117話
仲間たちとスタンドへと上がる。
広島の承徳と言えば、我が中学時代の戦友、安田高野が通っている学校。確か去年の秋の大会ではベンチ入りしていると聞いたな。
三塁側スタンドへと出て、各自ベンチに座り、試合を待ち望む。
試合前、両チームのオーダー発表がされた。
≪八番レフト安田君、背番号7≫
承徳のオーダーを発表する場内アナウンスに俺は思わず耳を疑った。
だが安田さんなんて一杯居るし、高野のわけがないか。
「ねぇ英雄、高野がレギュラーじゃん!」
哲也が興奮気味に話しかけてくる。
「あいつが? んな訳ないだろうが、多分違う安田さんだろ」
「だって、高野は最低でもベンチ入りしているはずだろう? それだったら安田が二人居たら、安田何とか君って下の名前も呼ばれるじゃないか」
…確かにそうか。
じゃあ奴は安田高野と言うことになるのか?
スタンドからグラウンドへと視線を向ける。確かに高野らしき人物が背番号7をつけているように見えなくもないな。
そんな事を考えながら見た試合は、4対1で承徳の快勝。エースは温存し、控えピッチャー三人の継投リレーで抑えている。
さすが選抜ベスト16になっただけはある。各県の強豪ひしめく地方大会でも、その実力はずば抜けているようだ。
どの選手もやはりレベルの高いプレーを平然とこなしている。その中で、八番の高野と思われる安田君は、2安打1打点の活躍。
ってか承徳の四番凄いな。体格が大きく、場外に運ぶ特大ホームランを打ちやがった。
そんな奴が居るなんて、今から楽しみだ。やはりこういう強打者好打者が揃っているチームとぶつかったほうが楽しい。
試合後、俺と哲也は第三試合が始まる前に、承徳が居た三塁ベンチ側の選手通用口の出入り口へと向かった。
案の定、承徳の選手達が、父母の会やOB会の人たちに囲まれながら、勝利の余韻に浸っている。
「…ん? おい…あれって山田高校じゃないか?」
ふと誰かが俺らに気付き、こっちを睨むように見てくる。すでに次の対戦相手として敵意をむき出しにされてしまっている。
「英雄、睨まれても買うなよ」
こちらも負けじと睨み返そうと思ったが、哲也が小声で釘をさしてきた。
「あれ? 英雄と哲也じゃねぇか!」
ここで高野が俺らに気付き、笑顔で近付いてくる。
ここでやっと俺と哲也にも笑みがこぼれた。
「よっ!」
「全然変わってねぇなぁ~お前ら」
「お前もな」
旧友と久しぶりに会話をする。
周囲からは敵意ある視線がぶつけられているが、それを気にしないのが俺である。
「ってかお前、今外野なんだな」
「まぁな。外野ならレギュラー取れると言われてな」
高野がニッと笑った。
中学時代はサードを守り、幾度も我が校のピンチを守ってくれた頼れる守備の名手が、今じゃ外野手か。そんだけ強豪校はレギュラー争いが厳しいとも言えるか。
「それより噂で聞いてるぜ、山田高校に凄いピッチャーが居るってなぁ」
「おぉ、やっと噂されるぐらいまでになったかぁ」
「英雄は中学の時から凄いからな、噂されて当然だろうよ」
高野は腕を組みながら、うんうんと頷く。
「だが、負けねぇぞ」
ここで高野が表情を変えた。不敵な笑み、敵意のこもった視線。
そうだ。旧友といえど今は敵同士。哲也は高野の豹変に困惑しているが、むしろ俺は先程までの馴れ馴れしい雰囲気のほうが困惑していた。
俺は別に高野と仲良く昔話をしにきたわけじゃない。高野に、承徳高校に喧嘩を売りに来ただけだ。
「おう、お手並み拝見と行こうか」
「英雄、お手並み拝見ってのは、相手を見下す言い方なんだぞ? 知ってたか?」
「知ってるから使ってんだろうが。選抜ベスト16になったんだから、少しは俺を楽しませろよ」
俺の挑発に、高野は眉をピクリと動かした。それを合図に辺りの空気が一気に張り詰める。
その空気のせいで、俺は自然と笑みを浮かべて、辺りを見下すように見渡した。承徳の選手たちが俺と哲也を睨みつけている。
「…英雄。あまり大口発言は、自分の首を絞めるだけだぞ…」
「そうだよ英雄! 僕らは高野と話しに来ただけだろう?」
ドスの効いた高野の声。明らか怒った口調だ。
さらに哲也もいさめにきたが、全く気にしない。
「大口発言じゃねぇよ。今日の西条学園との試合を見て確信した。俺なら承徳を抑える自信がある」
そこに居る承徳一同に言うように、声を大にして口にした。
睨みつけてくる高野に俺は不敵な笑みを返した。
「英雄!」
ここで哲也が、俺の右肩を掴み強引に話を止めさせる。
おいおい、やっと面白くなってきたのに、なにしやがるし。
「悪いね高野」
「…気にすんな哲也。英雄の性格がこうなのは、前から知ってる」
俺を睨み付けながら、高野が哲也と話す。高野はぎこちない笑みを浮かべている。
周りの視線が鋭くなっているが、俺は気にするつもりはない。
