157話
7月22日、丘城スタジアム。
昨日、斎京学館と酒敷商業が、荒城館と丘城南が準々決勝をおこない、斎京学館と荒城館が勝ち上がった。
そして今日、我が校と丘城、佐々岡商業と理大付属の二試合がおこなわれ、ベスト4が出揃う。
予定通りならば、三日後の25日には決勝戦がおこなわれる。
もう県大会も大詰めだ。
「相手の先発ピッチャーは斯波か」
「うん、スタメンに変わりはないね」
哲也がオーダー交換でもらってきた相手のオーダー表を確認する。
前の試合と布陣は同じ。先発ピッチャーはエースナンバーをつける斯波で、四番は伊良部。
「英雄、体の調子はどう?」
「状態は悪くない。あとはボールの調子だな」
依然、俺の調子はイマイチだ。
体は元気なのだが、どうしてもボールが低めに集まらない。高めに浮いてしまう。
こう言う状態になるとどうしようもない。ひたすらフォームチェックと投げ込みをするしかないだろう。変にフォームをいじったりして、悪化させる恐れもあるし、気長に修正していくしかない。
「そう…」
不安そうにする哲也。
「大丈夫だ。丘城相手なら十分抑えられる」
自信をもって口にはしたが、いざ相手の戦力を考えるといささか不安だ。
いや、スタメン九人中八人は抑える自信がある。ただ一人、伊良部竜平だけは不安だ。
得点圏打率10割、3試合で11打点。たとえマグレだったとしても、この成績は俺たちを威圧するには十分な成績だ。
「そうだね。最悪打たれても大輔たちがいるし、大丈夫だね!」
普段なら終始不安がる哲也が珍しくポジティブな発言をした。
おっしゃるとおりだ。もう俺達は中学の頃とは違う。俺が抑えて俺が打つ時代は終わった。最近のトレンドは俺が抑えて大輔が打つ。これに限るね。
球場入りしてアップをこなし、シートノックをおこなう。
ここまではいつも通り、そして今日もいつも通りのピッチングで抑えるのみだ。
今日の試合は、前に比べてバックネット裏の席に多くの観客が座っている。
前の試合、俺は完全試合の上に22個の奪三振をあげている。相手が龍獄ではあったが、こんなピッチングしちゃったら、いやでも注目度は高くなる。
明らか偵察にきている連中もいるし、スカウトっぽい人もちらほら見える。
「期待されてるな」
佐和ちゃんもどうやら気づいているらしく、俺にそう声をかけてきた。
「そりゃパーフェクトピッチなんかしちゃいましたしね。むしろこれぐらいギャラリーがいてくれないと、完全試合した甲斐がないですよ」
「そうか。なら期待以上のピッチングを見せてやらないとな」
「うっす」
強気発言の目立つ佐和ちゃん。
そういう強気発言は敗北フラグだから、あまり口にすんなって。まぁ俺が言えた義理はないけどな。
両者がベンチ前に整列し、試合を待ちわびる。
準々決勝まで勝ち進み、だいぶ試合前の空気が張り詰めてきた。
何度も深呼吸をして、その空気を味わう。
悪くない。
やはり試合前の空気は、これぐらい緊迫としていて張り詰めていないとな。
空を見上げる。
今日も雲が覆っているが、龍獄戦のときに比べれば雲は薄く、雲の切れ間から青空が垣間見えた。
明日からしばらくは降水確率10%ほどの晴天が続く。今大会は一度も雨天順延がおこなわれることなく、予定通り県大会決勝戦を迎えられそうだ。
「集合!」
主審の号令。
それを耳にして、両者がグラウンドへと飛び出した。
準々決勝、我が山田高校と丘城高校の試合が始まった。
整列し一礼したあと、俺はマウンドへと向かった。
本日は先攻丘城、後攻山田でゲームがおこなわれる。
誰も踏んでいないまっさらなマウンドに上がる。土の感触を確かめながら、俺は一歩、また一歩とマウンドの頂へと登った。
「ふぅ」
マウンドから外野方向に視線を向けながら、俺は息を吐いた。
三塁側スタンドでは丘城高校の応援団が、両校の健闘を称えるように山田高校へエールを送り、一塁側スタンドに陣取る我が山田高校応援団がそれに応えるように、逆に丘城高校へとエールを送る。
「あ、そうだ」
ぽつりと呟いて、尻の部分にある左ポケットに触れた。
鵡川からもらったお守り。ご利益があるかは分からんが、持っているだけでやる気になる不思議なお守りだ。頼むぜ勝利の女神様。今日も俺を勝たせてくれよ。
なんて考えたけど、俺は神頼みしない人間だったわ。
投球練習はあっという間に終わった。
やはり試合のマウンドに上がって投げても状態は変わっていない。どうも高めに浮きがちだ。
城東、龍獄と多少高めに浮いても抑えられたが、果たして丘城の打線は抑えられるだろうか?
