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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
154/324

153話

 大輔の先制点に沸く球場。

 ネクストバッターサークルにいた俺は、打席付近で戻ってきた龍ヶ崎とハイタッチをする。


 「ナイラン!」

 龍ヶ崎に笑顔で言う俺。

 普段あまり笑わない龍ヶ崎も今日ばかりは笑みを浮かべている。


 「あのピッチャー動揺してるぞ。お前が決めて来い」

 笑みを浮かべながら龍ヶ崎はクールに言って、ベンチに戻っていく。

 言われなくても分かってる。


 龍獄にしてみれば決勝点を入れられたも同然だ。

 マウンド上の久遠を確認する。

 必死に平静を装うとしているが、動揺しているのは目に見えて分かる。

 おいおい、焦るなよ久遠。投打の柱やってるんなら尚更、ここはデンッと構えてないと、チームメイトにも見限られるぞ?

 相手のキャッチャーがタイムをかけた。マウンドには内野の選手たちが集まっている。さて久遠、立ち直れるかな?



 打たれた…あのスライダーが打たれた。

 正直、縦のスライダーには自信があった。あれなら打てるバッターはいないだろうと思っていた。

 それを簡単に打ち返したのだ。山田高校の四番バッターは。 

 …ありえない。だいたいなんだあのバッティングは? 本当に高校生なのか? …俺は、とんでもないやつらを相手にしているんじゃないか?


 「久遠! 大丈夫か?」

 石山の声を聞いてハッと我に返った。

 気づけば俺の周りには内野の選手たちが集まっていた。

 知らないうちにタイムがかかっていたようだ。


 「あ、あぁ…」

 返事はするが、気持ちは沈んでいた。

 1点を取られた以上、もう山田高校には勝てない。佐倉から2点取るなんて不可能だ。

 …結局俺は佐倉には勝てないのか…。


 「とにかく、まずはこの場面切り抜けよう!」

 「おう!」

 石山の声に選手たちが返事をする。

 何を言ってる? もう勝ち目はないのに…何を…。


 「安心しろ久遠! 俺たちが絶対に逆転する! だからここは踏ん張ってくれ!」

 俺の肩を叩きながら石山は笑顔で言った。

 明るく陽気な性格でロマンチスト。冷静に考えて、お前らが佐倉から打てるはずがない。逆転なんて不可能だ。

 もう俺たちには勝ち目がないんだ。俺たちには…。


 選手たちが各自のポジションへと戻っていく。

 ひとり、マウンドに取り残された俺は、何とも言えない孤独感を覚えた。

 …あぁそうか。佐倉はずっとこの孤独の中で戦い続けたのか。


 ≪五番ピッチャー佐倉君。ピッチャー佐倉君≫

 場内アナウンスが佐倉の名前を告げる。

 左打席でバットを構える佐倉。

 俺は唇を噛み締めて、右足でプレートを踏んだ。



 マウンド上の久遠を睨みつける。

 目に見えて動揺しているし、闘争心も感じられない。もう負けだと諦めたのだろうか?

 なんだよ。こんな簡単に諦めちまうのかよ。


 思わずイラついた。

 こいつ、本気でエースで四番に、投打の柱に、チームの中心になろうと思ったのか?

 情けねぇ、この程度で試合を捨てて、動揺すんじゃねぇよ。


 まるで馬鹿にされてる気分だ。

 試合を簡単に捨てる奴なんて、下手くそ以下だ。

 さっさと終わらせる。


 初球、甘く入ったストレートを打ち抜いた。

 簡単に打球は吹っ飛んだ。

 ライト、センターの間を真っ二つする右中間へのツーベースヒット。

 俺は二塁ベースへ。二塁ランナー大輔は楽々ホームインした。

 これで2点目。


 「ありえねぇ」

 誰にも聞こえないぐらいの声でボソッと呟いた。

 なんだ今の手を抜いたようなボールは?

 久遠の奴、完璧に俺を馬鹿にしてる。いや俺だけじゃない、高校野球そのものを馬鹿にしてる。


 続く中村っちは、左中間を破るヒット。

 俺はスライディングせずにホームベースを踏みしめた。これで3点目。


 ホームのカバーに来ていた久遠。

 どこか諦観したように無表情の彼のもとへと向かい、一言言い放った。


 「試合捨てるような奴が、俺の真似すんじゃねぇ」

 俺の一言を聞いて、久遠が青ざめた顔でこちらを見てくる。

 お前はワンマンチームのワンマンなんだろう? 全員の思いを背負ってワンマンになったんだろう? なら、試合を捨てるじゃねぇよ。

 仲間が諦めようとも、九回ツーアウトツーストライクまで諦めるな。どんなに情けないプレーでも泥臭く執念深く勝利にこだわれ。

 それが出来て初めて投打の柱になれる。

 覚悟も思いも背負えないこいつには、放っから無理だったということだ。



 試合はここで決まった。

 さらにこの回、哲也のヒットで1点を追加し4点。

 その後も点を取る。七回には恭平のスリーベースヒットで1点、八回には中村っちがレフトスタンドにソロホームランを放ち、九回には龍ヶ崎からもタイムリーヒットが飛び出て、九回までに7対0にする。


