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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
143/324

142話

 グラウンド入りの時刻を迎えた。


 「野球部頑張れよぉ!」

 「甲子園連れてけ!」

 応援団がここぞとばかりに声援を送る。

 その声援を受けて、俺達は通用口へと入っていく。


 「佐倉君がんばれー!」

 あらゆる声が入り混じる声援の中に、鵡川の声が聞こえた気がした。

 だがきっと空耳だろう。俺の耳は一人一人の声を聞き分けられるほど優れてるわけじゃないしな。


 通用口を通り、三塁側ベンチへと向かう。

 丘城スタジアムでプレーするのは春の県大会以来だ。



 年に数回プロ野球の公式戦でも使用される丘城スタジアム。

 県内の大学野球、社会人野球、中には中学校や小学校の野球でも使用されており、県内一の球場であることは間違いない。

 収容人員は3万人を越し、両翼およそ100m、中堅120m、グラウンド面積は1万5千平方メートルを越す国内最大規模のグラウンドだ。

 ファールゾーンが特に広く、他の球場ならスタンドに飛び込んでファールになる当たりも、ここなら余裕で捕球できてしまう。

 故に守備側に有利で、逆に攻撃側に不利な球場ともいえる。

 この広さは、かの有名な聖地甲子園球場よりも広い。


 まぁこんだけ広いと、アマチュアレベルだと、滅多にホームランが出ない。

 いくら大輔でも、ここまで広いとホームランは打てないだろう。おそらく。

 っと思ったけど、大輔の奴、春の県大会で面白いようにホームラン打ってたな。

 …マジで大輔頭おかしいんじゃないかな?



 左右壁に挟まれた狭い通用口から、ベンチに入る。

 一瞬、太陽の光が反射したグラウンドの眩しさに目がくらんだが、すぐさまグラウンドの全容を見て取れるようになった。

 相変わらずの広さだ。春の大会でも何度も訪れて、その度に思ったが、夏の大会でも思うなんてな。 


 まぁそんな事を悠長に考えている暇は無い。

 すぐさまキャッチボールを始める為に外野に向かい、キャッチボールをおこなう。俺は田中君とキャッチボール。


 「…相変わらずだな」

 去年の夏を思い出すぐらい、一塁側スタンド、城東高校応援団の多さに呆れてしまう。

 あそこにいる部員達の多くは、一度もこのグラウンドに立つ事無く終えるのだろう。

 厳しい強豪校でのレギュラー争い。お前らは野球をするのにも一苦労しているな。


 去年は、あそこにどれくらい、うちよりも上手い選手がいるんだとか考えていたが、今はそんな事を考えない。

 チアガールに惑わされるような真似もしない。

 っと思いつつ、三塁側スタンドへと視線を向ける。チアガールがいる。うわ、グラウンドからみるとめっちゃパンツが見える! クソッ! 見せパンだと分かってても、チラチラと視線がそっちに向いてしまう。

 よもや、身内にこんな敵がいたとは…。


 「いって!」

 ふと左隣でキャッチボールをしていた恭平が大声を張り上げた。

 恭平のほうへと視線を向けると、グラブをはめていない右手で、額を押さえていた。芝生の上には硬球が転がっている。

 あれ? なんか見たことあるぞ、この光景。


 「すいません!」

 恭平とキャッチボールをしていた石村が、口元に右手を添えて声を張り上げ謝っている。

 この一連の出来事により、山田高校のキャッチボールは一時中断し、恭平へと視線が集まった。あれ? この光景も見たことあるぞ?


 「恭平…大丈夫?」

 薄々察した哲也が、呆れた様子で恭平に聞いた。


 「あぁ…大丈夫だ…」

 弱々しく返答する恭平。そうして顔を上げ、我が陣営であるレフトスタンドをキッと睨みつけた。

 あぁ思い出した。そういやこいつ、去年も同じことしてたな…。


 「くそっ! お前ら! 短いスカート履きやがって! グラウンドからだとパンツが見え見えじゃねぇか!」

 こいつは相変わらずだな。

 少しホッとする俺。


 「千春ちゃんはチアガールじゃねぇのかよちくしょう!」

 さらに言葉を付け足す恭平。

 お前、あとで覚えとけよ。 



 その後、シートノックの為に一度ベンチに戻り、先攻の我らが後にノックを受ける。

 その間に佐和ちゃんから軽い説明を受ける。


 「先攻をとった以上、初回に先制点をとって相手の出鼻をくじきたい。目標は一番から三番までに1点欲しい」

 佐和ちゃんの言葉に耳を傾ける。

 恭平、耕平君、龍ヶ崎の三人で1点か。まぁ四番大輔を加えれば1点どころかもう2、3点はプラスできるからな。


 「逆に無得点で終われば、こちらが出鼻をくじかれる。そんな事がないように。いいな?」

 「はい!」

 選手たちが返事を返す。指名された三人は特に力強く返事をした。



 相手のシートノックも終わり、今度はこちらのシートノック。

 最初は佐和ちゃんが内野、佐伯っちが外野を担当してノック。


 俺も一応内野のフィールディングに参戦。

 1分ぐらいやったら、外野も各ポジションについてのノック。んで外野手が打球を処理し、バックホームをしてあがったら、今度は内野のバックホームの時間。

 サードから順にショート、セカンド、ファースト、ピッチャーと回っていき、素早い動きで次々と上がっていく。

 そして、最後に哲也と里田へのキャッチャーフライを打って終了。


 球場に入ってから30分もしないうちに両校の整列が完了した。

 ベンチ前で両校が整列し、グラウンドを挟んで相手を睨み合う。

 試合前の緊迫とした空気。去年に比べれば張り詰めている気がするが、まだまだ足りない。もっとだ。もっと張り詰めて欲しい。

 中学の県大会決勝の時のあの張り詰めた空気。俺は未だにあれ以上のものを吸えていない。今年の夏、俺はあれ以上の張り詰めた空気を味わえるのだろうか?

