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「おい」
ため息をつきながらいつものように通用口の横へ停めていた自転車へ跨ると、不意に後ろから低い声に呼ばれた。
ああ、また前回と同じこの展開だ。
デジャブかな、と振り向かなくても、もう声で誰だか分かってしまう自分が嫌だった。
「……なんですか?」
振り向くのも嫌になり、背を向けたまま颯斗は応じる。
「今日も早退か? また、俺のせいか?」
ゆっくりと足音が颯斗の方へと近付いてきた。
内心、龍ヶ崎様のせいだけど、という思いがよぎらないわけでもなかったが。
「……違います」
だからつい、返答に間が開く。
理不尽だと思ったが、大事なお客様なのだと思い直し、心をフラットにする。
「だったら今日の残りのバイト時間、俺に買わせてくれ。学校へは間に合うように送っていく」
遠慮します、そう応えようとして、はっとした。
そうだ。いま、颯斗は高校制服であるブレザーを着ているのだ。
都内でもめずらしい、上下淡い紫色した制服である。
どこの学校か調べなくとも、もうバレバレじゃないか。
ということはいま、龍ヶ崎からの提案にここで「イエス」と応じることができなかったら、今度は学校までやって来て、待ち伏せされたりするのだろうか。
否、さすがにそれはないか。
超人気俳優だし。
高校まで来たらそれこそ、パニックになって颯斗どころではなくなるはずだ。
でも、こうして毎日同じ時間にカフェへ通ったり、従業員出入り口で待ち伏せされているのだから、ここで「ノー」と言ったら、その可能性も……否定できないかもしれない。
穏便に済ませるのが得策なのだろうか。
ようやくここへ来て、颯斗は龍ヶ崎の指示に素直に従うことにした。




