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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
186/324

185話

 「ストライク! バッターアウトォ!」

 球審が右手を上げ力強い声をあげた。

 スタンドから拍手が沸き起こる。

 斎京学館エース川端と、山田高校四番大輔の三度目の一騎打ちは、川端に軍配があがった。


 二球連続ストレートで追い込み、最後は鋭く変化するフォークで三球三振。

 こんな単純な配球で大輔から三振を取れるピッチャーなんて、全国にそういないだろう。両手で数えられるぐらいだろう。下手すりゃ片手で数えられるぐらいかもしれない。


 「悪い英雄」

 「気にすんな」

 入れ替わるように打席に向かう俺に謝る大輔。

 そんな大輔に俺は軽く肩を叩きつつ応対した。


 続いて打席に入った俺だが、結果はセカンドフライに倒れてしまった。

 さらに六番中村っちは、ストレートをすくい上げてしまいサードフライ。

 あっという間にスリーアウト。この回も川端の牙城を崩せなかった。

 というか、序盤に比べてアウトになるスピードが早くなってる気がする。川端のピッチングにテンポが出始めたということか。なんだろう序盤よりも打てる気がしなくなってきた。

 試合中何度も思っているのだが、なんであんなピッチャーと県大会決勝戦で投げ合ってるんだ俺は。


 「ちきしょー。これなら荒城館が勝ち上がってきたほうが楽だったわ」

 マウンドに走りながら俺はぼやく。

 強いほうが楽しいとか言ってたけど、いざ試合をしていると弱いほうが勝ち上がってきて欲しかったと思ってしまう。


 さて七回の守りだ。

 一度振り返り、バックスクリーンに映る打順を確認する。


 「あ」

 相手の打順を見て思わず声が出ていた。

 この回の先頭バッターは三番猪俣。つまりこの回、またあの男に回ってくる…。



 七回の裏、我が校(さいきょうがっかん)の攻撃。

 先頭バッターは三番の清則。四番である俺、鵡川良平はネクストバッターサークルに腰を下ろした。

 マウンド上には佐倉英雄。ここまで我が校をヒット2本のみで抑えている山田高校のエース。

 今大会一試合平均10安打以上のうちの打線をここまで抑えられるのは、県内では奴ぐらいだろう。

 俺もここまでノーヒットに抑えられている。

 だけど、悔しさは無い。あの男があまりに高いレベルのピッチングをしているからだろう。


 試合は1対1で同点。

 終盤に突入し、佐倉英雄も疲れが見え始めるかな?


 そうして七回の裏の攻撃が始まった。

 三番清則へと投じる第一球目はインコースに決まるストレート。

 今のストレートを見て、佐倉英雄は疲れていないのだと分かった。むしろ初回に比べて球威が上がってきている。

 尻上がりに調子を上げてきているな。


 それでも…。


 バットのグリップを握り締める。

 打てないわけじゃない。ここまで抑え込まれているが、それは紙一重だ。もう少し、あと少し俺が神経を研ぎ澄ませれば十分打てる。

 焦りはないし、苛立ちもない、むしろ前の二打席に比べて落ち着いている。


 二球目、清則がボールを捉えてレフトまで運んだ。

 だが飛距離はイマイチ。レフトを守る三村大輔が落下点に入る。あの様子じゃ捕りこぼすこともないだろう。

 俺は立ち上がり、打席へと歩いていく。

 一歩、一歩と歩くごとに意識は集中していく。


 さぁ佐倉英雄。三度目の対決だ。


 

 まずは先頭の三番猪俣をレフトフライに抑えた。

 さて、ここからが正念場だ。


 ≪四番ライト鵡川君。ライト鵡川君≫

 右打席に入る大柄の男。

 俺は一度気を引き締めるように帽子をかぶり直した。

 目深にかぶった帽子は夏の日差しを遮り、鮮明に右打席に立つ男を捉えた。


 獰猛な眼光で俺を睨む男を見て、俺の心臓は鼓動を早める。


 鵡川良平との三度目の対決。ここもバシっと抑えてやる。


 鵡川良平の一挙手一投足見逃すことなく見つめる。

 どの挙動を見ても焦りの色はなく、逆に頭に血が上っている様子もない。怖いぐらいに落ち着いている。

 イニングは7。下手すりゃこれが最後の対決になるかもしれないのに、まだ1本もヒットを打っていないのに、鵡川良平に焦りはない。

 この打席で打てる自信があるのか?

 前二打席とは違う鵡川良平の様子に、嫌な予感がよぎり、すぐさまそれを否定した。


 違う。鵡川良平が焦らないはずがない。

 あいつは俺との戦いを心待ちにしていた。そして今日対決となって二度抑え込まれている。

 頭に血が上らないはずがない。絶対に腹立っているし、打てない焦りだってあるはずだ。

 下手すりゃ、これが最後の打席になるかもしれないんだぞ? それなのに焦らないなんておかしい。


 深く息を吐いて気持ちを集中させる。


 初球、哲也がテキパキとサインを送る。

 インコース低めへのストレート。俺は大げさに頷いてみせた。

 どこか集中しきれていない。違和感が残っている。おいおい、まさか俺…怖気づいているのか?


 先ほどのピンチの時のように弱音を吐こうか考えた瞬間、すぐさまその考えを否定した。不安を飲み込むほどの興奮が押し寄せてきたからだ。

 右打席で構える男の姿を見た途端、タイムをかけて哲也を呼ぶという行動が野暮にしか思えなかった。

 そうだ。俺は鵡川良平と一騎打ちがしたくて、ここ(マウンド)に戻ってきたんだ。

 不安は消え、意識が集中していく。違和感はまだ残るが、それでも俺は投球動作へと移った。


 しっかりと右足を上げろ、しっかりと前へと突き出せ、しっかりと腰を回せ、しっかりと腕を振れ!!


