その6 笑っていてほしいだけだから
前日になって課題が終わっていないと泣き出した桜子を茉莉花と雅が手伝って、なんとか0時過ぎに終わらせるという夏休み最後のハードミッションをクリアして、新学期の朝を迎えた。
茉莉花たち三人が学校に着いて教室へ入ると、いきなり数人のクラスメイトの女子に囲まれた。
女子の一人が早口で訊いてきた。
「桐生さんたちって除霊とかしてるってホント?」
茉莉花はたじろいだ。
「え……あ……それは……その……」
他の女子たちが重ねて訊いてきた。
「ねえ。三人とも幽霊が見えるんだってね」
「心霊研究会って、やっぱりそういうのなんだね」
「お仕事なの?お金を取ってるんでしょ?」
「怖くないの?」
「幽霊に取り憑かれたりしないの?」
佐々木の孫でクラスメイトの石井が吹聴しているに違いなかった。
固まってしまった茉莉花を「お願い」と桜子に託して、雅が矢面に立った。
「除霊じゃなくて浄霊って言ってね、単なるご供養よ。知り合いのお寺さんのお手伝いをさせてもらってるの」
女子たちは興味津々である。
「えっ、でも見えるってのは本当なんでしょ?」
「うん、そうね。だから亡くなった人が成仏できるように、そのお手伝いをするの。迷われてる故人に道案内をするイメージかな。だから怖くはないのよ」
「でもお金は取るんでしょ?儲かるの?」
「その辺はお寺のお坊様がやり取りをしてるから、よく知らない。お布施って形でお金をいただいてるんじゃないのかな?あたしたちにはバイト代を出してくれるよ」
「へえ、そうなんだ。幽霊が見えて得したね」
「いいことばかりじゃないのよ。道案内をする人って全員が故人なんだもん。生きてる観光客を道案内する方が楽しそうでしょ?」
「そ、そうね」
「ただね。お寺さんのお手伝いをする事で少しでも亡くなった人やご遺族のお慰めになるのなら、見えるって事も悪くはないのかなと思ってる」
「ふうん。なんか立派な事をしてるのね」
「特に立派な事でもないわよ。お寺の法事とは違うけど、ご供養という意味では同じだし、日常の中のささやかな行事の一つに過ぎないわ」
「そんなものなの?」
「そんなものよ」
「ねえ。じゃあさ、幽霊とか見たりしたら相談してもいい?」
雅は右掌を胸の高さで前に向けた。
「あ、ごめん。あたしたちは学生が本業だと思ってるので、放課後までは学業に専念するって決めてるの。ただ、本当に困ってたら心霊研究会の部室前に相談箱が置いてあるから、そこへ投函してくれる?その方が秘匿性も保てるし、いいと思うの」
「あ、知ってる。中等部の頃からやってるよね、幽霊ポスト」
「うん。幽霊ポストなんて名前じゃないけどね」
「この学校で相談した人っているの?」
「それは守秘義務があるから教えられない。でも不要だったら相談箱なんて置いてはおかないでしょ?それで察してもらえると……」
「あー、はい。理解したわ」
雅は教室の後ろの方を見た。気まずそうな顔の茉莉花が自分の席でこちらを見ていて、横には桜子が付き添っている。
雅はやや小声で言った。
「あと、こういう話は茉莉花にはしないで。故人と多く接してるから、思い出したら気持ちが沈んでしまうのよ。茉莉花は特に影響を受けやすいから」
「あ、ごめんね。そりゃ、そうよね。楽しい仕事じゃないもんね」
「わかってもらえたのなら良かったわ」
その時、沙羅咲がすぐ横で気の抜けた声で言った。
「そろそろホームルーム始まるよぉ」
雅の周囲にいた女子たちは慌てて散っていった。
沙羅咲が雅に囁いた。
「大丈夫?」
雅が囁き返した。
「うん、ありがと」
雅は自分の席へ向かった。
放課後、茉莉花たちは保健室に立ち寄った。
茉莉花は元気に入っていく。
「やっほー。遊びに来たよ~」
杉浦は渋い顔をした。
「保健室は遊びに来る所じゃありません」
「わ、酔っぱらいがまともなこと言ってる」
「ちょっと。仕事中に呑んでるわけないでしょ?それに今はいいけど、具合が悪くて寝てる子がいたらどうするの?静かに入ってきなさいよ」
もっともな言葉に茉莉花は苦笑いした。
「ごめんなさい。今度から静かに遊びに来ます」
「いや個人的には嬉しいけど、遊び場じゃないから。保健室は」
「やっぱ嬉しいんじゃないですかぁ。固いこと言わないでよぉ、ミナミせーんせ」
杉浦はあからさまに嫌な顔をした。
「下の名前で呼ばないでって。好きじゃないんだから」
