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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
136/324

135話

 学校に戻り、グラウンドで練習していると、校舎のほうから歩いてくる二人組の男性が見えた。


 「あのぉ~すいません!」

 一人の方が脱帽しながら大きな声をあげた。

 その声に選手たちの動きが一度止まり、佐和ちゃんも彼らのほうへと視線を向け、二人のもとへと歩いていく。


 一言二言話したあと、佐和ちゃんはブルペンでボールを投げていた俺のもとへと二人を連れてきた。


 「なんすか?」

 「熱闘高校野球(ねっとうこうこうやきゅう)の取材陣だ」

 佐和ちゃんが二人組の紹介をしてきた。

 一人は丸く太った中年男性。と言っても顔はアンパンのような丸みで、油っぽさは無い。眼鏡をかけ、三脚を右肩に乗せている。ふくよかな男性という言葉が一番しっくりくるおっちゃんだな。

 もう一人は、逆に細長い。身長は180前半はあるだろうか? しかし横幅が無い。まるで枯木みたいな人だ。目は細く、鼻の下に立派なひげが生えている。


 「熱闘高校野球…」

 それは我が県のテレビ局が毎年夏にやっている高校野球特集の番組。

 その日の結果をダイジェストで伝えたり、明日の試合の会場や開始時刻を知らせたりする番組。

 そして毎年恒例で、試合結果を放送する前に、その日行われるチームの選手紹介や、監督紹介、学校紹介などが行われる。

 例えば創育学園(そういくがくえん)と言う学校は、一昨年の夏に創部3ヶ月で大会に出場した事から、試合前にその事について紹介された。

 また試合した日が、父の誕生日だったとか、リトルリーグの頃からバッテリーを組んでたとか、双子でスタメンとか、そういう様々な話題を放送する。


 「カメラマンの三澤(みさわ)です。よろしくね」

 「六川(ろくかわ)です。よろしく」

 まず太ったほうの男性は三澤さん。

 続いて長身の男性が六川さんか。


 「初めまして! 佐倉英雄です! 今日はよろしくお願いします!」

 外面だけはしっかりしておく英雄君だ。

 気持ちは爽やか系イケメン。きらりと白い歯を覗かせるぐらいの笑顔をみせた。


 「今からちょっと投げ込んでるシーン撮影するけど、気にしないで投げてね」

 三澤さんは温和な笑顔を浮かべながら言ってくる。

 おそらく我が校の試合のダイジェスト前に流す映像だろう。


 「分かりました!」

 元気ハツラツ、はきはきと喋る俺。

 もう気分は明るい好青年。もういかにも高校球児って感じの高校球児になってやろう。


 「…英雄、いつも通りでいいぞ」

 ボソリと佐和ちゃんが言ってくるが無視だ。

 さすがに監督に向かって、ちゃん付けしてるのバレたら、怒られそうだし。


 「何を言ってるんですか佐和監督! 僕はいつもこんな感じでしょう?」

 そう言ってニコッと笑う俺。

 今佐和ちゃんが、三澤さんと六川さんにバレないぐらいの小さな舌打ちしたぞ。


 「…やけに爽やかだな。スゲェ気持ち悪い」

 なんだそれは? 普段の俺が爽やかじゃないでも?


 「何を言ってるんですか監督! (わたくし)はいつも、礼儀をわきまえてるでしょう?」

 「…猫を被りやがって。まぁいい、しっかりと投げ込みしろよ」

 ボソリと呟く佐和ちゃん。

 すでに三澤さんと六川さんは、ブルペン後ろ、ネットの向こうに三脚を立てて撮影の準備を始めている。

 

