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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
157/324

156話

 翌日、俺が完全試合を果たしたという話題は地方紙のスポーツ新聞のみならず、全国紙の新聞にも書かれることとなった。

 地方紙のほうでは大々的に取り上げられていたが、全国紙のほうでは小見出しで扱いの小さい記事だったそうだ。

 それも仕方がない。我が県は59校しか出場していない。100校越える地区や、強豪ひしめく地区など激戦区に比べたら注目は低いだろう。

 まぁいいさ。甲子園に出て活躍すれば、いやがおうでも大々的に取り上げられるさ。


 さて本日の練習。

 佐伯っちに昨夜マッサージしてもらったが、やはり疲れは若干残っており、明日にはベスト4をかけて丘城との試合がある。今日は明日に備えて軽い調整程度の練習が行われる。

 俺も哲也を座らせて、ボールの状態を確認する程度の投げ込みを行ったあと、軽くランニングをして汗を流し、その後丘城高校のビデオを佐和ちゃんと、佐伯っち、哲也の4人で見る予定だ。



 今日はスカウトが多い。その上ギャラリーも増えた。


 「山田高校頑張れよ!」

 「今年こそは甲子園行けよ!」

 ギャラリーは山田市内の人々。

 山田市内の学校でベスト8に残っているのは我が校のみ。山田市内の学校は未だに甲子園出場を果たしていないし、今年の山田高校野球部に対する市民の期待値も高まっていることだろう。


 ブルペンでしっかりと30球投げ込み、調整をする。

 まだまだ調子は上がっていない。完全試合こそ果たしたが、相手が龍獄だったから行けたという話。これが斎京学館とかが相手だったら、そうは行かなかっただろう。

 なんとしても決勝戦までには調子を戻していきたいところだ。


 「英ちゃん! タオルどうぞ!」

 「おぅ」

 投げ込みを終えてブルペンに戻ると、岡倉からタオルを手渡された。

 それを受け取り汗を拭きながらベンチに戻る。

 今度は走り込みだ。と言っても疲労困憊になるまで走り込まず、軽めのランニングで済ませる。

 スパイクからアップシューズに履き替える。哲也もスポーツ飲料を軽く飲むと、野手の練習へと混ざっていった。


 「英ちゃん、昨日の女性とはどういう関係なの?」

 またか、またそれを聞くか岡倉。

 昨日の鵡川事件以来、定期的に岡倉がこれを聞いてくる。

 昨夜も言われたし、朝も言われた。そして練習前にも聞かれた。どんだけお前は興味を持っているんだ。


 「だからさっきも言ってるけど友達だ」

 「でも下の名前で呼ぶなんて…それって本当に友達なの?」

 何を言っているんだ岡倉?

