191話
勝った! 勝った!! 勝った!!!
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
球場の中心で俺は感情を吐き出すように雄叫びをあげる。
だけどそんな雄叫びが耳にまで届かないぐらいにスタンドは大いに沸いた。
拍手と歓声。あらゆる音は振動となり、地響きのようにグラウンドに伝わる。
甲子園。野球に触れ始めた頃から、密かに憧れ続けていたあの夢の場所に手が届いた。
俺はまだ野球ができる。まだ恭平と、大輔と、哲也と…そしてチームのみんなと野球ができる!
その事を再確認して、不意に涙腺が緩み、涙がこぼれ落ちた。
これが嬉し涙なのだと悟った。初めてだ。嬉しくて涙が止まらないなんて初めてだった。
「英雄!」
キャッチャーボックスから一目散に走り出した哲也が両腕を広げて俺へと向かってきた。
それを迎えるように俺も両腕を広げ、そして抱き合う。
お互い顔がぐしゃぐしゃになるぐらい大口開けて勝利の雄叫びを吐き、目からは涙を流しまくる。
「優勝だ! 優勝だぁ!!」
続いて恭平が飛びついてきた。
そして次々とマウンドに集まるナイン達と抱き合い、人差し指だけ立てた手を空へと突き上げる。
勝者のみに許された優勝の喜び、県内で一校のみが味わえる挑戦権。
俺達は全国大会に行ける。甲子園に行ける。
何度も、何度もそう自分に聞かせるように、胸の内で確認していた。
県大会最後の整列。
川端は嗚咽をあげながら泣いている。川端だけじゃない。斎京学館の選手たちの多くは目に涙を溜めている。それでも誰ひとりとして顔を落とすことはなく、しっかりと勝者である俺たちを見据えている。
本当、強かった。斎京学館は強かったよ。
もし俺たちが逆の立場だったら、同じことができただろうか? 俺は俯くことなく斎京学館の選手たちの顔を見れただろうか?
斎京学館と戦えた事が素直に嬉しい。この経験はきっと…いや間違いなく、俺の胸に刻まれ、これからの野球人生の糧になるだろう。
「両者! 礼!」
球審の県大会最後の号令。
それを耳にして、俺達は深々と頭を下げた。
「ありがとうございましたぁ!!」
そして県大会最後の挨拶。
「佐倉英雄…」
挨拶を終えて、鵡川良平が握手を求めてきた。
彼の目には涙はない。それでも悔しさを必死に押し殺した笑みを浮かべている。
「最後のストレート…わかってたのに打てなかった…俺の完敗だ…」
「ホームラン打っといて、それはねーだろ。おあいこだ」
手を差し出してきた鵡川良平に応えるように、俺はその手を握る。
「俺らを破ったんだ。全国制覇しろよ」
「言われなくても、はなっからそのつもりだ」
彼からの激励に俺はカッコつけて言ってみる。
それを聞いて鵡川良平は安心したようだ。
「あぁ…負ける相手がお前らで良かった。お前らなら…想いを託せる」
そう一言、胸の内からこぼれたような本音を口にした鵡川良平は、ここでやっと目から涙をこぼした。
慰めるのは俺の仕事じゃない。勝者が敗者を慰めるなんてのはおかしな話だ。慰められるのは共に三年間野球を共にした仲間だけだろう。
見てろよ良ちん。俺らの快進撃をな。
その後、我が校の校旗の掲揚をしてから、俺達はスタンド前へと向かい、整列し頭を下げた。
顔を上げると映るのは応援団の姿。ちょいちょい知ってる顔が見られた。
今日はいつにかく応援に来ている人が多い。生徒だけじゃない。山田商店街の人達や、野球部OB、山田市内に在住の一般の人もいるだろうか? そしてなにより部員たちの親、兄妹姉妹、家族。
そんな人たちがみな笑顔を浮かべ、拍手し、歓声を上げて、俺たちを労い讃える。
今思うことは、彼らを落胆させなくて良かったなという安堵感。
甲子園でも今日みたいな応援をしてくれるのだろうか? それなら嬉しい。
この後は閉会式。
お偉いさんの長々とした大会寸評を聞き、哲也に優勝旗が渡され、優勝メダルをかけてもらい、最後はグラウンドを一周して球場を退場。