「俺が言いたいことはこれだけだから、戻るぜ。そんじゃあ高野君、明日は良いゲームにしような」
「…あぁ」
最後に軽い調子で高野に別れを告げて、俺はゆっくりとその場をあとにする。
そんな俺につられて、哲也も一回謝ってからついてくる。
「英雄! 何やってるのさ!」
「お前のほうこそ敵陣突っ込んで何やってたんだよ。呑気にお話してんじゃねぇよ。俺らは喧嘩売りにいったんだからさ」
「喧嘩って」
戸惑う哲也に俺はニヤリと笑った。
「あいつら、明日マジで来るぞ」
「いや、挑発しなくても本気できてたでしょ」
「どうかな?」
山田高校は初めての春の中国大会進出、去年の夏は初戦敗退、俺という怪物ピッチャーがいるという噂はあっても、知名度的には低い。
明後日の決勝戦は選抜出場の浜野。あるいは秋の中国大会準優勝の宇部水産のどちらかが有力。
そうなると、承徳はエースを連投する必要がある。
大会が終われば夏まで二ヶ月。センバツ甲子園、春の大会と疲れが残るエースは極力温存させたいだろう。
挑発しなかったら、相手に手を抜かれていたかもしれん。
まぁなんにせよ、喧嘩を売ったのは俺の趣味だ。相手を本気にさせて、それを抑えてこそ全国の道は開かれるってもんだ。
明日の承徳戦が楽しみだが、とりあえず本日の全試合の結果を発表。
まず第三試合目の広島二位の広島東商業と島根代表の浜野高校の試合。
広島東商業と言えば、昨年に練習試合をしたところだ。
あの時は完璧な力負けをしたし、ぜひとも決勝でリベンジ戦と行きたいものだ。
ちなみに四番の野辺君は、試合した当時は高校通算本塁打が33本だったが、現在では42本にまで伸ばしている。マジパネェっす。
だが、今年の選抜には出場していない。承徳と広島東商業がどちらも同じ地区にいるとかすげぇな。さすが激戦区広島とも言えるな。
対する浜野高校。昨年夏の甲子園出場。神宮大会優勝。選抜ベスト8と言う華々しい成績を誇る学校。
と言っても、最近は甲子園出場どころか、地区大会でも緒戦で消える事が多々あり、古豪のレッテルを貼られていたはずだ。
近年強くなったのも、エースの神田淳司のおかげと言っても過言ではないだろう。
神田は左の本格派ピッチャー。
大きく曲がるスライダーと、縦に落ちるスライダーを使い分け、さらにスローカーブで緩急をつけるなど、打者にあわして変幻自在のピッチングが出来る。
それに加え、最速142キロのストレートを持つ。スピンが強くかかっているので、減速しにくい球になっている。つまり俺と同じ球質をしている。
センバツ甲子園が始まる直前に「大会NO,1左腕」とか言われていたピッチャーだ。まぁ見事に隆誠大平安のエースに投げ負けたんですがね。
さて、そんな2校の対戦。
先取点を挙げたのは広島東商業。2回裏の野辺のレフトへのホームラン。
甘く入ったスライダーを引っ叩いて、スタンドまで運んだようだ。
しかし浜野高校は、三回表の攻撃で1点を取り返し同点。
さらに五回表にも1点をあげて2対1のリードのまま、終盤戦へと突入する。
やはり浜野高校は神田頼りという感じが否めない。守備は堅いが打撃は目も当てられない。まるで中学時代の俺が所属していた野球部のようだ。
このバッター陣で良く神宮大会優勝までこぎつけたなって思うぐらい、打線が酷い。
その後、試合はひっくり返ることなく2対1で浜野高校が勝利。
神田は九回投げて奪三振9の四死球は0。被安打は野辺のホームランの1本のみと言う好投。やはり神田の実力は本物だ。
人間からオーラっていうか、そういうヤバイ雰囲気をまとっている奴を見たのは、生まれてこの方、人生で2度目だ。ちなみに1度目は大輔。
神田はとにかく凄い。まるでピッチャーするために生まれてきたんじゃないかってぐらい、マウンドでの立ち振る舞いが様になっている。ここまで投げている姿が似合う男は、プロアマ探してもそうそう居ないだろう。
さらに奴の変化球と直球。どちらもえげつない。
俺も変化球、直球ともに自信があるが、完成度の高さなら神田が一歩勝っている。すでにプロ級の実力者と言っても過言ではないだろう。
失投やラッキーなヒット以外で神田から打てる奴なんて、おそらく全国で見ても指で数えられる程度ではないだろうか。それぐらいの球だ。
そんなえげつない球にくわえ、制球力も良い。もう勝てる気がしない。
奴は化け物だ。そうとしかいえない。
正直、こんな奴と高校野球で戦えるなんて思ってもいなかった。
決勝戦で戦いたい。奴を倒してこそ、怪物と名乗れると言うものだ。
第四試合の広島の豊陵高校と山口王者宇部水産の試合は、4対0で宇部水産の勝利。
堅守に定評のある宇部水産が、最後まで失点を許さず快勝した。
これでベスト4メンバーが揃い、明日は早くも準決勝。
さぁ承徳と試合だ。気合いを入れていこう!




