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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
116/324

115話

 六月に入った。

 今月の四日には春の中国地方大会が始まる。

 背番号は前回と変わらず、新入部員は全員スタンドで応援することとなる。

 もうすぐで地方大会なのだと思うと、俄然やる気が出てきた。

 山田高校の初戦となる如来館高校との試合の先発は亮輔。初の地方大会の初戦だというのにエースを持ってこなかったのには理由がある。

 中国大会は一回戦、準決勝、決勝と三試合を三日間で終わらせる。

 初戦で俺が投げれば、準決勝、決勝も必然的に俺が投げるだろう。そうなると三連投だ。

 俺はそれでも構わないのだが、無理して怪我に繋がるかもと不安がる心配性の佐和ちゃんは、初戦を亮輔に任せた。

 もし亮輔が打ち込まれたら、その時は俺が登板する事になっている。


 さて如来館戦でのテーマは「大輔に頼らない打撃」だ。

 大輔はレギュラーで起用されるが、大輔が関わらない場所で点を挙げられる努力をしろとの事。

 試合に勝っても、大輔の打点を引いた得点が大輔の打点より下回っていたら、佐和ちゃんの罰ゲームが待っている。

 そこまでするか。確かに大輔に頼らず得点できるなら理想だし、現状大輔に頼りきりに近い状態なのは承知だが、そう上手くはいかないだろう。



 六月に入って、練習は相変わらず打撃メイン。

 とはいえ、ピッチャー陣はしっかりと投げ込みをする。

 先発ピッチャーの亮輔は、ブルペンで哲也に投げ込み、その隣のマウンドでは松見と里田の一年生バッテリーが投げ込みをおこなっている。

 俺は五番ファーストで出場予定なので、野手陣に混じってひたすら打撃練習をする。

 大会が近づき、選手たちの表情も引き締まってきた。あの恭平ですら真面目な顔を浮かべて練習している。

 ここまできたんだ。みんな中国大会優勝を目指してるだろう。本当一年前の山田高校の部員達じゃありえないぐらい、みんな野球に打ち込んでいる。

 もうすぐで梅雨に入り、その梅雨が明け始める頃、俺たちの夏の大会が始まる。

 今年は長い夏にしたいな。



 明日から中国大会の会場となる広島に行くという今日は金曜日。

 放課後には借りたバスに乗って会場となる呉市営球場近くのホテル入りする。


 「あ! お兄ちゃん!」

 昼休み、教室でボケっとしていると、千春が意気揚々と入ってきた。


 「なんだマイシスター?」

 「週末って暇? 美咲ちゃんと遊園地行って欲しいんだけど」

 「はぁ?」

 何言ってんだこいつ?

 昨日、夕飯時に明日から大会の為に広島行くって話しただろうが、聞いてなかったのか?


 「悪い、暇じゃない」

 「は? なんで?」

 なんでじゃねーよ。


 「昨日話したけど、明日から大会あるから広島行くんだよ」

 「はぁ? 意味わかんないんですけど」

 意味分かんねぇのはお前のほうだ。

 なんで野球より女を優先しないといけない。大体、女のために大会に出ないとかアホすぎんだろう。


 「お兄ちゃんさ、前も美咲ちゃんと遊ぶ約束断ったよね?」

 「そういえばそうだったな」

 確かあの時は鵡川の誕生日会と重なったっけ?

 ってかこいつ、いちいち言うのが遅すぎんだよ。


 「お兄ちゃん、美咲ちゃんの事嫌いなの?」

 「嫌いとまでは言わんが、予定が合わないだけだ」

 「じゃあ予定が合えば遊園地行ってくれるわけ?」

 怒った口調で問い詰めてくる千春。

 果てしなく面倒くさい。大体こいつ、この教室に須田がいるのに平気なのか。


 「悪いが夏が終わるまでは女子とは遊ばないと決めてる。諦めろ」

 「はぁ? 意味わかんないですけど?」

 だから意味わかんないのはてめぇだ。

 どんだけ俺と美咲ちゃんくっつけたいんだよ、こいつは。

 千春は一つ舌打ちをしてため息をついた。


 「まぁいいや。それより…あいつ…居ないの」

 教室を見渡した千春が、なんか恥ずかしそうに聞いてくる。


 「あいつ? 誰だ? 須田か?」

 すっとぼける俺。正直、須田であって欲しいが、須田なら今クラスにいる。探し人は須田ではないだろう。


 「違う。その…」

 恥じらいながら、言いづらそうにする千春。

 やめろ言うな。お兄ちゃんは聞きたくない。


 「…嘉村先輩いないの?」

 やっぱりかー。

 思わず椅子の背もたれに体を預けてため息を吐いてしまった。

 何故だ千春。何故お前は恭平の名前を呼ぶんだ? 前はあんなに拒絶していただろう? どうしてだ? どうしてなんだ千春?


