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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
188/324

187話

 ≪九回の表、山田高校の攻撃は、1番ショート嘉村君。背番号6≫

 アナウンス嬢が俺の名前を読み上げる声がマイクを通じて耳に入る。

 その声を聞いて、俺は気合を一ついれた。


 「しゃっす!」

 一度頭を下げてから打席に入る。

 一塁側、俺たちの学校の生徒が集まってできた応援団の応援が始まった。負けてるのに応援の声は今日一番な気がする。

 まだどこかで期待しているのかもしれない。


 高校野球は何が起きるかわからないとよく言われているらしい。野球に詳しい英雄の奴が言ったんだ。おそらく間違いないだろう。

 俺は野球はてんで分からない。去年始めたばかりだし当然なんだけど、それでも…。


 「…負けたくねぇ」

 呟いて、俺はバットを構えた。

 負けると悔しいのは以前の試合で何度も経験済みだ。そして今日は以前の試合達と比べ物にならないぐらいに勝ちたいと思ってる。

 だから、ここで負けたら、俺はどんな悔しさを味わう事になるんだろうか? 考えるだけで嫌になる。


 マウンドに居る奴を睨む。

 名前は記憶してない。けどスゲェピッチャーってのは分かる。

 英雄と同じくらいのスゲェピッチャー。あぁいうやつがプロ野球とかに行くんだろうなって、なんとなく分かる。

 俺は英雄や大輔みたいに野球の才能はない。自分で言うのは情けないがプロに行ける気もしない。だけど、あのピッチャーから打てないと諦めるつもりはない。


 この打席、なんとしても出塁する。

 勝つために、チームのために…!



 初球は外へのストレート。

 俺は手が出せなかった。いや出なかったというより出せなかったという感じか。

 ヒット打ってないかもとビビって手を出せなかった。


 クソ情けねぇ。

 初球打ちを座右の銘にしてるってのに、このざまじゃ、ベンチの奴らも士気もダダ下がりだろうな。

 相手の応援団からは歓声が上がった。たった一つのストライクで歓声か。あっちは今頃優勝はまだかと心待ちにしているんだろうな。



 二球目は内角高めへのストレート。

 今度は打ちに行く。だがボールはバットの上部に当たり、そのままバックネットにライナーで直撃するファールボール。

 いてぇ、両手が痛い。これだから詰まるのは嫌なんだよ。


 三球目はカーブ、四球目はストレートと外れてボールとなった。

 どちらも手を出しそうになったが、ぎりぎり踏ん張って見送る。


 そうして五球目、今度も内角高めのストレート。これもファールにして、なんとか粘る。

 またも両手がビリビリと痺れている。


 「ははっ…」

 笑ってしまった。あのピッチャー凄すぎる。

 きっと俺の想像できないぐらいに練習しなきゃ、あそこまで凄いボール投げれないんだろうな。

 そう考えると、俺みたいに高校の途中から始めた半端もんには、打てるはずがねぇよ。

 あっちはガキの頃から、全てを捨てて野球に命を懸けてるんだろうし。


 だけど、それでも、たった一年半しかやってなくても、こっちにも負けられない事情があるんだ。

 さっきは「彼女とイチャイチャする生活を捨ててまで野球を選んだんだ」なんて言ったけど、案外、野球漬けの毎日も悪くなかった。


 そりゃあ練習はきつかったし、いつも死にそうだった。佐和の事何度も嫌ったし、恨んだし、顔も見たくないと思った。

 それに野球部じゃねぇ奴らに、彼女とのノロケ話を何度もされた。野球部に入部したせいで女子からも敬遠されるようになったし。

 でも英雄達と過ごしたあの日々は、超が付くほど楽しかった。

 練習終わりの部室も、遠征に向かう途中の雑談も、試合中のお祭りのような雰囲気も、どれも楽しかった。


 まだあいつらと野球がしたい。アホみたいに野球に真剣に取り組みたいんだ。

 だから、こんな所で終わってたまるかよ!


 バットを握り直し、勢いよく構えてピッチャーを睨みつける。

 次だ。次のボールを打つ。どんなボールでも食いつく。どんな打球でもぜってー出塁する。俺が出塁すれば大輔に回るんだ。ぜってーこのままで終わらせねぇ。


 六球目、ピッチャーはモーションに入った。

 ドクドクと心臓の動きが早くなっていく。力いっぱい歯を食いしばってピッチャーを睨みつける。


 ピッチャーが投じたのは、低めへのチェンジアップ。

 体はタイミングを崩した。だけど腰の力で打つ。そういう練習は嫌ってほどしてきたんだ!


