141話
バスに乗り、7時24分には丘城スタジアムに到着。
まだ城東は来ていないようだ。俺達は三塁側のダグアウト近くに自分達のバッグを置いて、アップを始める。
まぁグラウンドではないので、大きな声を出せないが、軽くまとまってランニングして、いつも通りの塁間のアップをし終えたら、ストレッチをする。キャッチボールはしない。
肩、肘、腕のストレッチを終えたら、首から足首まで、様々なストレッチをし終える頃、我が校の応援団が到着する。
ちょうどアップも終わったので、話しに行く。
っと言うよりも、哲也が今、オーダー表の交換と先攻後攻を決めに行っているので、結果が気になって、ストレッチどころではないのだ。
「おぅ英雄! 今日は投げんのか?」
「さぁな。佐和ちゃんの話しだと、僅差の試合になったら登板予定だってさ」
応援団長を務める友人が話しかけてくる。大柄な体格のせいか、応援団長の姿が様になっている。
我が校はブレザーなのだが、こいつの姿は学ラン…。
「お前、どこから学ラン盗んできたんだよ!」
「盗んでねぇよ! 特注だ特注!」
素晴らしいタイミングと、ナイスなツッコミを入れる。こういうツッコミ技術を哲也に教えたいくらいだ。
「特注って、高いんだろう?」
「いいや。俺らの県って、学生服生産日本一だろ?」
「初めて聞いた」
いや初耳でございます。なんで知ってるだろみたいな言い方なんだお前? ってかやめろ、その俺知ってるぜみたいなしたり顔やめろ。目を潰すぞこの野郎。
「そうかぁ。まぁそんで、俺の親戚が酒敷市で学生服専門店の店長やっててな、そこから安く作ってもらったんだよ」
「ほぉ~」
まぁなんにしても、盗んでないようだし良いか。
応援団が不祥事なんか起こしたら、面倒くさそうだもんなぁ。
「野球部集合!」
ここで哲也の集合の合図。
俺達は哲也を囲むようにして、哲也の周りに集まった。
「えっと、まず最初に、先攻を見事取りました!」
嬉しそうな顔で哲也が言う。
先攻なら先取点取って、相手の出鼻をくじけるからな。
「先攻だろうと後攻だろうと構わん。それよりオーダーは?」
中村っちがせかすように、哲也に聞いた。
「あぁ! それじゃ、今日のオーダーを発表するね。一番ショート恭平」
「あーらいやあああああああ!!!!」
急に恭平が叫んだ。なんだこの雄たけびは。
よっぽど目立ちたいようだな。だが残念。千春は今日の試合だけ用があるから来れないんだ。
「恭平、返事は?」
「…はい」
哲也の諭すような口調に、恭平はしゅんっと俯きがちにボソッと返事をする。
なんだこの流れは、思わず笑ってしまった。俺以外にも数名笑っている。
「…それじゃ二番。センター耕平君」
「はい!」
どこかの馬鹿と違って、耕平君はしっかりと返事をする。
「三番ライト龍ヶ崎」
「おぅ!」
龍ヶ崎もやる気満々と言った表情で、いつもより少し大きな声で返事をする。
「んで四番はレフト大輔」
「うっす」
どこか不満げな表情をしながらも返事をする大輔。お前、まだ四番に不満あるのかよ。
大輔曰く「あまり目立つ打順に入りたくない。ってか出来れば九番が良い」そうだ。マジで何ほざいてんだと思う。パカスカホームラン打つ九番って、もう恐怖の九番ってレベルじゃねぇよ。
「五番ファースト秀平」
「は、はい!」
秀平は緊張しながらも、しっかりと返事をする。
中村っちを差し置いての五番だぞ! 頑張れよ!
「六番サード修一」
「おぅ!」
中村っちは、いつも通りの六番打者。
まぁ一発あるけど、三振も多いからクリーンナップは任せられないわな。
「七番ピッチャー亮輔」
「はい!」
亮輔の目が活き活きとしている。
去年の夏打ち込まれた因縁の相手だからな。借りを返したいのだろう。
はたして、どんなピッチングをするのだろうか?
