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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
125/324

124話

 翌日の学校。

 山田高校の野球部ブームは俺ら野球部員の想像通り、いやその斜め上を行くほどに加熱していた。

 まず登校するなり、「野球部、中国大会優勝」なんつう垂れ幕でお出迎えされた。

 校舎の屋上から堂々と垂らされているその垂れ幕に俺は苦笑い。

 普通は「全国大会出場」とか「甲子園出場」とかそういうのじゃないんですかね?


 それからクラスに行けば、テレビに出ている人気アイドルグループも顔負けな程、女子の黄色い声援を受けた。

 鵡川や沙希、百合に美咲ちゃんなど知り合いの女子からも祝福され、普段は変態クソ野郎などと罵る男連中からも祝福された。

 祝福されたり、称賛されるのは素直に嬉しい。ってか、普段なら女子から無視される俺や恭平にも声援や祝福の言葉が送られる。恭平なんかは嬉し泣きをしていた。


 教師とすれ違うたびに「優勝おめでとう。今年の夏頑張れよ!」なんて言われる。

 俺は「甲子園行ったら、年間の評定を5にしてくださいよ」なんて言ったら「お前の成績じゃ、八百長すらできない」などと言われたりもしたが、学校中が野球部に関心を向けているのは確かだった。



 「やべぇな英雄、俺たちやべぇよなぁ」

 昼休み、恭平、哲也、岡倉のいつもの面子で昼食をとっていると、恭平がそんな事をつぶやいている。

 こいつ、さっきからずっと「やべぇ」しか言わないな。どんだけお前にとってやばい状況なんだ。

 いつも以上に馬鹿っぽい顔をしている恭平。間違いなく今の恭平の知能指数は小学生レベルまで低下している。


 「あんまり浮かれるなよ恭平」

 一方の俺は、校内の空気感に惑わされることなく気を引き締めている。

 春の中国大会に優勝したとはいえ、もう来月には夏の県大会が始まる。


 「ブームなんてのは、1ヶ月あれば消えるもんさ。ましてや一つの学校レベルだ。1週間で消えるだろうさ。だから浮かれるなよ」

 さらにキメ顔で言ってみる。

 だが恭平はまったく聞いてないようで「やべぇな俺、やべぇって」とか上の空でつぶやいている。ダメだこりゃあ。


 まぁ確かに、一気に人気になったんだから、浮かれるのはしょうがないかもな。

 我が部は、お調子者が揃っているし、観客者が居れば居るほど練習に熱が入るものだろう。

 まぁ一日ぐらいは、この人気を堪能しても良いのかもしれないな。



 「凄い人気ね英雄」

 「おぅ沙希か」

 ふと沙希が声をかけてきた。


 「凄いだろう?」

 「うん、驚いた」

 そう言って笑う沙希だが、彼女の表情はどこか暗い。

 どこかぎこちない笑みだ。


 「どうした沙希? 笑顔が暗いぞ」

 「そう…かな?」

 苦笑いを浮かべる沙希。

 やはりぎこちなく笑う彼女に、俺は首をかしげた。


 「……なんか、英雄が遠い人みたい」

 「はぁ?」

 ポツリと沙希が呟いた。彼女は虚空を見つめていた。

 何言ってんだこいつ? なんだ遠い人って、俺天国とか行っちゃったのか?


 「…ごめん。なんかさ…今の英雄が、テレビの向こうの芸能人みたいな感じだからさ…そんな事言っちゃった」

 などと言って、照れ笑いする沙希。しかし口元しか笑っていないのは明白だ。

 目がというか表情が暗いせいか、照れ笑いがすげぇ作り物っぽい。


 「なぁ沙希…「あっ英雄ごめん! ちょっと用事思い出したから!」

 俺が沙希に一言言おうとして、沙希が急に大声上げてさえぎった。

 そうして逃げるように教室を後にした。


 「なんだあいつ?」

 残された俺は一言呟いた。

 今日の沙希はなんだか変だ。朝も俺が話しかけても、適当な返事を返されるし、なんか避けられている。

 俺、沙希になんかしたかな? …うん、思い当たる節がたくさんあって、原因が突き止められん。


 沙希のことを考えると、背中を何度も強くバシバシと叩かれている。

 ずっと無視していたが、いい加減イラッと来た。


 「…岡倉、背中を何べんも叩くな。いい加減マジ切れするぞ」

 「だって何回も呼んでも、無視するんだもん」

 不機嫌そうな岡倉の声。

 あれ? 俺無視してたか? 気が付かぬうちに、深く考え事をしていたようだ。


 「そうか、悪いな。それでなんだ?」

 「英ちゃん! 今日弁当作ってきたんだ!」

 そう言って見せるのは、あの殺人弁当。

 なんだろう。弁当箱の蓋を開ける前から、黒く禍々しい何かが流れ出ているように錯覚した。


 「…お前、俺が今なにしてるか分かってるのか?」

 「昼ご飯食べてるけど?」

 「そうだ。俺は今、マイマザーが作ってくれた弁当を食べている。よってお前の弁当は食えない」

 「えー! なんでよー!」

 今理由をしっかりと語っただろうが。

 こうなったら面倒くさい。だからといって俺が折れて岡倉の弁当を食うつもりはない。

 岡倉が手に負えないぐらいの料理下手なのは、過去の出来事で経験済みだ。目に見える地雷なんて誰も踏まないように、俺だって踏むつもりはない。


 「おいーす!」

 ここで大輔登場。


 「どうした?」

 普段なら、彼女さんと弁当を食べてるはずなのに、何故来たんだ?


