている雅と桜子の方よ」
「なっ…。性犯罪者がほざくようなクズな理屈をよくもまあしゃあしゃあと…」
情けない顔の桜子が弱々しい声で訊く。
「ねえ~わたしの体つきってエッチなのぉ~?」
それを無視して雅に反論する茉莉花。
「欲情して行動を起こしちゃうのが性犯罪者でしょ?欲情したり妄想したりするとこまではセーフよ」
呆れ顔の雅。
「そういう目を向けてくる男がいたら、茉莉花ドン引きするくせに」
桜子が情けなく訊く。
「ねぇ~。わたしってエロいのぉ~?」
無視して続ける茉莉花。
「ドン引きなんてしないわよ。嫌悪するだけで」
鼻で笑う雅。
「同じじゃない。そういう男どもが許せないんでしょ?」
桜子が訊く。
「ねぇ~。わたしのどこがエロいのぉ?」
無視する茉莉花。
「許せなくはない。エロい体に目がいって欲情しちゃうのは本能だもん。止めようがないでしょ?ただ、そのイヤらしい視線をわたしに向けんなってだけ」
苦笑いする雅。
「また自分本意な事を」
「雅だってそう思ってるくせに」
「思ってるわよ。だから、そういう目であたしを見ないでよ」
「わたしはいいのよ。あんたたちをそういう目で見ても」
「そうだった。茉莉花ってそういう自分勝手な人だった」
桜子がすがるように訊く。
「わたしエロくないよねぇ~?」
茉莉花と雅が声を揃えて答えた。
「エロいわよ!」
涙目の桜子。
「えぇ~?そんなぁ~」
泣きそうな声に茉莉花は慌てた。
「いや…ちがっ……」
雅がなだめる。
「うそよ、うそ。エロくないわよ」
疑わしそうな目を雅に向ける桜子。
「え~?ホントにぃ~?」
雅が早口になる。
「ホント、ホント。ほらでも、高校一年生だもん。多少の色気は漂うわよ?でもそれが魅力でしょ?それで結城くんを虜にしちゃえ」
桜子の表情が明るくなった。
「そういえば結城くんも言ってた。わたしの水着姿が少しエッチだって」
茉莉花の眉間にシワが寄る。
「なにぃ…」
照れながら話を続ける桜子。
「でもエッチを可愛いが上回ってるんだって」
「あいつ、そんなこと言ったのか」
「うん。それって虜になってるってこと?」
「それはどうだろう。違うんじゃない?」
桜子は否定されて少しむきになり、手を頬に当ててしなを作ると言った。
「でもでも結城くん、わたしのパンツが見たいって言ったこともあるよ。それって、わたしの色気に気付いちゃったって感じ?」
鬼の形相になる茉莉花。
「なんだとぉ!そんなこと言いやがったのか、あいつ!」
真後ろの桜子からは助手席の茉莉花の形相は見えていなかったが、声が明らかに怒っているので、桜子は慌てて言い訳をした。
「でもでも、そういうのは高校一年生にはまだ早いって言ってたよ」
結城が言った「そういうのは高校二年になってから」というセリフを桜子は言わなかった。
茉莉花の眉間のシワが消えた。
「意外と理性的ね」
「でしょ?でしょ?」
安心した顔で明るく訊く茉莉花。
「今日、結城くんを誘わなくてよかったの?」
溜飲の下がった茉莉花にホッとして、桜子は答えた。
「大輝くんも来ないし、この中に入ったら気まずいかなって思ったから」
「まあ、そうよね」
「それに明日も誘われてるし」
「どこ行くの?」
「ビアガーデン」
「え?!未成年カップルが?!」
「違う違う。結城くんのお姉さん的な人が行くから連れてってもらうの」
「お姉さん的な人?」
「親戚みたいな人。いま長野に来てて、結城くんの代わりに人探しをしてるんだって」
「へぇ~。その人に誘われたの?」
「うん。雅ちゃんと大輝くんがあした浴衣で出かけるって言ってたから、わたしと結城くんも浴衣で行こうって話になったよ」
「浴衣でビアガーデンかぁ。涼しそうだね」
「でしょ?」
雅が思い出したように言った。
「あ、茉莉花のご飯は用意していくから心配しないでね」
茉莉花は苦笑いする。
「いいよ、ほっといて。デリバリか、その辺のファミレスにでも行くから」
「そお?じゃあ予算は出すから美味しい物でも食べて」
「お、ケチな雅が珍しく太っ腹」
「ケチだけは余分よ」
文句を言いながらも笑っている雅。
川の堤防の横にレジャーシートを敷いて準備はオーケー。花火大会が始まるのを待つばかりとなった。
桜子がはしゃぎながら言った。
「じゃあ、屋台で何か食べるもの買ってくるね」
行こうとするのを慌てて止める茉莉花。
「ちょっと待って、ちょっと待って」
茉莉花は雅に言った。
「ごめん。ついてってあげて。一人じゃ何あるかわかんないし、ぜったい戻ってこれないから」
雅は笑いながら同意し、桜子についていった。
レジャーシートに横座りしている茉莉花は、ビーチサンダルを脱いでレジャーシートに座るマンチカンの動きを目で追った。そこで茉莉花はマンチカンと二人きりになってしまった事に気が付いた。自分が桜子についていけば良かったと思ったが、あとの祭りである。
二人きりになった事など何度もあるし、今さら照れるような間柄でもない。けれども、今日のマンチカンはいつもと雰囲気が違っていた。