「八番は僕で、九番はセカンド石村君」
「はい!」
石村君は少し声が上ずっていた。
やっぱり緊張しているようだ。
さて、俺は控えスタート。控えスタートだ。
大事な事だから二回言った。分かってはいたことだが、スタメン落ちはやはり気分が悪い。
これならファーストでも外野でも良いからスタメンになりたかった。
うーん、しかし佐和ちゃんの命令だ。悔しい。悔しいが…くそう、やっぱり悔しい!
「おぅオーダー発表終わったか?」
オーダー発表も終わった所で、ユニフォーム姿の佐和ちゃんと、いつも通りの佐伯っちがやってくる。
「はい」
哲也が返事をする。
「そうかぁ、んじゃ一発気合入れに、声だしやるかぁ?」
「スタメンから外された俺は断固拒否する」
佐和ちゃんにささやかな反抗心を見せる俺。
「英雄が拒否するから、決定!」
嬉しそうに笑う佐和ちゃん。この人、サディスティックすぎだろう。
ってか、周りには応援団がいる。こんな人前で声出しとか、マジで恥ずかしいんですけど?
「声出しリーダーは英雄だ。これは命令だからな?」
「嫌です。いつまでも監督の言うことを聞くと思わないでください。下克上しますからね」
「そんな事言ってると、一生スタメンで使ってやらねーからな」
にやりと笑う佐和ちゃん。
やっぱりこの人Sっ気あるんじゃないか? 人をいたぶって楽しいか? クソが。
「っち! くそっ! やりゃあ良いんだろ!」
舌打ちをしながら、諦める俺。そらスタメンで使わないと言われたらやるしかない。
声出しリーダーは、あまり声を出さなくても、周りに声を出せと言えるので、楽だ。
しかしその反面、一人で叫ぶ場面や、声出しを止める合図もしないといけないので、面倒でもある。
ちなみに声出しとは、円陣を組んで、肩組んで、前屈みになり、「しゃああああ」とか「うらああああ」とか、とにかく地面に大声を叫ぶって奴だ。
大声を出すことで、緊張による体の強張りをなくし、リラックスしようって言う狙い。
ちなみに前に一度、練習試合で恭平の馬鹿が「ヤリてえええええ」と叫んだせいで、ほとんどの奴が笑って駄目になったと言う事件もある。その時は恭平が、佐和ちゃんにコッテリと締められている。
俺らは、人前…ってか、我が校の生徒達が見ている中で、円陣を組み、肩を組んで前屈みになった。
「良いか? 俺が右手を振ったら、叫ぶのを止めろよ。止めなかったら覚悟しとけよ」
俺は肩を組みながら、仲間を見渡して説明する。
「任せろ!」
満面の笑みで言う恭平。てめぇが一番危ねぇんだよ!
「…んじゃ行きますよぉ」
って事で、一人演説の部分を言わないとねぇ…。
「しゃあ! 今日も勝ってこぉー!」
「オゥ!!」
俺の掛け声に乗るアホな19名。
「んじゃ…元気に声出してくぞ!! せぇーのぉ!!」
俺の声と共に、叫び出す一同。地面に反響しているのか、思いのほかうるさい。
「オラオラ哲也! 声が出てないぞぉ! キャッチャーがそれで良いのかぁ!」
みんなが声出すなかで、小さい奴らの声を聞き当て、鼓舞する俺。
「龍ヶ崎ぃ! そんな声で試合で聞こえると思ってんのかぁ!! お見合い願望でもあるんかぁ!」
「うっせぇ!」
俺の声に反論する龍ヶ崎。なんで「うっせぇ!」って言った声のほうが大きいんだお前?
およそ十数秒後、俺は右手を円陣の真ん中で振って、声出しを止める。
ピタッと止まる辺り、俺らの連携というか絆というか、そういうのはしっかりしているなって思う。
「絶対勝つぞぉ!」
「おぅ!!!!!」
俺の声に返事をする一同。
自然と応援団から拍手が起きた。息切れする部員たちはその声援に表情を崩した。
これで、試合の準備は整った。
あとは勝つだけだ!