 お前も俺のことを下の名前で呼んでるだろうが。


 「岡倉も俺のこと下の名前で呼んでるだろ?」

 「あ! そっか!」

 俺が指摘して気づく岡倉。

 相変わらずアホの子してるなこの子。


 「じゃあ、昨日の電話相手の人も英ちゃんのこと好きなんだね!」

 そして笑顔を浮かべる岡倉。

 どうしてその答えに至ったのか、俺には少し理解に苦しむね。

 まぁいい。岡倉は今の一言で悩みが解消したらしい。相変わらずよく変わらん精神構造しているなこいつは。



 さて走り込もう。そう思って立ち上がったとき、一人の男性が声をかけてきた。


 「お久しぶりです! 佐倉君!」

 声をかけてきた男性は見知った顔をしていた。

 前にどこかで話した気がする。えっと…あ、思い出した。


 「…あぁ青山さんじゃないですか! お久しぶりです」

 広島東商業との練習試合の際に、俺の事を気にかけていたプロ野球球団シャークスの専属スカウトである青山さんじゃないか。

 前会ったときも変わらぬ、七三分けにめがね、そしてスーツ姿だ。もう見た目からして真面目オーラが溢れ出ている。


 「あの時よりもだいぶ成長しましたね。どうです? プロとか目指してますか?」

 「もちろんですよ。まぁまずは甲子園優勝が目標ですけどね」

 「そうですよね。君ならきっと甲子園優勝できますよ」

 青山さんはお世辞が上手だなぁ。まぁ優勝しちゃうんですけどね。


 「それでは、本日はこれで」

 「あっはい」

 「これからの活躍期待してますよ」

 笑顔で青山さんと別れる。

 どうやら青山さんは未だに俺のことを気にかけてくれているようだ。

 嬉しいな。どうせプロ行くなら、こういう人がいる球団に行きたい。

 そうなるとシャークスか。同じ地方にある球団だし、東日本や大阪とかに行くよりかは楽で良いかもしれないな。

 まぁそういうのは、この夏が終わってからじっくり考えればいい。まずは甲子園優勝を目指さねばな。



 午前中に調整を終え、昼飯を食い終えてから、丘城高校の試合を見る。

 やはり注目は、伊良部の勝負強さ。


 「得点圏にランナーを置いている打席が7回あり、そのうち打ったヒットは7本。得点圏打率10割の怪物…」

 改めて口にすると、とんでもない勝負強さだ。

 噂だとプロからも、そのクラッチヒッター具合が注目されているらしい。

 しかも守備のほうも上手いらしい。

 センターを守っているのだが、足が早く守備範囲が広い上に、どんな難しい打球でも上手く処理している。

 また肩が凄く良い。俺の知る限りで一番最強の肩を持っている龍ヶ崎に比べても遜色ないほどの肩を持ってる。


 「強肩強打の四番バッター。わずか3試合で11打点を稼いだのか」

 記録を見ていくたびに、どんどん伊良部に興味を持ってきた。

 こんな化け物が県内にいるとは思わなかった。県内で対戦したいと思っていたバッターは良ちんぐらいだったのだが、思わぬ伏兵だ。早く伊良部と対戦したい。

 一方、佐和ちゃんは気難しい顔を浮かべて唸っている。


 「伊良部とチャンスの場面で対戦し抑えて戦意を削ぐべきか、それとも伊良部の前にランナーを溜めないようすべきか」

 佐和ちゃんが悩んでいるのはこの二つ。

 常套手段ならば伊良部の前にランナーを溜めないのが当然だろう。まぁ溜めないようにするのが難しいんだけどな。

 丘城高校の選手を見た限り、伊良部の前である一番から三番に特に優れたバッターを置いている。どう考えても伊良部の前にチャンスを作るためだ。

 それほどまでにチームに期待されるチャンスでの強さか。余計に楽しくなるじゃないか。


 「…やはりチャンスの場面で伊良部との対戦は極力避けたい。伊良部の前にランナーを溜めないようにすべきだな。伊良部以外の選手での失点は仕方ないとして、なにがなんでも伊良部にチャンスを作らせないようにするしかないか」

 「そうですね」「あぁ」

 佐伯っちと俺が同時に声を出した。

 チャンスの場面で伊良部とも対戦したいが、勝ちを狙うなら、対戦を避けるべきだ。

 誰だって爆発するかしないか分からない地雷を踏みに行こうなんて思わないだろう。


 丘城は選手個々の実力はあるが、やはり伊良部に頼っている感が否めない。伊良部のバットから得点が生まれなくなれば、必ず相手のモチベーションは下がるはずだ。

 勢いづかせないためにも、伊良部の前にチャンスは作らせない。


 「先発ピッチャーは、ここまで全試合で投げているエースの斯波(しば)が有力だろう。技巧派のサウスポー。最速132キロのストレートに加え、スライダー、カーブ、チェンジアップに、カットボールなど多彩な変化球がある。攻略しづらいですね」

 佐伯っちが呟くが、佐和ちゃんがすぐさま否定した。


 「逆だ。むしろ攻略しやすい。確かに相手は変化球が多いが、投げている多くはスライダーのみだし、ここぞの場面での決め球はカットボールが多い。その上、完成度も低い。ストレートとのフォームがどれも分かりやすい。簡単に攻略はできるはずだ」

