192話
学校へと戻った俺達は、食堂にて祝勝会が行われた。
食堂のおばちゃん達が腕によりをかけた豪勢な料理。
もし負けていたら、敗北の悔しさの中、この豪勢な料理を食べていたのだろうか? それは悲惨すぎる。
大輔は相変わらずの食欲。結構な量を出されたから食いきれるか不安だったが、あの様子じゃ大輔が全て食い尽くしてくれるだろう。
恭平は誉や鉄平と肩を組んで、ゆらゆらと左右に揺れながら、今流行りのJ-POPの曲を歌っている。
どいつもこいつも笑顔で談笑し、大騒ぎをしている。
今日ぐらいは良いだろう。だが、明日からは気持ちを入れ替えて甲子園に向けて準備しないとな。
甲子園まで時間に余裕はない。
明日には体育館にて全校生徒が集まり、優勝報告会が行なわれると同時に甲子園に向けた壮行式もおこなう。
野球に興味がない生徒からしたら面倒くさいことこの上ないだろう。せっかく夏休みを満喫してる時期だというのにな。
甲子園の開会式は来月の六日予定だが、今月末には早くも各校の甲子園での練習が始まる。
つまりそれまでには甲子園近くの宿泊先に向かう必要があり、その間には県庁に優勝報告しに行ったり、なんなりしないといけない。
結構カツカツなスケジュールになることだろう。
まぁ、そのへんについては明日ゆっくりと考えよう。今は今日の勝利とこれまでの疲れを労い、明日からの英気を養えばいい。
「甲子園、初戦どこかな?」
「弱いところだと良いんだけどな」
秀平と松見がそんな会話をしている。
弱いところって松見、お前は何を言ってるんだ? 甲子園に出場するってことは、地区で一番強い学校って事だ。弱いチームなんて存在しない。
今日試合した斎京学館と同等クラス、そういう気持ちで相手と挑まないといけない。
甲子園出場校は、明日、明後日と次々と決まっていく。
まだ早い段階から開幕した地区が目立ち、激戦区である神奈川や愛知、大阪、そして東京は代表が決まっていない。だがこのあたりの出場校はどこが来ても強いのは間違いないだろう。
すでに出場を決めている学校もある。選抜優勝校である隆誠大平安をはじめ、選抜ベスト16の鹿児島の城南、県大会決勝で選抜出場校座間味を破った沖縄代表浦添水産、春に練習試合もやった鳥取の西条学園も出場を決めている。
北海道では選抜出場校海北学園などの並み居る強豪を破り甲子園春夏通じて初出場を果たした函館実業、秋田の強豪羽後商業、岩手の雄阪岡大付属など名のある野球強豪校も順当に出場を決めていたりする。
今日もうち以外にも甲子園に名乗りをあげた学校はある。
激戦区千葉から出場を決めた海藤大浦安は千葉の強豪の一角、徳島からは春に練習試合をした鳴門東が出場を決めている。
どの学校も強く見える。やはり各地区の優勝校と言うのが強く感じてしまう要因なのだろう。
だけど、負ける気はしない。なんだろう。斎京学館と言うデカイ壁をぶち破ったおかげか、一回り自信がついた気がする。いや、前々から自信はあったけどさ。
なんだろう。精神的に一回り大きくなったと言うか…うーん、なんか知らんが強くなった。そんな気がする。
「英ちゃん英ちゃん!」
祝勝会の途中、岡倉が笑顔で話しかけてきた。
頭にはラメ加工されてキラキラしている三角帽子をかぶっている。普段の2割増しぐらいでアホっぽいぞ今のお前。
「どうした?」
「ちょっと話したい事があるんだけど…」
「あ? あぁあれか」
そういえば甲子園出場を決めたら話したい事があるとか言ってたな。
「なんだ?」
「ここじゃちょっと言えないから…外いかない?」
ここで彼女の表情が変わった。
笑顔からどこか覚悟を決めたような真面目な表情。普段は見せない顔をしてきたので、思わず戸惑った。
「何故だ?」と聞こうとしたところで、岡倉に手を掴まれて引っ張られる。
正直岡倉の弱々しい力なら、ちょっと力を入れれば振りほどけるが、岡倉の普段見せない真面目な感じの表情を見たせいか、俺はなすがままに連れて行かれた。
食堂から出ると、室内の喧騒から一気に離れた。
空は雲一つなく、夏の大三角形が綺麗に見える。
「それで岡倉、話ってなんだ?」
夜空を見上げながら、俺は岡倉に聞いた。
「英ちゃん、去年のこと覚えてる?」
「去年のこと? ってなんだ?」
ここでやっと俺は岡倉へと視線を向けた。
数m離れた距離にいる岡倉。食堂から漏れる明かりに照らされた彼女の顔は、どこか紅潮しているようにも見えた。
「英ちゃんの誕生日プレゼントに映画見に行った日のこと」
「…あぁ」
そういうことか。
彼女が今から何を言おうとしているのか、すぐに察した。
今の俺には逃げるという選択肢もあるだろう。だが…。
「私ね、ずっとこの日を待ってたんだ」
彼女の見せる寂しそうな笑顔を見て、逃げるという選択肢は失せた。
今まで俺は、彼女と不穏な空気になるのが嫌で逃げてきた。だけど、もう逃げない。
これ以上、彼女を中途半端な位置に置かせるのは忍びないし、男らしくないだろう。
「改めて聞くけど、英ちゃんは…好きな人とかいるの?」