「へぇ。なんで?」
「なんででもいいでしょ?」
本気で嫌がっているようなので、茉莉花は話題を変えた。
「杉浦先生って医師免許は持ってます?」
杉浦は素っ頓狂な声を漏らした。
「はあ?」
「あ…いや、持ってたら色々と出来て便利かなって」
「便利って理由だけで医師免許なんて取ってられないわよ。そもそも養護教諭と医者は役割が全く違うのよ」
「それは知ってますけど…」
「てか、なに?その中身の無い質問。あなたたちヒマなの?」
「えへへ。まあ……」
「だったら文化祭の準備とか始めたら?何かやるんでしょ?心霊研」
「やりますけど、まだいいかなって。それより杉浦先生と親睦を深めようかと…」
「あのね…。養護教諭って生徒の怪我の手当てだけが仕事じゃないのよ。これでも忙しいの」
「ですよねぇ…」
「悩みでもあるなら相談に乗るけど、暇つぶしの相手は勘弁して」
「悩みはありません」
「無さそうな顔してるもんね」
仏頂面になる茉莉花。
「どういう意味ですか!」
それを無視して雅に顔を向ける杉浦。
「あなたは大丈夫?香月さん」
雅は唐突に話を振られてポカンと口を開けた。
「え?」
杉浦は優しく微笑んだ。
「困ってる事があれば何でも言いに来てね」
雅はポカンの顔のまま頷く。
「は、はぁ…」
茉莉花はわざとらしく笑いながら言った。
「じゃあ、そろそろ引き揚げようか」
茉莉花たち三人は保健室を出た。
校門を出た所で茉莉花が小声で雅に訊いた。
「あのさ。雅の事情を知ってる学校関係者って、誰と誰だったっけ」
雅は真顔で答えた。
「えっと…理事長と校長でしょ?あと養護の後藤先生」
「後藤先生は中等部の養護教諭だよ」
雅は茉莉花の話の主旨に気付いて青ざめた。
「あっ……」
「確認はしてないけど、高等部に進学すれば当然、高等部の養護教諭に引き継がれるはずよね」
「…………」
「杉浦先生が雅にピンポイントで声をかけたでしょ?悩みの無いわたし以外を心配してるんなら桜子にも訊いてよさそうなのに。それに雅への話し方も意味深に感じられたから、知ってるのかなって」
「……そうね」
「なんで杉浦先生が知ってる可能性に今まで気付かなかったんだろ」
「ホントに……」
それは「ミナミ先生」かもしれない人物に雅の秘密を知られているという事である。
雅はその恐怖に、小さく身震いをした。
夜、小さな公園のベンチに雅と大輝は並んで座っていた。
大輝が訊いた。
「何かあった?」
雅は少しだけ驚いて訊き返した。
「どうして?」
「何て言うか、不安そうな顔をしてるから」
「ホントに?」
「うん」
「ごめん。心配かけて」
「謝るなよ。俺は雅に笑っていてほしいだけだから」
「うん、わかってる。実はね――」
雅は杉浦の事を正直に話した。
大輝は難しい顔で溜め息をついた。
「ジレンマだよな。埋没って言っても、最小限の協力者は絶対に必要だからね。特に学校では保健の先生が知らないと何かあった時に適切な対応をしてもらえないからな」
「うん、そうなの」
大輝は雅の顔を優しく覗き込んだ。
「あんまり考え過ぎるなよ。杉浦先生がミナミ先生って決まったわけじゃないし、海でも何も無かっただろ?それに、あの杉浦先生が悪い人には、俺は思えないよ」
「うん…」
そこで雅は思い出して言った。
「そうだ。今度の土曜日に新潟県へ花火大会を見に行くけど、一緒に行かない?」
「新潟県って事は少し早めに長野を出るんでしょ?」
「たぶん」
「ごめん。その日はシフトだから無理だな」
あからさまにがっかりする雅。
「そう…」
「あ、でも次の日は休みだし、どこか行かない?」
雅は少し膨れた。
「だって浴衣を着るのは土曜日が最後だよ?」
「じゃあ、日曜日は行かない?」
やや慌てる雅。
「行くよ。行くけど……」
「俺、来週の後半には東京へ帰るから、ゆっくり会えるの、もう日曜日しか無いんだよね」
「わかってる」
「いいじゃん。日曜日も浴衣を着れば」
「え~?着る理由が何も無いのに?」
「あるよ。俺が見たい」
雅はほんのり頬を染めた。
「なんで、そういう恥ずかしいこと言うの?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「じゃ、決まりね」
「ん、もう…」
そう言いつつも、雅の表情は嬉しさを隠しきれていなかった。
次回「その7 妖精の笑顔」は7/4(金)に投稿する予定です。