 

 「集合!」

 球審の声と共に、両校の選手がホームベースへと走っていく。

 ついに山田高校の夏が始まる…。




 先攻の我が校はベンチに戻り。後攻の城東はグラウンドに散らばる。


 「相手の先発は二年の佐山か…」

 昨年、俺達との試合で先発を任された一年生は、今では背番号10ながら、チームのエース的存在になっている。

 昨年戦ったときは、俺達を2点で抑え込んだ彼は、この一年でどれくらい成長しているのだろうか。


 マウンドで投げる佐山君の姿は、昨年よりも大きく成長しているような気がした。


 「よぉ~し、いきなり楽しい楽しいバッティングだ! 相手の先発ピッチャーは、去年俺達を2点で抑えた奴だ。去年の借りはたっぷり返させてもらおうぜ」

 「はい!」

 佐和ちゃんは悪い笑みを浮かべながら、佐山君を見る。

 さて、初回の攻撃だ。



 「お願いしまーす!!」

 元気良く打席に入るのは、一番バッターの恭平。

 まだボール球に手を出したり、サインを無視するなど、とことん暴れ馬を披露しているが、必ず結果を残す男。


 恭平が打席に入ると、同時に鳴り響くブラスバンドのラッパの音。

 そう言えば、恭平の応援歌は暴れん坊将軍だったか? こいつにぴったりの応援歌だ。

 ブラスバンドの音色に合わせて、メガホンを叩く音。


 一糸乱れぬ応援を披露してみせる応援団。即席だと思っていたが、結構さまになっている。

 改めて応援に感謝だな。去年の夏はこんなの無かったしな。


 さて夏を占う初球。

 佐山はワインドアップモーションから初球を投じた。

 それを恭平は迷うことなく打ち返した。


 快音を残して、打球は一二塁間を抜いてライト前へと転がっていく。

 相変わらずの初球打ち。だが、恭平らしいバッティングだ。


 ヒットのファンファーレが高らかに鳴り響く中、恭平は一塁コーチャーの鉄平とハイタッチをしてから、タイムを取り、エルボーガードとフットガードを外し、鉄平に渡す。

 しばらくして、片井君がそれを受け取りに向かう。



 ノーアウト一塁で、続く二番の耕平君が打席に入る。

 やはり佐和ちゃんのサインは、定石通りの送りバント。

 しかし、ただの送りバントじゃない。セーフティバントだ。

 初球からヒットを打たれ、浮き足立っている内野陣。その隙を突くバントは…。



 コツンと言う鈍い音を立て転がる打球は、三塁線フェアゾーンを転がるバント。

 ちょっと強すぎるかもしれない。しかしサードは不意打ちを食らったように、ワンテンポ遅れてから打球へと走る。


 勝った。

 ワンテンポ遅れたサードは、素早く打球を処理して送球するも、ファーストがボールを受け取ったときには、すでに耕平君は一塁ベースを駆け抜けていた。

 大歓声とファンファーレが球場にこだまする中で、打席には三番の龍ヶ崎。


 チャンスのテーマ曲である夏祭りがスタンドから鳴り響く中で、龍ヶ崎は打席で構える。


 恭平の初球打ちによる出塁。

 浮き足立っている所を狙った耕平君のセーフティバント。

 すでに相手の守備は混乱状態だ。ここでタイムをかけて一度落ち着かせないあたり、城東が未だに県内中堅校で止まっている理由が見える。


 龍ヶ崎は案の定初球を狙う。この場面、相手に息をつく間を与えさせないのが正しい。

 龍ヶ崎は打ちに行くも詰まらせた。変化球を投げられたか? だが打球は、そのままサード、ショート、レフトの真ん中に落ちた。

 完璧なお見合いシーン。どの選手も声掛けが上手くいってなかった。


 今更タイムをかける相手ベンチ。

 ベンチから伝令が飛び出す中、俺は現状を確認する。


 ノーアウト満塁。先ほどの龍ヶ崎の打球では、二塁ランナーの恭平もホームにはいけなかったようだ。

 結局、当初予定していた一番から三番までで先取点を取るという目標は叶わなかったが、続くバッターは化け物だ。先制点は確実だろう。


 ≪四番、レフト、三村大輔君≫

 場内アナウンスが流れ、レフトスタンドがドッと沸いた。

 頼むぜ大輔。


 右打席に入った背番号7が大きく感じられる。

 佐山も大輔の噂は耳にしているのか、どこか投げづらそうにしている。

 初球、二球目と続けて、ストライクゾーンから外れボール。


 そして三球目だった。


 大輔の一振り。

 快音が球場に木霊し、打球は勢いよく打ち上がった。

 まもなくして、レフトスタンドへと打球は飛び込んだ。

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