 そして7点差で迎えた九回の裏。

 マウンドには依然として俺。


 龍獄は未だに俺からヒットはおろか、フォアボールやエラーと言った出塁すらもしていない。

 さらに、ここまでで三振は21個。完璧に抑え込まれている。


 スタンドが完全試合を目前にして張り詰めている。

 だが俺は緊張はおろか、意識すらしていなかった。

 早くこの試合を終わらせたい。そんな衝動にかられていた。


 ラストバッターも三振に打ち取る。

 22個目の奪三振は、完全試合を決める最後のアウト。

 瞬間、スタンドからは大歓声。バックネット裏の高校野球大好きのおじさま方はスタンディングオベーションで俺の偉業を褒め称える。


 完全試合、パーフェクトピッチングとも言われる偉業。

 一人のランナーからヒットはおろか、四死球はもちろん、エラーや振り逃げなどの出塁もさせることなくゲームセットを迎えると言う結果。

 ようは一人のランナーも出塁させないということだ。

 それを俺は成し遂げたわけだが…。

 別段、嬉しくはなかった。今回は相手が弱すぎた。


 大歓声と拍手の嵐の中で、整列し、そして試合終了を告げるように頭を下げた。

 相手チームのすすり泣く姿を見て見ぬ振りをしながら、俺達はスタンドの前へと整列し、そして哲也の号令のもと、大きく頭を下げて、「ありがとうございました」と力強く叫んだ。


 選手や観客は俺を褒め称えるが、俺はどうも素直に喜べない。

 出来ることなら、斎京学館とかそういう強い学校を相手に完全試合したかったよ。



 グラウンド整備も終え、ベンチから出る。

 案の定、応援に来てくれた生徒に拍手や声援が貰う。

 ここで哲也の号令のもと、整列し一礼する。


 その後、完全試合を果たしたということで、数名の記者に囲まれた。

 彼らから向けられる質問に、爽やかな高校球児を演じつつ、爽やかに回答し終える。


 「英ちゃんナイスピッチ!」

 「おう」

 岡倉に背中を押してもらいながら、柔軟運動をこなす。


 「英雄!」

 「おぅ沙希か」

 っと、沙希が笑顔で近付いてきた。

 うん? なんか背中から、すっごく殺意が感じられるんですけど…。


 「ナイスピッチ! …その、ありがとね」

 「気にすんな。久遠じゃ、お前と釣り合わなかったしな」

 「釣り合わないって…」

 何故か顔を赤くする沙希。

 意味がわからん。ちなみに哲也なら十分すぎるぐらいに釣り合っている。ってかお似合いだ。早くくっついて、俺の目の前でイチャイチャして、俺を嫉妬の炎で焼き尽くしてくれ。


 「これが無自覚だから怖いんだよなぁ英ちゃんは」

 「はぁ? なにが?」

 背中を押しながら、岡倉はぶつぶつと独り言を呟いた。

 ごめん、なんでお前沙希が顔を赤くしたの察してんの? なんだこれ? 女子にしか分からない何かがあるのか?


 そういや久遠はどうしてっかな? あそこまで自信満々な大口発言叩いておいて、結果が7点差つけられた上に完全試合だし、めっちゃ凹んでるんだろうなぁ…。

 …まぁいいか。俺が励ましに行くとか、死体蹴りにも程があるし、自重しておこうっと。



 試合終了後の一塁側ダグアウト入り口そばで円陣を組む。

 その円陣を組む龍獄高校の選手達からはすすり泣く音、嗚咽を漏らしながら泣く声ばかりだった。俺もその一人だった。


 負けた。完膚なきままに負けた。

 7点差をつけられ、攻撃では完全試合。

 完璧に佐倉英雄に負けた。


 俺は中学時代の佐倉を超えることすらも出来なかった。

 いや、俺は中学時代の佐倉になることも出来なかった。


 もしあの場面、先制点を許したあの場面…四番にツーベースヒットを打たれ先制されても、佐倉なら、きっと諦めなかった。

 わずかな希望を抱きながら、動揺することなく、諦めることなく、後続を断ち切っていただろう。

 そんな希望を抱けるのは、1点ぐらいなら自分のバッティングで何とかなると言う自信があるからだ。


 …それに比べて、今日の俺はどうだ。

 佐倉から打てず、自分のバッティングの自信を失い、一人怒りチームの雰囲気を悪くさせた挙句、打たれて、もう勝てないと絶望し、諦めた。

 そのままズルズルと点を取られて…。


 結局、俺は佐倉にはなれなかった。

 俺は佐倉が嫌いだったが、同時に尊敬していた。今日の試合で改めて気づいた。俺は佐倉になりたかったんだ。

 投打でチームを引っ張り、チームを勝利に導くその姿に憧れていただけだった。


 俺には荷が重すぎたんだ。

 ワンマンチームのワンマンになるなんて…。

 今日の試合で痛感させられた。佐倉だからこそできたんだって思わされた。


 …山口さんのことは諦めよう。

 こんな情けない姿を見せた以上、手を引くしかない。さすがにもう情けない姿を山口さんには見せられない。


 俺の三年目の夏が終わる。

 二年前、チームを引っ張ろうと決意したあの日から、俺は何か変われたのだろうか?


 「…久遠、今までありがとう」

 先程まで涙を流し嗚咽していたキャプテンの石山が、目を腫らしながら感謝をしてきた。

 それに次いで、選手たちは口々に俺に感謝をしてくる。


 何を言ってるんだ? 結局俺は甲子園に連れていけなかったんだぞ?


 「なんだよ…なんで感謝すんだよ」

 感謝する選手たちに悪態をついた。

 だけど嬉しくて、だけど同時に勝たせてやれなかったことに申し訳なくなって、自然と涙がこぼれ落ちた。


 もっと、もっと頑張れば今日の試合勝てたのだろうか?

 あとひとつ努力を続ければ、何かが変わったのだろうか?


 負けた今、残るのは後悔のみ。

 鳴り響くセミの鳴き声は悲哀を感じさせる。

 三年目の夏は、今まで一番悔しさを残す夏の終わりだった。

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