 白球放つ左腕。

 矢のように白球は哲也のミットに向かう。

 鵡川良平は、タイミングを取りながらも見逃した。

 キャッチャーミットが唸りを上げて白球を掴んだ。


 「ボール!」

 だがここはボールゾーン。

 ストライクに投げるつもりだったが、わずかにズレたか。


 哲也からの返球を受け取る。まだ違和感は拭えない。だけど集中はしきれている。

 先ほどのストレートも完璧な一球だった。だから余計に違和感の正体がつかめない。かと言って気になるわけでもない。不思議な感覚だ。



 二球目のサインが哲也から送られる。

 アウトコース低めへのチェンジアップ。

 緩急を使ってストライクを取りに行くわけか。安易な球は投げれないな。

 先程よりも高い精度のピッチングをしないといけない。より神経を研ぎ澄ませ、より意識を集中させて投球動作に入る。

 違和感はまだ残っている。それでも俺は左腕を振った。 


 放たれたチェンジアップは、わずかに甘いコースに飛んだ。

 タイミングを取る鵡川良平。そうしてバットが振り出された。

 快音が球場に響き、打球はレフト線左へと切れていくライナー。

 相変わらずえげつないバッティングしてくれんなクソ。


 「最高じゃねぇか」

 今の一撃を見て、余計に興奮してきた。

 違和感が残っていようと関係ねぇ。この勝負を楽しみたい!


 三球目、一度低めにカットボールを投じて外す。

 これでカウントはツーボールワンストライク。バッティングカウントだ。


 四球目のサインを確認する。

 アウトコース低めへのストレート。外れてもスリーボールワンストライク。最悪逃げるという手もあるわけだ。


 …待て、逃げる? 何を考えてるんだ俺は?


 俺はゆっくりと頷いた。

 体が震えている。なのに気持ちは昂ぶっている。


 ゆっくりと腕を振り上げた。その腕も震えている。

 これが鵡川良平への恐れから来るものなのか、それとも興奮から来るものなのか、はたまた武者震いか、原因は定かじゃない。


 だけど、今の俺は鵡川良平と全力で勝負したい!


 右足は前へ。同時に身体は前へと向かう。

 1ミリでも前へ…! 前へボールを押し出す…!


 左腕から白球が放たれる。

 指先に残る違和感。わずか一瞬、わずか一瞬のリリースを誤り。


 「ははっ…」

 指先に残る違和感に乾いた笑いが浮かんだと同時に、球場に金属バットの音が木霊した。


 「…まだまだ怪物にはなれんか…」

 空を見上げた。

 鵡川良平のバットに打ち抜かれた打球は、誰もを驚かせるようなもので、両方のスタンドから歓声と驚嘆の声があがった。


 レフト方向に飛んでいった打球は、最後まで勢いを落とすことなく、レフトフェンスを越し、レフトスタンド上段に突き刺さるように直撃した。

 斎京学館応援団の大歓声は地鳴りとなってグラウンドに降り注ぐ。

 俺は空を見上げながら、小さくため息をついて、一塁から順にベースを踏んでいく鵡川良平へと視線を向けた。


 鵡川良平は笑ってなどいなかった。どこか不満そうに、ムスッとした表情でダイヤモンドを駆ける。

 俺からあんな特大ホームラン放っておいて、その表情はねーだろ。なんだ? 失投をホームランにしても楽しくないってか?


 確かにあのボールは失投だった。

 俺は自分の気持ちを制御しきれなかった。

 鵡川良平との戦いに興奮する反面、鵡川良平に恐怖していた。どちらを抑えることもできずに、俺は焦って生半可な気持ちであいつに戦いを挑んだ。


 「…怪物には程遠いねぇ~こりゃぁ」

 また独り言を呟いてしまった。

 結局のところ、怪物は一日にして成らずって事なんだろう。まだまだ俺のゴールは見えないようだ。


 ホームを踏みしめた鵡川良平は迎え入れた川端とハイタッチをしている。だが表情は笑っていない。

 クソ、このまま勝ち逃げさせねぇぞ。もう一度、戦う機会があったら、今度は絶対に抑えてやる。



 「ナイバッチ良平! さすが四番だな!」

 ホームベースを踏んだ俺に遊星はニコニコと笑いながらハイタッチを求めてくる。

 面倒くさく感じたが、それでもここは勝ち越しの場面。俺は控え目に遊星とハイタッチをした。

 ベンチに戻るなり、チームメイトが明るく俺を迎え入れてくれる。監督すらも手放しで褒めてくれた。

 だけど、俺の心は満たされてはいない。


 俺がホームランにしたあのボールは失投だった。

 佐倉英雄の失投をホームランにしただけ、俺はあんなボールをホームランさせる為に、斎京学館で今まで研鑽してきたんじゃない。

 まだだ。まだ満たされない。


 俺は一度マウンドへと視線を向けた。

 佐倉英雄はホームランを打たれたのに動揺の色は見せず、むしろ先程よりも活き活きとしている。俺のホームランで目を覚ましたか?

 どちらにせよ、あの様子じゃ、うちのチームの得点はこれ以上望めないだろう。


 また佐倉英雄と対決できるだろうか?

 もしできるならば、さきほど以上の勝負をしたい。

 今度は失投じゃなくて、あいつの全力を打ち砕きたい。


 マウンド上で投球動作に入る佐倉英雄を睨みつけながら、俺は沸々と気持ちを昂ぶらせていく。

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