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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
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139話

 「なぁ英雄」

 明日には夏の県大会初戦を迎える今日16日。

 練習終了後のグラウンド整備中、マウンドをトンボで整備する俺に、大輔が話しかけてきた。


 「どうした大輔?」

 「いや、家に忘れ物をしたから、取りにいきたいんだけどさ。ついてきてくれないか?」

 「別にいいけど、なんで俺もついていく必要が?」

 佐和ちゃんから許可さえもらえれば、誰でも家には一時的には帰れるはずだ。

 なのに何故、俺までついていく必要があるんだ?


 「あぁ、監督に頼んだら、誰か一人連れてけと言われてな」

 「何故に?」

 「さぁ? 俺は監督じゃないから考えは読めんよ」

 そういって朗らかに笑う大輔。

 うーん、別にかまわないけど、なんか監視役になった気分だ。

 という事で、晩飯を食い終わった後の自由時間の間に、大輔の家へと向かう事になった。



 晩御飯を食べ終え、自由時間を迎える。

 佐和ちゃんに一声かけてから、俺と大輔は、大輔の家へと向かった。


 大輔の家があるのは、山田駅から二駅ほど行った山田市郊外にある「海前駅(うみまええき)」と言うところだ。

 読んで字の如く、海前駅は海沿いにある駅で、駅から徒歩数分で海岸に到着する。小さな漁港もあり、駅周辺は漁業関係者が多く住んでいる。

 ここらへんは開発が進んでおらず、市内とは違って、古い木造の平屋が目立つ。商業施設や娯楽施設も少なく不便だが、海沿いの古い町並みは、山田市の伝統的建造物群保存地区に指定されており、今尚、昔ながらの雰囲気を残している。


 その集落から少し離れた、高台にある真っ白い二階建ての戸建てが大輔の家だ。

 三村家は代々この地で漁師をやっている家系だそうで、昔は海沿いに家があったらしい。

 だが、大輔曰く「俺の親父は、別に昔ながらとか、そういうのを気にしないタイプ」という事で、大輔の親父の代で、高台のこの地に最新の安全設備を備えた一戸建てを建てたそうだ。

 確かに、海沿いよりも高台のほうが安全だし、昔の木造建築よりも今の一戸建てのほうが耐震設備としかしっかりしてそうだし、なによりいろいろと便利だろう。


 しかし、庭付き一戸建てか。大輔の親父さんって、意外と金持ちなのかな?