今日のマンチカンは浴衣ではなかった。だからといっていつものストリートファッションでもないし、ましてや法衣に袈裟のわけがない。開襟シャツにハーフパンツというラフな格好をしている。
なんとなく気まずいながらも、茉莉花は言った。
「その格好、珍しいね」
「ん?…ああ。運転が長いし、楽な方がいいかなと思って」
「ふ~ん。そういう格好、別荘のとき以来じゃない?」
「そうか?……まあ、お前の前ではそうだったかもな」
「うん…」
マンチカンは真顔で茉莉花を見つめた。その視線に戸惑って目を泳がせながら、茉莉花は訊いた。
「……なに?」
マンチカンは少し表情を緩めた。
「いや、別荘での話を普通に出来るようになったんだなと思って……」
惚けるように茉莉花は言った。
「……別に前から話せたよ」
「そうか?」
「そうよ」
「まあ、オレにとっては黒歴史だけどな。今さら戻れないし、お前にどんな罵倒をされようが、ぜんぶ受け止めるつもりでいるけど」
「あの頃は苦しかった……」
「ごめん」
「別にマンチカンのせいじゃない」
「いや、お前の役に立てなかったから」
茉莉花が小声になった。
「役には立ってたよ……」
「ん?」
「あの時は…………ありがとう……」
マンチカンは驚いた。茉莉花から感謝されているなど、1ミリも考えていなかったからだ。
いつもなら「どうした?具合でも悪いのか?」などと軽口を叩きそうなものだが、思いのほか茉莉花が真顔で言ったものだから、マンチカンはふざける気にはなれなかった。
「ああ…」
それだけ答えた。
花火大会は始まった。大きな音と共に花火が打ち上がる。
ところが雅と桜子はまだ戻って来ない。
打ち上がる花火を目で追いながら、茉莉花は溜め息をついた。それを見ていたマンチカンは笑った。
「どした?」
茉莉花はまた溜め息をついてから答えた。
「明日、どうしようかと思って。雅も桜子も午前中から出かけちゃうし。だからといって、昼間から一人で出かけるのはめんどくさいし、あした暑そう」
「それな。ひと雨あれば涼しくなりそうだけどな」
「雨なんて降ったら雅と桜子が泣くでしょ?」
「あ…そか」
茉莉花は視線をマンチカンへ移した。
「寺の用事なんてサボって、わたしをジェラートの美味しいカフェへ連れていけ」
困り顔のマンチカン。
「そういうわけにはいかないんだよ」
「あんまり真面目だと禿げるよ」
「坊主が禿げても普通だろ」
「そんなこと言いつつ、抗って金髪にしてるくせに」
「ははっ、まあな」
「どっか連れてけぇ」
「しょうがないなぁ。夜だったらいいぞ」
「ええ~?それだと学校ある日でも同じじゃん」
「一人で夜ご飯をウーバーするよりいいだろ」
「奢ってくれるの?」
「お前、ちゃっかりしてんな。いいけどさ」
「やったぁ~」
「どこへ行きたいとか、何が食べたいとか、何がしたいとか考えといてくれよ」
「オッケー」
茉莉花は柄にもなくウインクをした。
花火大会が終わった帰り道、田んぼの見える暗い田舎道を走っていると、後ろから来たパトカーに止められた。
パトカーから降りてきた警察官は窓を開けたマンチカンに訊いた。
「運転手さん。なんで止められたかわかります?」
マンチカンはオドオドしながら答えた。
「すみません。わかりません」
「さっき、丁字路があったでしょ?左折する時にその手前で一時停止しました?」
「え?え?一時停止?」
「だって、突き当たったでしょ?」
「え?あれ?こっちが道なりじゃないんですか?」
「まあ道路的にはそういう繋がりにはなってますけど、あくまでも突き当たってるのは運転手さんが来た方の道ですよ」
「え?そうなんですか?」
「わかりにくかったですか?」
「道の太さは右の道の方が細かったから」
「まあ、そうなんですけどね。ただ、一時停止の道路表示も標識もありましたから、いくら暗くても見逃さないようにしてもらわないと」
「す、すみません」
「お急ぎのところ申し訳ないんですけど、ちょっとパトカーの方へ来てもらってもいいですか?」
「は、はいっ」
マンチカンは警察官に連れられてパトカーへ移っていった。
茉莉花は大きく溜め息をついた。
「はぁ~っ。マジかぁ~」
雅は笑いながら言った。
「やっちまったなぁ」
茉莉花は笑えない。
「早く帰りたい…」
雅は悪ノリした。
「あそこで右から車が来てたら、あたしたち死んでたかもしれないじゃない?そしたら、この辺りに立ったままお迎えを待つことになるのかなぁ」
桜子が泣きそうな声をあげた。
「雅ちゃん、やめてぇ」
茉莉花は誰に言うとでもなく気だるげな声を漏らした。
「早くおうちに帰ろうよぉ」
言ってもしょうがないという事は、百も承知の茉莉花だった。
第十話 おうちに帰ろう
――終わり――
次回からは「第十一話 おじさまはコーヒーの香り」が始まります。
「その1 あるわけのない記憶」は7/25(金)に投稿する予定です。
7/18(金)にはおまけの話を投稿する予定です。




