タイムマシンは恋心の果てへ
3
視界明転。寒さが身体を包み、足が震えた。
二回目だからか、あまり強い酔いは感じなかった。ゆっくりと眼を開くと、そこには、何処かバツが悪そうな表情を浮かべた星井がいた。
「ただいま、星井」
「お、おかえり。は……篠崎」星井は珍しく、いや今の彼にしては珍しく喋りにくそうな様子であった。「その、どうだった?」
「星井、全部知ってたんでしょ」ワタシの言葉に星井はビクリと肩を揺らした。動揺が目に見えて分かった。「何で知っていて、それでも、ワタシを『あの日』に送ろうとしたの?」
「言い逃れは」
「できればしないでほしい」
「……分かった」星井はそういうと、椅子を勧めてきた。ワタシは黙って椅子に座る。ワタシが怒っていると思っているのだろうか、星井は少し震えていた。「何から話そうか」
「多分、キミの話はきっと長くなると思う。だから、今ワタシが聞きたいのは一つだけ。『聡は何をさせたかったの?』」
「それは……」星井は少し言葉を詰まらせた。「……いや、もうハッキリと言ってしまおうか。もういい。話す。その前に篠崎」
「何?」
「また、遥と呼んでもいいか」
「いいよ」
「そうか、ありがとう」
星井は……うん。
『聡』は、ワタシの許諾に柔らかく微笑んだ。その笑顔にワタシは……。
「簡単に言ってしまえば、遥に踏ん切りをつけて欲しかった。私と同じように」星井は淀みなく話し始めた。
「踏ん切り?」
「そうだ。私も『あの日』に飛んで、そこで遥が体験したことと同じ事を体験した。そのときに今日のことを思いついた」
そこで言葉が、躊躇われたように切れた。
「私は言いたかった言葉を結局言えなかった。なのに何故か晴れやかで、そして『これからのこと』を考えられるようになった。だから、もしかしたら遥も同じように感じるのではないかと思ったんだ」
「……聡は、ワタシに踏ん切りをつけさせてどうしたかったの?」
「そうだな……『これからの話』が出来ればと、そう思った」
「そっか」
ワタシはそこまで聞いて、それだけ言って立ち上がった。聡はそんなワタシを、不思議二割、不安八割といった様子で見上げていた。少し、可愛いと思った。
「今日はそこまで聞いて満足するね」
ワタシは持ってきていた鞄から一枚、カードを取り出した。コンタクト可能な連絡先を粗方書き込んだ、友人用の名刺。それを聡に差し出した。
「これにワタシの連絡先がほとんど載ってる。もし、ワタシを『この部屋に呼ぶ気になったら』コンタクトして」
「あ、あぁ……」聡は戸惑いがちにカードを受け取った。「えっと、いつでもいいんだな?」
「いいよ。会社には『アメリカに旅行に行くから』有休をくれって、そう言ってきたから、一週間くらい暇だし」
それだけ言って、扉の方へ向かった。ワタシが過去にいる間に片づけたのだろうか? 床に散らばっていた聡のこれまでの論文たちは、どこかへ消えていた。まるで最初から無かったかのように。
「それじゃ、聡、今日はその……ありがとうね」
「あぁ。その何だ……急ですまなかったな。また、後でちゃんと説明をする。そうしてから、絶対に大事な話をしよう」
「うん。待ってるから。すぐそこの未来で」
ワタシはそうして、聡の部屋を出た。すぐさま、目を赤光が覆った。
あの日の様に綺麗な夕焼けが、あの時とは別の場所にいた。
このような拙作を読んでいただき、ありがとうございました。