 「はい、分かり申した」

 「言い方がキモいから、いつも通りにしろ」

 佐和ちゃんが呆れた様子で言ってくる。


 「これがいつも通りでござるでざますよ佐和監督?」

 「…てめぇわざとだろ?」

 「いえいえ、そんなことは…「はい! じゃあお願いしまーす!」

 もう少し佐和ちゃんを馬鹿にしようとして、三澤さんのハキハキした声が俺の声を遮った。

 佐和ちゃんは撮影の邪魔だと思ったのか、勝手にブルペンから出て行く。クソ、もうちょい馬鹿にしてやろうと思ったんだがな。まぁいい。いつも通り投げる。


 ってか、みんなの視線が俺に向けられる。

 くっそ! 試合なら集中して気にしないのに、練習だとついつい気にしてしまう。

 暴投や失投をしないよう、普段以上にピッチングフォームを気にしながらボールを投じる。


 「ナイボー!」

 哲也は撮影に加わりたいのか、いつも以上に大きな声を出しいている。

 残念、あのカメラの位置じゃ、声は収録できても、体は収録されないだろう。キャプテンなのにな。どんまい哲也。


 俺はその後、集中が乱れていながらも、しっかりとボールを投じた。



 「はいオッケー! ありがとう!」

 「…ふぅ~」

 10球ぐらい投げた所で、やっと撮影が終わり。

 大きく息を吐いて、肩の力を抜いた。

 こういう撮影とかって緊張するんだよなぁ。全校集会で壇上にあがる時も、緊張して汗が止まらないもん。一度集中しちゃえば問題はないのだがな。

 なんにせよ、こういうのはこれで最後にして欲しいものだ。


 「お疲れ様!」

 「ありがとうございます」

 六川さんが通常時よりさらに目を細め笑みを浮かべて労ってきた。

 その笑顔を見て、俺は爽やかな作り笑いをしながら感謝をする。


 「それじゃあ、中国大会優勝ピッチャーの佐倉君に、今大会に懸ける思いを言って欲しいな」

 「…はぁ?」

 六川さん、あんた何言ってはるんですか?