 佐和ちゃんは的確に相手ピッチャーの欠点を指摘した。

 さすが佐和ちゃん、しっかりと相手を研究している。


 「なるほど、相手は未熟だった亮輔だと思えば、打ちやすい」

 「その通り。あの頃の亮輔レベルならいくらでも攻略できる。亮輔もきっと、過去の自分だったらこうなっていたと恐怖してくれるだろう」

 そういって嫌な笑みを浮かべる佐和ちゃん。

 この人…マジで鬼だ。



 「そういや、斎京学館はどうなったすか?」

 ある程度作戦会議も終わった頃、俺が佐和ちゃんに聞いた。


 「3対1で斎京学館の勝利だ」

 「さすが」

 さすが斎京学館。

 相変わらず安定した強さを持ってるな。


 「やはり斎京学館は川端と鵡川の二枚看板が強力だ。鵡川に至っては今日4打数4安打の1本塁打。バケモンだなありゃあ」

 佐和ちゃんも絶賛の良ちん。

 おそらく良ちんは全国クラスのバッターだろう。

 そんなレベルのチームと県大会で戦えるとは、俺はなんて恵まれてるんだ。


 「川端もやばい。初回こそ失点したが、回を増すごとに安定感が出て、今日は12個の三振。ここまで四試合全部で完投して、失点はわずか2。こっちもバケモンだ」

 初戦の丸野港南に始まり、丘城東工業、酒敷工業、そして酒敷商業。

 どれも県内強豪の学校。それを相手にわずか2失点。

 川端も間違いなく全国クラスのピッチャーだ。今から投げ合いが楽しみだ。


 「斎京学館が来ますかね?」

 「間違いなく来るだろう。今、荒城館と丘城南が対戦しているが、どっちが勝っても斎京学館の敵じゃない」

 佐伯っちの質問に佐和ちゃんが答えた。

 


 夜、改めて選手たちが広間に揃い、佐和ちゃんから明日の相手である丘城について説明をする。

 話をまとめるとこんな感じだ。


 丘城高校は、過去に一度だけ甲子園出場をしている私立高。

 専用グラウンド、室内練習場を備えており、設備のみなら県内三強に負けず劣らずの設備を誇っている。

 県内三強に勝つために選んだのは、他県から優れた選手を集める作戦。いわゆる野球留学。

 私立高の特権でもあり、確実に強くさせるには悪くない戦法だ。現に丘城は、野球留学を取り入れてから、毎年ベスト8以上には顔を残している強豪校になった。

 大阪や兵庫出身者が多いが、この他にも福岡や、遠くは東京や神奈川からも野球留学に来ている。伊良部に至っては沖縄出身だ。

 ただし、批判はある。地元の高校野球ファンからは、多国籍チームだとか傭兵部隊などといわれている。


 チーム打率は、3試合で2割6分8厘。出塁率は3割4分8厘。

 ホームランは出ていないが、二塁打が4本、三塁打が1本と、長打が少ないわけではない。


 足が速い選手が多いが、盗塁は今のところ一度も出ておらず、積極的な走塁と言うよりも、慎重な走塁が目立つ。

 送りバントは3試合で5回、スクイズも成功しているし、バントは大事な局面や、点が欲しい場面でしかして来ない。


 チーム得点圏打率は4割5分4厘と高いが、伊良部を抜いて計算すると2割。

 伊良部の怖さを象徴する一つにもなっているが、伊良部以外はそこまで警戒する必要はないだろう。まぁ警戒するに越したことはないがな。


 守備面では、エラーが3試合で3個、エラーに記録されていないミスも含めると5個。

 ミスは少なく、無理せず取れるアウトを確実に取ってくる堅実な守備。


 こうして相手チームの分析が終わると、続いては一番の脅威、伊良部の説明に佐和ちゃんは入る。


 「伊良部は今大会の打率、6割3分6厘と驚異的な打率だが、今大会のヒットは、全てチャンスの場面でしか打っていない」

 佐和ちゃんの言葉に驚く選手達。

 チャンスの場面でしか打ってないのに打率6割か。どんだけ他の選手たちが伊良部のためにチャンスを作ってるんだ。


 「得点圏打率は、お前らも知ってると思うが10割だ。馬鹿の恭平にも分かりやすく言うと、チャンスの場面での伊良部は100%打ってくると言うことだ」

 「俺はバカじゃないっすよ佐和先生!」

 なんか恭平が良くわからんこと言っているが、佐和ちゃんは無視している。

 しかし得点圏打率10割か。すげぇな本当。おそらく今大会ナンバー1。下手すりゃ現役高校生の中でもトップの勝負強さを持っているのではないだろうか?


 「っと同時に、チャンスでしか打てない伊良部が、打率6割を記録すると言うことは。このチームが伊良部の前にチャンスを作っていると言うこと」

 佐和ちゃんの言うとおり、丘城高校の強さはここにある。

 伊良部の前にチャンスを作れるだけの打線があるということ。


 「攻略方法は単純だ。伊良部の前にランナーを溜めない事。守備は伊良部の前のバッターに気を配り、バッテリーは不用意にフォアボールを出さない事、良いな」

 「はい!!」

 全員がしっかりと返事をする。

 やはり怖いのは伊良部のみか。


 「投手陣のほうだが…」

 佐和ちゃんがピッチャー陣の説明をする。

 そして説明が終わる頃、夜の集会は終了したのだった。


 俺はその後、軽く柔軟をした後、早めに布団に入って、眠るのだった。

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