反物をえらぶ男たち
なのに、お坊ちゃまは、ああそうですか、と軽く笑い、それは良かったとまで付け足した。
にらんでいたヒコイチと眼があった男は、そうそう着物、と思い出したかのように突然、織物の名を口にし、色味を指定して、本当に着物をあつらえる意向を伝えだす。
あっという間に、反物が運ばれ、女同士の会話のような、男二人の慎重なやりとりがはじまった。
着物など、木綿のものが数枚と、ドテラがあればじゅうぶんと思うヒコイチに、その光景は理解できない。
だいいち、普段洋装のお坊ちゃまが着物を着ているのなど、見たことがない。
結局、なんだか渋い色の反物を二反選び、話はついたようだ。
部屋の隅でひまをもてあまして待つヒコイチは、閉めきりだった障子をあけて、庭を眺めた。
―― 整えられた木々と、小山と、橋のかかる、広い、池。
隠居の庵は、右手の小山、もみじの向こうにある。
椿もしげった小山の奥にあるそれは、この母屋からは切り離されたような場所で、ひょうたんのような形の池も、いっけん、こちらと続いているとはわからない。
左手の、母屋を見守るような位置に、古いが立派なおいなりさんがあって、ここからは見えない、
あのツツジやらマキの木がみっしりと植えられたそのむこうに、例の、お社にならないらしい、祠が建っている。