 …まだまだ俺の苦難は続くようだ。



 「ぐほぉ…疲れたぁ…」

 夜、俺は溜め息混じりにそんな事を発しながら、畳の上に寝転がる。

 練習を終え、風呂に入り、合宿所に戻ってきて晩飯を食ってから、俺は大広間に来ていた。

 テレビでは何気ないバラエティ番組が流れ、それを見る部員たちからは時折笑い声が起きた。


 熱闘高校野球は、毎日夜10時から放送されるので、消灯時間ギリギリ。普段は見れないだろうな。

 しかし、翌日6時半から再放送がやっているので、早めに起きれば見れるかもしれない。


 「メザスハ、ゼンコクセイハデス」

 「うるせぇ! 黙れ恭平」

 恭平がニヤニヤしながら、俺にそんな事を言う。

 ちなみに今の言葉は「目指すは全国制覇です」と言う俺の言い方を真似ているだけだ。


 そう、昼間の撮影で、今大会に向けての抱負とやらを語ると言う事で、緊張しながら言った俺の言い方を真似ているのだ。

 とにかく練習が終わるまで、恭平や大輔や後輩どもに馬鹿にされた。


 「しょうがねぇだろう、緊張したんだからよぉ…」

 「くくっ…撮影しているおっさん苦笑してたなぁ~」

 「うるせぇ! 関節外すぞオラァ!」

 普段の威勢がない俺。

 顔が熱い。おそらく頬は赤くなってるだろう。

 今思い出すだけでも恥ずかしいし、穴があったら閉じこもりたいぐらいだ。

 しかも、あれが放送されるんだろう? あぁ…なんて不幸だ…。


 「そういや英雄。今日どこが試合やったんだ?」

 中村っちが聞いてくる。

 俺は自分の記憶から、今日の予定を引き出す。


 「今日は確か、四試合行われてるはずだ。県営丘城と酒敷市営で各一試合、丘城スタジアムで二試合」

 丘城スタジアムでは、開幕ゲームとなる関東学園と尾坂、次に丘城大宮と浅井農業の二試合。

 県営丘城球場では、丘城雄飛(おかぎゆうひ)高校と松庵寺(しょうあんじ)高校の試合。

 そして酒敷市営球場で、城東と鶴山高専の試合が行われた。


 「そういや城東と鶴山高専もやってたんだっけか?」

 中村っちは思い出したように呟いた。

 ちなみに昼間のうちに試合結果は佐伯っちから電話で佐和ちゃんを通じて俺達部員に伝えられた。

 結果は16対0の五回コールドで城東高校の圧勝。

 今年はシード校ではないが、実力はシード校レベルと言っても過言ではないだろう。


 「あぁ城東の大差勝ちらしいな」

 まぁ相手がどっちになっても、初戦の俺はベンチスタートは変わらない。

 特に気にせず、自分の調整をしっかりとこなせばいいさ。


 「志田てめぇ! クイズ番組より、バラエティーにしろ!」

 ここで恭平の馬鹿騒がしい声が聞こえた。

 どうやら合宿所唯一のテレビで見る番組について恭平と志田が口論しているようだ。


 「えぇ~最近のお笑いってレベル低いじゃないですか。嘉村先輩は、こういうクイズ番組見て、頭を良くしないとマズいんじゃないですかぁ?」

 「んだと! クイズ番組だとアイドルとか出てムラムラすんだよ! 野郎ばっかのバラエティに変えろぉ!」

 なんて低俗な理由なんだ恭平。

 志田もドン引きしてるし、部員たちも苦笑いを浮かべている。

 俺も苦笑いをしていると、背中をトントンと誰かに叩かれた。

 後ろへと振り返る。岡倉がそばにいた。


 「ねぇ英ちゃん」

 「どうした?」

 耳元で小声で話してくる岡倉を、俺は訝しげに見る。

 なんだこいつ?


 「消灯30分前になったら外で話さない?」

 「はぁ? …まぁ別に良いけど?」

 話すんなら、別にここでも良いんじゃね?

 でもまぁ、岡倉が小声で言ってくるくらいだし、よっぽど重要な話題なのだろう。



 時刻は9時半、消灯時間の30分前、自主練習を終えた奴らも、合宿所に戻って、流れ出た汗をシャワー室で流す時間帯。

 そんな時間に俺は、岡倉との約束どおり、外へと出ていた。


 今日は雲ひとつ無く、星が見えて綺麗な夜空だ。

 生暖かい夜風が体に当たる。この時期は夜になっても、半そで半ズボンで十分だな。


 「あっ英ちゃん、来てくれたんだ」

 先に待っていた岡倉が俺に気づき、嬉しそうに笑顔を浮かべた。


 「あたりめぇだろうが、約束守りの英ちゃんと地元では有名なんだぞ? それで用は?」

 外に呼び出してまで話すことだ。よほど重要なんだろう。

 ただし恋愛のれの字が出れば、その時点で打ち切りだ。適当にはぐらかす。

 さすがに大会直後にマネージャーとエースがぎこちない関係になったら、それこそチームの雰囲気が悪くなる。今はそんな状況にしたくない。


 「えぇ~っと…ただ、大会頑張ってって言うだけなんだけどさ…」

 そう言うと岡倉は少し俯きがちになる。

 …はぁ?


 「それだけか?」

 「あ、えっと…そ、その! 甲子園に出場したら、言いたい事があるんだけど!」

 俺の言葉に慌てて岡倉が反応した。

 顔をあげた彼女の頬は少し赤らんでいた。

 ごめん、お前が言いたいこと分かったわ。


 「…分かったよ」

 彼女の反応から察した俺は、あえて話題を掘り下げず素直に頷いておく。

 無理に掘り下げて、ここでラブラブ言われるのは一番避けたい事態だ。


 「んじゃ県大会頑張って勝って甲子園に出場しないとな」

 ここで会話は終了。

 正直、こんな事を言うために、俺は外に出たのか。


 「英ちゃん、大会頑張って!」

 「おぅ!」

 ひまわりのような明るい彼女の笑顔を見て、俺は頬を緩ませて微笑んだ。

 相変わらず岡倉の笑顔は、人を元気にさせる明るい笑顔だな。

 …さて、まずは次の試合頑張るかぁ!

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