普段は聞かない岡倉の真面目な質問。
好きな人か。
改めて居るか居ないか考えてみる。
ここでいう好きな人とは、ライクではなくラブな人だろう。つまり恋愛感情持っているか否かと言うこと。
さすがにここで友達として好きな奴を思い浮かべるバカはいないだろう。いたとしたら鈍感にもほどがあるし、頭が悪すぎる。
さて冷静に考える。
まずは百合が浮かんだ。
彼女とは下の名前で呼び合う仲だし、彼女の方も俺に気があるように見るが、恋愛感情はない。
友達としては好きだ。明るいしノリも良いしな。だけど、付き合いたいとか会いたいとかは思わない。
あとは後輩の美咲ちゃんか。
こっちも俺に気があるっぽいが、あまり話ししてないし、恋愛感情はない。
やはり岡倉の言う好きな人にははまらないだろう。
それから沙希…は無いな。
恋愛感情を持てるような相手じゃない。
友達…というには仲がいい気がするが、好きな人にはなれないだろう。
あとは鵡川か。
恋愛感情があるかと聞かれると微妙だが、鵡川は可愛いと思う。時折見せるあざといぐらいの仕草も可愛いと思う。
なにより良い奴だ。彼女には何度も助けてもらっている。
でも恋愛感情まだ発展してるのかと言われると微妙だろう。
そして最後に、こいつか…。
目の前にいる岡倉を見据える。
「今の所いないな」
長考の末答えを述べる。
それを聞いて岡倉は、少し嬉しそうに笑った。
「そっか、そうだよね。英ちゃんに好きな人なんかいないよね」
ニコニコ笑う岡倉。
なんだその人をけなしたような言い方は? でも否定できない。悔しい。
「あのね、英ちゃん」
胸の内で悔しがっていると、岡倉が真剣な顔をして俺を見てきた。
思わずこっちまで真剣に話を聞く体勢になった。
「一年間…いや、中学校の頃から、ずっと私は英ちゃんのこと…」
ここで一度彼女は恥ずかしそうに視線を逸らし、そうしてすぐにこっちを再び見据える。
「好きでした!」
そして先程よりも声量を上げて告白してきた。
来るとは予測できていたし、覚悟もしていたつもりだが、いざ面と向かってこんな事言われるとスゲェ気恥ずかしい。なにより顔が真っ赤になってる岡倉の表情が、普段よりも可愛く見えて、照れてしまう。我ながら情けない。
「だから…私と付き合ってください!」
そう元気良く言って頭を下げる岡倉。
彼女の思い、改めて受け止める。
「えっと…岡倉」
その上、俺は答えを選ぶ。
「………」
頭を下げたままの岡倉。何も話しかけてこないので、勝手に話す。
チームのためだとか言って逃げ続けてきた弱い自分はもういない。もう彼女の思いから目を背けることはない。
勇気を出して告白してきた彼女に対し、俺は嘘偽りない想いを口にする。
「俺は、お前の事を恋愛対象として見れない。だから、お前とは付き合えない」
俺は彼女のことを恋愛対象として見ることはできなかった。
知り合ってから一度も彼女に対して恋愛感情を抱いたことはないし、付き合いたいとか、これ以上仲良くなりたいとか思ったこともない。
結局友達止まり。それが俺の想いだ。
「…そっか」
顔をあげた岡倉は、笑顔を浮かべている。
無理して笑顔を作っているのは目に見えた。
「そうだよね。英ちゃん、そういうの興味ないもんね…」
そういって苦笑いを浮かべる岡倉。
「あぁ…それじゃあ、俺戻るから」
その表情がいたたまれなくなって、俺は足早にその場を後にした。
食堂に戻り、壁際にいた龍ヶ崎のもとへと向かう。
「龍ヶ崎」
「なんだ?」
龍ヶ崎の隣に何気なく座り、小声で話し始める。
「今、岡倉にコクられた」
「…そうか」
驚く反応をすると思ったが、思いのほか驚かない。
「それで、お前に岡倉を慰めて欲しい」
「…そうか」
やはり対応がサバサバとしている。
もうちょい動揺したりすると思ったんだがな。
「思ったより驚かないな。好きな子が別の男に告白したんだぞ?」
「岡倉に昨日言われたんだ。甲子園出場したらお前に告白するって」
マジか。岡倉そんなことを龍ヶ崎に。
ってか岡倉がそんなことを話すなんて、それだけ龍ヶ崎と彼女が仲良くなったとも言えるのか。
「だから、断られたら俺が慰めてやるとも言った」
そういって立ち上がる龍ヶ崎。
驚いた。龍ヶ崎、そんなことを岡倉に言ったのか。
なるほど、成長してるのは俺だけじゃないという事か。
「そうか、じゃああとは任せた」
「あぁ、…あ、佐倉」
「うん?」
この場を離れようとした龍ヶ崎は、思い出したように俺の名前を呼ぶ。
「断った理由、俺がいるからって理由じゃないよな? もしそうなら、あいつのそばにいくのはお前だ」
龍ヶ崎は至極真剣な表情で俺を見据える。
その言葉に鼻で笑う。
「んなわけねーだろ。好きな子できたら、友人の好きな人だろうと、俺は容赦なくがっつくよ」
キメ顔一つ浮かべて答える。
その俺の回答を聞いて龍ヶ崎は満足したように頷き、食堂を後にした。
残された俺は小さくため息をつく。
明日、岡倉とどういう顔して話せばいいんだろうか…。