 「んらぁ!」

 声を張り上げて、力いっぱいのスイングでボールを打ち抜いた。

 バットの芯からずれた感覚。打球はサード正面で高々とワンバウンドした。

 詰まった! ちくしょー! 大輔なら確実に打ってたのによぉ!


 俺はバットを必死に投げ捨て全力で走る。


 ライトのほうまで伸びる白線の横を全速力で走る。

 もう打球の行方なんて見てられない。

 どんどん近づいていく白いベース。このまま駆け抜けてるか? いや、ちょっとくらい高校球児の真似事しちまってもいいか! 決勝の最終回なんだし!


 生まれて初めて一塁ベースに頭から滑り込んだ。

 砂は舞い、乾ききった口の中にまで入ってくる。

 体中が砂まみれになってるだろう。


 すぐさま上体を起こし、一塁の審判に視線を向けた。

 正直、ボールの行方を最後まで確認しなかったから、アウトなのかセーフなのか分からない。


 「セーフ!」

 っと思ったら、一塁の審判の声が聞こえた。

 視線の先には両手を左右に広げる一塁審判と、その向こうに見える俺たちの学校応援団の喜ぶ姿。

 あの応援団の中に、千春ちゃんいるんだよな? 千春ちゃん、俺の頑張り見てくれたかな? それなら、ずっと嫌でしてこなかったヘッドスライディングした価値あるんだがな。


 起き上がり、ベースを踏みしめながら、俺はベンチにいる仲間に右腕を高々と挙げた。

 どいつもこいつも笑顔だ。正直俺が一番状況を理解してないのかも。

 だが、これでノーアウト一塁。チャンスだ。

 ユニフォームについた砂をはたきながら、俺は相手ピッチャーを見る。どこか悔しそうにしていて、俺は思わずにやけてしまった。



 一塁ランナーが笑顔で俺を見てきたので、舌打ちしてバッターボックスへと視線を向ける。

 あと三人で終わりだったのに、なんで打つかなぁ。


 「まぁいいか」

 これであいつともう一度戦える。

 相手ベンチに居るであろう三村。あいつはスゲェ奴だ。

 おそらく今まで戦ってきたバッターで一番。それぐらい凄い。投げてて怖いと思ったのは生まれて初めてだ。

 良平と練習の時に対決した時ですら感じなかった恐怖や不安。あの恐れを乗り越えて三村を抑えれば、俺はもっと高みを目指せる。


 ≪二番センター三村耕平君。センター三村耕平君≫

 「あ、そういや三村ってもうひとりいたんだ」

 場内アナウンスで思い出した。

 まぁいいか。もう一人のほうは興味ないし、パパッと抑えちゃおう。


 左打席に入ったバッターを俺は淡々と投げて抑える。

 テンションが上向きなおかげか、俺自身のうちに秘めた底力のおかげか、体は疲れているのにボールの状態は初回よりも良くなっている。

 バッターは結局、一度もボールにかすらせることもなく三球三振。つまらん。もうちょい粘れよ。


 まず一つ。

 スタンドからは歓声と拍手にまじって「あと二人!」というコールが聞こえた。

 そう、あと二人で優勝だ。


 去年、もうマウンドで県大会優勝経験しちゃったし、今年のマウンドはどこか味気ない。

 去年の夏の大会のほうが俺は楽しんでた気がする。やはり二度目はつまらないな。


 ≪三番ライト龍ヶ崎君。ライト龍ヶ崎君≫

 右打席に入るバッター。

 良平より劣るぐらいのバッターだったか? ちょっと気にはなってるけど、やっぱり三村の前じゃ霞むから興味ねぇ。こっちもパパパッと抑えて三村と対決だ。


 ネクストバッターサークルに腰を下ろす三村を見て、どんどん気分が高まっていく。

 ここまで三村をノーヒットにしているが、紙一重だ。なんか抑えきれている。だから楽しい。

 紙一重で抑えるぐらいのレベルのバッターじゃないと楽しくない。

 俺は野球が好きだが、下手くそと野球するのは嫌いだ。俺と同じレベルの奴と野球するのが楽しいんだ。

 そういう意味では今日の佐倉君との投げ合いは楽しかった。俺と同じレベルのピッチャーとの投げ合い、やはり楽しい。まぁ俺よりも上のレベルのピッチャーと投げ合うほうがもっと楽しいんだけどさ。


 「楽しませろよぉ」

 三村の前菜とはいえ、ちょっとは気になったバッターだ。少しぐらい頑張って俺を楽しませてくれ。

 右打席で構えるバッターに告げるように呟いてから、俺はキャッチャーの達男のサイン通り、ピッチングモーションに移った。

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