最後に記者に写真を何枚も撮られて恥ずかしかった。さすがに目元が涙で赤くなってるからな。もうちょいシャキっとしたイケメンな感じの俺を撮って欲しかった。
これが終わってもまだ終わらない。
今度は選手通用口にて、エースの俺とキャプテンの哲也、四番の大輔、そして監督の佐和ちゃんが記者会見が行われる。
記者会見と言っても、テレビなんかで見る記者会見と比べて規模は小さい。
大手スポーツ新聞の記者がちらほらと地元の新聞の記者などが数名いて、それぞれが口々にインタビューをとっていく。
俺たちの注目度は高い。ってか、間違いなく明日には中見出しぐらいの記事になるだろう。
なんて言ったって、昨夏は初戦敗退の学校が、一年で県大会優勝校になったんだ。メディアってのはこういうサクセスストーリーが大好物だ。
しかも俺たち野球部員の多くは、高校から野球を始めたような奴らばかりだ。そんな奴らで優勝しちまったんだから、美味しいネタなのも良いところだろう。
甲子園でもきっと注目されるだろう。ミラクル山田とかそういう感じの愛称つけられて。
うん、それも悪くないな。
ペラペラと記者の質問に答える俺の隣で、哲也は涙を流しながら語る。
おい、鼻声で何喋ってるのか聞き取れないぞ?
「甲子園では何が楽しみかな?」
「甲子園の周りには美味い飯屋がたくさんあるらしいので、それが楽しみです!」
一方で哲也をはさんでインタビューを受ける大輔は素っ頓狂な答えを述べている。
違う、そういう楽しみじゃない。野球的な意味での楽しみだ大輔。
だがこれもまた奴らしい回答とも言える。
佐和ちゃんのほうは、予想通り上手い受け答えをしている。
初めて甲子園行く監督とは思えないぐらい落ち着いているし、下手すりゃそこらのベテラン監督よりも貫禄を感じさせる。さすがは我が山田高校の監督。
佐和ちゃんがいなきゃ、ここまで来れなかったな。
記者からのインタビューから解放され、仲間たちとまとまって通用口を出た。
瞬間、盛大な拍手と歓声が沸き起こった。俺たちを待っていた応援団からのものだ。
「哲也、バシッと頼むぞ」
「はい!」
佐和ちゃんからの指示に哲也は泣きながら返事を返す。お前、ちょっと泣きすぎだろ。試合終わってからずっと泣いてるんじゃないかこいつ?
「本日も応援ありがとうございました!」
ともかく、哲也は涙を流しながらも、せいいっぱいの声で号令をかけて、部員たちは大きく頭を下げた。
「ありがとうございましたぁ!!」
声を揃え、感謝の気持ちをこめて挨拶をする。
拍手と歓声がまた一つ大きくなった。
「僕たち! 野球部は! 甲子園でも良い結果を残せるよう頑張りますので! これからも応援よろしくお願いします!」
そうして最後に哲也はそう宣言をして締めくくった。
バスに乗り込み、山田高校に向けて出発する。
「まずは優勝おめでとう!」
しばらくして佐和ちゃんが立ち上がり、選手達のほうへと向きながら話を始めた。
今まで見たことがないくらいに笑顔だ。そりゃそうか。佐和ちゃん的には念願の夢が叶ったんだもんだ。いや佐和ちゃんだけじゃない。俺らだって念願の夢をまず叶えたんだ。誰を見ても笑顔だ。
「ここは一つ、甲子園に向けて気合を入れたいところだが、今日ぐらいは良いだろう! 今日はしっかりと勝利の余韻を堪能して、明日から甲子園優勝を目指して頑張ろう! お前らよく頑張った! 最高だ!」
佐和ちゃんらしくない発言だが、今日ぐらいは良いだろう。
選手たちも普段よりハイテンションらしく、手を叩き歓声をあげる。
俺も口元をほころばせながら、背もたれに体を預け窓から見える景色へと視線を移す。
あぁそうか、この景色ももう見ることはないのか。
甲子園。どんな場所なんだろう。
イメージはなんとなくあるけど、きっとそれを上回るレベルのスゲェ場所なんだろうな。
楽しみだ。今から楽しみで仕方がない…。




