⑫
明くる日の早朝。
朝食代という名の現金を希望通り受け取ったはずだというのに、何故かまたあの男は同じ時間にやって来た。
そう、あの超人気俳優龍ヶ崎翔琉だ。
「ホットコーヒー、ブラック」
入口で颯斗へ言葉少なに告げると、窓際のいつもの席、一番奥へ我が物顔で座った。
「お待たせ致しました。ホットコーヒー、ブラックです」
男の前へカップを置いた瞬間、なぜか颯斗の手を掴んだ。
瞬時に警戒し、身構える。
今度はなんだ。
客相手に睨むわけにもいかない。
またわけのわからない言い合いが始まる前に、こちらから先手を打ってやる。
そう決めた颯斗は、今しがたバックヤードで流れていた早朝の情報番組で騒がれていた龍ヶ崎のことを思い出す。
「そういえば龍ヶ崎様、テレビ拝見致しました。ハリウッド主演が決まったそうですね。おめでとうございます」
接客用のとびきりの笑顔で賛辞を述べる。
「銀座にありました海外ブランドのポスターも拝見致しました。男としての魅力が全面に出されており、とてもステキでした。益々、これでファンが増えて喜ばしいですね」
無言で颯斗を眺めた龍ヶ崎は、一瞬、掴んでいた手を緩めた。その隙をつき、急いで手を引っ込める。
しまったという表情を龍ヶ崎は浮かべた。
やはりまた何か企んでいたのだと察した颯斗は、軽く会釈し素早くその場を後にする。
席から龍ヶ崎の低い舌打ちが聴こえた。
今度はいったい、なんだというのだろうか。
大きな不安を覚えつつも、ちょうど入店したばかりの新規客を、いつもの接客スマイルで空いた席へと誘導した。
理由の分からない龍ヶ崎からの熱い視線を全身に受ける。
なにか、龍ヶ崎の気にさわるようなことを颯斗がしたのだろうか。
「颯斗、お前何か龍ヶ崎様にしたのか? さっきから睨みつけられてないか?」
オーダーのためにキッチンカウンターへ戻ってきた颯斗に、店長が心配そうに声をかけた。
「いや、なにも心当たりないです」
しいていえば、あの日、お金を受け取らなかったこと。
送ってくれるという好意を拒否したこと。
先ほどの、掴まれていた手を引っ込めたくらいだろうか。
どれも舌打ちをされるほどのことではないはずだ。
「ここは、一流の者しか利用できない高級カフェだ。だから何かあって出禁になるのは、お客様ではなく不手際を起こした私たち店側の人間だからな。まだ病み上がり初日だし、無理しなくてもいい。今日は学校までの時間、ゆっくり休め」
フロアへ出てまだ僅かだった。
店長から釘を刺された後、お暇に出される。
信じられない。
いったい、颯斗がなにをしたというのだろうか。
もう一度考えて、理由がわからなくて、やるせない気持ちのまま「はい」と頷く。
ああ……今日ももう帰れということか。
一週間もバイトを休んだ上に、今日も早退か。
学費と生活費が……。
事故だ。
がっくりと項垂れながら颯斗は、バックヤードへ下がる。
時刻は、朝の7時。
制服へ着替えて外へ出ると颯斗を嘲笑うように、東の空に昇った冬の太陽が容赦なくこちらを照らしていた。