 俺は大輔の親父には、何度かあってるし、話した事もある。

 しかし家に訪れた事がなかったから、今日が初めてである。



 「あーだいすけだー!」

 さて、庭付き一戸建ての門を開けて入ったところで、柔らかい小さな子供の声が聞こえた。

 声の発信源へと顔を向けると、そこには庭の縁側に腰を下ろしたロリっ子がいた。

 マジでロリ。小さくて胸がなくて、本当に公園で駆け回っていそうな女の子だ。おそらく小学校低学年ぐらい。


 「よぉ(のぞみ)。もう晩飯は食ったのか?」

 ロリっ子に対し、大輔は平然と話しかけている。

 あれ? 大輔も下の名前で呼んでいる。もしかして…


 「大輔、お前って二股してるのか?」

 「はぁ? なに言ってるんだ英雄?」

 思わず口走ってしまった俺に、大輔が不思議そうに首をかしげた。


 「いや、この子って、お前のお嫁さんじゃないの? 俗に言う幼妻(おさなづま)って奴?」

 「英雄、その冗談笑えないから。次にそんな事言ったら、引っぱたくぞ」

 大輔が真顔で返答する。

 目がすげぇマジだ。ちょっと怖い。


 「いや、確かに今の冗談はなかったわ、すまん」

 この反応からして、大輔のお嫁さんではないか。

 確かに、この年齢差は犯罪クラスだもんな。


 「こいつは俺の妹の望だ。今年で小学校2年生だ」

 大輔がロリっ子を紹介する。

 ロリっ子は、縁側から降りて、しっかりと地面に立ち、ぺこりと一礼する。

 白いワンピース姿が似合う、可愛らしい女の子だ。


 「三村望です! だいすけのお友達?」

 「そう、俺の大親友だ」

 字にしたら、丸くなりそうなほど柔らかい声で、大輔妹が自己紹介をする。

 妹に「だいすけ」なんていわれてる大輔、可哀想です。


 「んじゃ英雄、ちょいと忘れ物取ってくる」

 そう言って、縁側から家に入っていく大輔。

 仕方なく俺は、大輔妹と大輔を待つ事に。



 「ねぇねぇ」

 のんびりと待つ俺に、大輔妹が話しかけてきた。


 「なんだ?」

 「君も野球やってるの?」

 なんて言って、首を傾げた大輔妹。いちいち仕草があざとい。こいつは将来、大物になるな。

 それにしても年上にタメ口とな。まぁ別に気にしない佐倉君だけどさ。


 「当然だ。俺からにじみ出る野球選手オーラを感じられないか?」

 「オーラってなに?」

 この年じゃ、この言葉の意味を理解できなかったか。残念。


 「とにかく、大輔とは野球をやってるよ」

 「そっかー君も野球やってるんだ」

 そう言ってニコリと笑う大輔妹。

 子供らしい笑顔に、俺は少しばかりのほほんとする。


 「だいすけはね。凄く野球がじょーずなんだよ! 知ってる?」

 妹さんが、さらに俺に話しかけてくる。

 その言葉に、俺は思わず真顔になっていた。


 「そんなの…とっくの当に分かってるよ」

 一言。俺はボソリと、妹さんの顔を見ずに呟いた。


 俺は、少なからず大輔に嫉妬していた。

 常人離れした筋肉、ホームランを打つのをいとも容易くおこなうパワー。理屈で考えるよりも来た球を打ったほうが、ヒットを打てるという野球センス。

 どれこれも俺には無い稀な素質だ。

 俺は確かに運動神経が高く、物覚えも良い。どのスポーツだって上手く順応できて、人並み以上には物事をこなせる。

 だけど、人並み外れたパワーがあるわけでも、素質があるわけでもない。

 もし仮に俺が10年の1人の逸材ならば、大輔は間違いなく100年に1人の逸材だろう。


 「なぁ妹ちゃん」

 「なに?」

 「お前のお兄ちゃんはな、めっちゃ化け物だからな。将来大変だぞぉ」

 冗談っぽく言って、妹ちゃんの頭に手をおいてみた。

 思ったより拒絶反応起こされなかったので撫でてみる。どこか嬉しそうに笑っている。なんだこの小動物、可愛いな。


 だが将来、この子はきっと苦労するだろう。

 兄にあんな化け物がいるんだ。三村大輔の妹なんて言ったら、周りに大騒ぎされるだろうよ。

 きっと大輔は、俺と同じでプロに入っても活躍を続けるだろう。あのパワーならメジャーにも通用するだろう。

 本当、あんな奴と同じチームで野球ができるとか、俺は恵まれてるなぁ。



 「ワリィな英雄! 酔っ払った親父に絡まれてた」

 縁側から再び現れた大輔。久しぶりの家族の再会に、大輔の頬の筋肉が緩みまくっている。


 「…って、なに望の頭撫でてるんだ?」

 そして俺と妹の様子を見て不思議そうにする大輔。


 「犬とか猫とかみると頭撫でたくなるよな」

 「なんだそれ?」

 俺の回答に首を傾げる大輔。

 普段のこいつを見てると、本当にあの怪物スラッガーと同一人物なのかと思ってしまうぐらい、素の大輔は普通の人間だ。


 「じゃあ、帰ろうぜ。待たな妹ちゃん」

 「うん! またねだいすけのお友達さん!」

 頭撫でられて気分良くしたのか、嬉しそうに笑う妹ちゃん。

 マジで小動物だこの子。我が家に欲しい。


 「だいすけもまたね!」

 「おぅ! じゃあな望! 次に来る時は、耕平と一緒だ」

 「わかったぁ」

 大輔が靴を履き終えたところで、俺は出口へと歩き出す。

 背中から聞こえた、大輔の妹の柔らかい声に押されて、俺たちは大輔の家を後にするのだった。



 「お前の妹、可愛いな」

 帰り道、大輔と歩きながら、そんな事をつぶやく。


 「だろ? 俺の自慢の妹だ」

 「そうか」

 笑顔を浮かべる大輔を見て、俺も頬が緩んだ。

 こいつもシスコンだったか。俺もシスコンだし、良ちんもシスコンだし、シスコンしかいねぇのかよ俺の周り。


 「ってか、なに忘れたんだ?」

 「あぁ、これだ」

 そういってポケットから取り出した一枚の紙切れ。

 大輔から受け取り、紙切れを見る。

 小さな写真がズラッと並んでいる。写真には可愛らしい落書きがされており「だいすけ! りな! 一生ラブラブ!」とか書かれてやがる。

 そうプリクラだ。しかも彼女さんと撮ったであろうプリクラ。


 「…大輔、これはなんだ?」

 「なんだってプリクラだよ。里奈からもらったお守りに貼っておこうと思ってな」

 そういって笑う大輔。

 油断していた。よもやこんな所で大輔のノロケ話を聞かされるとは思わなかった。

 ってかこいつ、彼女とのプリクラを取りに来るために俺をここまで連れてきたのか…。まったく呆れる。本当にこいつ、100年に1人の逸材クラスのバッターなのか…。


 「英雄、明日だな」

 「あん?」

 軽いショックを受けている俺に、大輔はどこか楽しそうに呟いた。


 「明日から始まるじゃん。夏の大会」

 「…あぁ、そうだったな」

 明日は俺たちの初戦。

 丘城スタジアム第一試合、城東高校とベスト16をかけて争う。

 すでに本日、反対ブロックでは二回戦8試合がおこなわれて、ベスト16の半分は決まっている。酒敷商業、荒城館、丘城南(おかぎみなみ)、そして斎京学館のシード校全て勝ち上がり、無事ベスト16に進出している。

 明日は俺たちの番だ。

 Aシード、春の県大会王者として相応しいゲームを展開したいな。


 「甲子園行こうぜ英雄」

 「…そうだな」

 にやりと笑う大輔に、俺も笑みを浮かべた。

 もしかしたら明日で俺たちの夏が終わるかも知れない。そんな一抹の不安がよぎりながら、俺達は海前駅までの夜道を歩くのだった。

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