「いっかーい! 声出してー! 元気出してー! しまってこぉー!」
哲也が大声を張り上げた。
相変わらずよく通る声だ。これならそこまで大声出さなくて外野まで届くだろうに。相変わらず全力で声を張り上げるな哲也は。
一度帽子をかぶりなおす。これは自身の気持ちのスイッチの入れ替えだ。帽子をかぶり直したとき、余分な感情を切り落とす。
残されたのは試合へ向ける闘争心と、勝利への執念のみだ。
≪一回の表、丘城高校の攻撃は、一番ライト垣本君。ライト垣本君≫
「しゃあ! おらぁ!」
左打席へと入った一番バッターが、俺へとバットを向けて吠える。
一方の俺は特に何をするでもなく、マウンド上で哲也のサインを待つ。
初球はアウトコース低めへのストレート。
小さく頷いた。
球審が試合開始の合図を見せると同時に、球場内にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。
その中で、俺は第一投を投じるため、大きく振りかぶった…。
今日は山田高校、準々決勝当日。
だというのに、私、鵡川梓は球場に到着していない。
現在、必死に駅から丘城スタジアムまで走っていた。
時刻は試合開始時刻からすでに数十分過ぎてる。丘城高校との試合は、もう始まっているだろう。
ベスト4になるかならないか、そんな大事な試合の当日に、私は寝坊してしまった。そんな自分を、ただただ罵倒しては、苛立ちだけが募る。
スタジアムまで続く遊歩道を走りながら、何度も自責の念にかられてしまう。
丘城スタジアムが見えてきた。
球場から聞こえる歓声や楽器の音色が聞こえる。もうすぐで到着する。
切れる息と荒れる鼓動を気にせず、私は今まで以上にペースをあげて走った。
入場券を買い、一塁側スタンドへと続く階段を駆け上がる。
そうして通用口まできたところで、私はついにひざに手をついてしまった。
「はぁ…はぁ…」
最寄り駅からずっと走りっぱなしで、息切れしてしまった。
息を整えながらも、試合の状況を確認するために顔をあげた。
「はぁ…はぁ…試合は…」
センターにある電光式のスコアボードを見る。
そこには丘城高校のところに「2」と言う数字が入っていた。
「…先制されている?」
一瞬目を疑ったが、スコアボードに間違いなはなかった。
現在四回の表、丘城高校の攻撃。試合は2対0で丘城高校がリードしている。
佐倉君が…英雄君が2点取られた?
「あれ? 鵡川さん?」
声をかけられ、声のほうへと視線を向ける。
そこには山口さんが立っていた。
「あっ山口さん。寝坊しちゃったんだけど…試合はどうなってるの?」
だいぶ呼吸が落ち着いた私は、山口さんに聞いた。
私の言葉を耳にした山口さんは悔しげに表情を歪めた。
「…初回に英雄が、二番打者にヒットを許しちゃって、っで四番にホームラン打たれた」
山口さんは、そう説明し終えると唇を噛み締める。
まるで自分のことのように悔しがっている。いや、きっと私もその場面を見ていたら、同じようなことをしていただろう。
まさか英雄君がホームランを打たれるなんて。
「打線のほうは、二回に三村君がツーベースヒット打った以外、完璧に抑えられてる」
さらに山口さんはそう付け足した。
「そっか。ありがとう」
「うん。…大丈夫、英雄ならきっと逆転するから、頑張って応援しよっ!」
「うん!」
山口さんの笑顔に私は頷いて、彼女の隣に立った。
まだまだ試合はこれからだ。だけど…。
笑顔を浮かべる山口さんだが、どこか表情がぎこちない。
私はグラウンドへと視線を向けた。
自然と視線は、マウンドに居る英雄君へと向けられた。
高校から英雄君と知り合った私ですら、今回の先制点に驚きを隠せていないのだから、英雄君と中学の頃からそばにいる山口さんには、どれほどの驚きだったのだろうか?
それでも笑顔を浮かべる彼女。
それだけ英雄君を信じているということだろう。
確かに英雄君なら、2点差ぐらいどうにかするだろう。だから、今私たちに出来るのはこうしてスタンドから必死に応援するしかない。
「英雄が負けるはずないから大丈夫だよ!」
そういって笑う彼女の姿は、本当に自信にあふれていて眩しかった。
昔から彼を応援しているからこその、自信なのだろう。それがとても羨ましかった。
マウンド上で帽子を脱いで、袖で汗を拭う英雄君。
彼は今、何を考え、何を思っているのだろうか?
私には何もわからない。だけど、この場面で少しでも私のことを思い出していてくれたら、それだけで私は幸せだ。
彼に、熱い視線を送る。
頑張れ英雄君。
胸の内でそう何度も呟いて、エールを送るのだった。