 「いや、まだちょっと腹が満たされなくてな。けど今日財布忘れちまったんだ。だから金貸してくれ」

 申し訳なさそうに大輔が頼んできた。

 こいつ、あのクソでかい三重の弁当箱と彼女さんの弁当じゃ飽き足らず、購買に行くつもりなのか? マジで大輔の腹の中にブラックホールでも生成されてるんじゃないのか?


 …ん? 待てよ。


 「そうだ。実は岡倉が俺に弁当を作ってくれたんだが、俺はご覧通り、母上の弁当があって食えそうにないんだ。だから大輔、岡倉の弁当食べてやってくれ」

 そういってニコッと笑ってみせる俺。

 岡倉は「えー! なんでよー!」とか言っているが無視だ。


 「岡倉の弁当? まぁ構わないけど、その弁当、英雄の為に作ったんだろう。なら俺が食うべきじゃないんじゃないか?」

 大輔の正論。

 うん、わかってる。女子が男子に弁当作るなんて、仕事か好意がなきゃやらない事だ。

 正直、岡倉の弁当がもうちょい食べれる味だったら、多少お腹いっぱいでも無理して食べてるさ。


 「確かにそうだけど…じゃあ一口だけ食べるよ。それで良いだろう岡倉?」

 「うーん…」

 一口ならなんとか生きれるだろう。

 岡倉は悩んでいたが、最後は頷いてくれた。


 という事で、弁当を御開帳。


 「うっ…」

 開けた瞬間、漂う酢の臭い。

 岡倉の野郎、また飯に酢をかけやがったな。


 「凄いな」

 大輔の第一声。

 まさに岡倉の弁当はこの一言に尽きる。岡倉の弁当は、凄いんだ。


 「すごいでしょ! 朝早起きして作ったんだから!」

 「おぉ、凄いなぁ」

 凄いしか感想いえない大輔。

 顔は無表情。まじまじと弁当箱の中身を見ている。

 中身は定番中の定番、白米と卵焼き、インゲンと人参の肉巻きとほうれんそうの胡麻和え。見た目だけなら普通の弁当だ。


 「さぁ食べてみて!」

 「おう。じゃあ英雄、一口目はお前に任せる」

 大輔から勧められた。

 まぁ俺のために作ってくれた弁当だし、一口目はやはり俺か。

 さぁどれがセーフだ? 正直、全てアウトラインを越えている気がするが、一番やばくないのを選ばなければ。

 まず白米。これはダウトだ。酢の臭いが半端ない。前回の経験から酢をたっぷりかけたお酢漬けご飯になっているのは間違いない。

 次に卵焼き。これもダウト。岡倉が前回の失敗に気づいているとは思えない。間違いなく今回もクソしょっぱい出来になっているだろう。

 インゲンと人参の肉巻き。これもダウトだ。もう肉と言う時点で生焼けフラグだ。料理下手の岡倉なら、定番の生焼けミスは必ずやってくるだろう。これは食べないほうがいい。

 そうなるとほうれん草の胡麻和え。これは行けるだろう。だって茹でてゴマとあえて完成だぞ? 料理普段しない俺でも簡単にできちゃう料理だ。よってこれが一番安全。


 「じゃあ、ほうれん草の胡麻和え貰うわ」

 って事でほうれん草を少しつまむ。

 そうして口に放り込んだ。


 うん? なんだこの食感? 普段のほうれん草と違う。なんかこう…生っぽい。


 「岡倉」

 「どうしたの英ちゃん? 美味しい?」

 凄い興味ありげに聞いてくる岡倉。

 目がキラキラしている。あぁなんて純粋な目だ。すげぇ言いづらい。


 「お前、ほうれん草茹でたか?」

 「え? なんで?」

 なんでじゃねーよ! お前茹でてねぇのかよ!


 「岡倉、ほうれん草の胡麻和えはほうれん草茹でるんだぞ」

 「そうなの?」

 そうなんです。


 「なるほど…」

 大輔の苦々しい声が耳に入った。

 やっと事の重大さに気づいた大輔。


 「英雄、知ってたな?」

 大輔がこっちを見てくるが、俺は視線を逸らした。


 「あ、悪い! 俺ちょっとトイレ!」

 そうして逃げるように俺はいってから立ち上がり、大輔の言葉が来る前に教室から逃げた。

 気づけば、席には岡倉と大輔しかいない。哲也と恭平も身の危険を感じたのか、いつの間にか逃げ出していた。


 「英雄ぉ!!」

 教室の方から大輔の咆哮が聞こえたが無視だ。



 さて、暇になった。どこに行こうか?

 廊下の窓から見える空は、青く晴れている。ここ最近、曇りか雨降ってたから、久しぶりの晴天に自然と気分が晴れていく。

 …屋上で、空を見たい。

 そんな衝動に駆られた。そうして足は自然と屋上へと向かっていった。

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