 「…別に好きじゃないけど、まぁ…この前励ましてくれたお礼っていうか…その…別に好きとかじゃないからね!」

 念を押すな。顔を真っ赤にしてその発言は、どう考えてもツンデレだ。

 お兄ちゃんは嫌だ。恭平を妹の彼氏になんかしたくない。


 「…恭平なら今別のクラスにいってるよ」

 力無い声で恭平の居場所を伝える。

 今頃、A組で哲也と大輔を巻き込んで下ネタ話で一人盛り上がってることだろう。


 「そっかぁ…」

 そして千春の残念そうな声を聞いて、俺は大きく項垂れた。



 千春が残念そうに教室を出て行ったあと、一人残された俺は頭を抱えていた。


 「大丈夫英雄?」

 そんな俺に声をかけてくれたのは沙希だった。


 「大丈夫そうに見えるか?」

 「いや見えないけど」

 心配そうにする沙希を一瞥して、俺は深い溜息を吐いた。


 「俺、もしかしたら恭平にお義兄さんって呼ばれるかもしれないんだ。どうにかしてくれ」

 「いや、どうにかしてくれって言われても…別にいいんじゃない? 千春ちゃんが決めた相手なんだし、嘉村君だって千春ちゃんが好きなんでしょ?」

 「俺的には良くないんだよ。嫌だぞ、恭平と義兄弟になるとか、冗談話ならまだ良いが、本当に義兄弟になるとかマジで嫌すぎる」

 どうしよう。本当にどうしよう…。


 「でも、他の男子よりかは良いんじゃない? むしろ嘉村君よりもマシな男子いるの?」

 「……いないな」

 少し考えた結果そう至った。

 哲也は沙希がいるし、大輔には彼女がいる。そうなると恭平しかいない。

 他の知り合いも浮かんだが、やはり恭平が一番適任だった。


 「…分かってるが、認めたくない。千春に彼氏が出来るなんて許さん…」

 「その発言、凄い兄馬鹿って感じね」

 「可愛い妹を思う故の過ちだ。許せ」

 呆れる沙希にそう答えて、俺は姿勢を正した。


 「それより、明日からまた大会でしょ? 頑張って」

 「あぁ、しっかりと優勝してくるよ」

 「うん、…期待してるよ」

 最後の方寂しそうな顔をする沙希に、俺は若干違和感を覚えつつも、別の話題で盛り上がる。

 途中から鵡川も参戦し、どうでもいい話題で盛り上がった。



 放課後、昇降口で百合と出会った。


 「英雄、これ」

 挨拶を終えて早々、百合がなんかを手渡してきた。

 渡されたのは手作り感満載なお守りだ。


 「明日から大会なんでしょ? だから、なんて言うか必勝のお守りみたいな…あはは」

 照れ笑いをする百合。

 こういうのもらったことなかったから、素直に嬉しかった。


 「悪いな、ありがとう」

 「ううん、頑張って! 応援してるよ!」

 百合の声援に俺は微笑みを浮かべながら「おぅ」とだけ返した。

 応援されている。ならば結果を示さねばな。



 このあと、グラウンドで軽く練習したあと、バスで広島県の呉市へと移動する。

 そうして夜7時頃には、三日間世話になるホテルへと到着した。


 1部屋2人。俺は哲也とペアだ。隣は大輔と恭平の2人。

 選手が10部屋、岡倉1部屋、 佐和ちゃんと佐伯っちの1部屋で12部屋も借りている。

 全額、学校の費用から出ている。当初は部費でまかなうつもりだったが、校長が急遽出してくれたらしい。校長からは「優勝してこいよ!」との一言。

 ありがたい。しっかりと結果を出さないとな。


 室内では、哲也とさらに遊びに来た恭平、大輔の四人で馬鹿話をする。

 哲也と明日の試合に向けての話し合いに始まり、恭平の千春のメアドを教えてくれと言う土下座があり、大輔が彼女とのろけ話を語り、恭平が余計に彼女を欲しくなり、俺が風呂入っている最中に俺のスマホを覗かれた。

 んで、沙希、岡倉、鵡川、百合、美咲ちゃんなど、かなりの女子とメールのやり取りをしている事がバレて、恭平が落ち込んでしまったと言う流れ。


 「俺には女子のメアドなんて無いんだ…母ちゃんしか登録されてないんだ…あっでも最近母ちゃんメアド変えたのに変更のメールに来てねぇ…」

 俺のベッドに潜り込み、めっちゃネガティブな事をぶつぶつ言っている恭平。

 とりあえず俺が励ましても逆効果だしほうっておこう。


 「っで英雄、この中に本命は居るのか?」

 ニヤリと笑いながら聞いてくる大輔。

 本命…か…。


 …………。


 「居ないな。今は野球が本命って感じだ」

 「そうか。だが、もしもだぞ。もしも5人とも、お前の事が好きだったらどうする? 5人のアピールを宙ぶらりんのままにするのは良くないんじゃないか?」

 そう真面目に話す大輔。一昔前の大輔ならありえない発言だ。

 さすが部内唯一の彼女持ち。彼女持ち故の余裕というやつか。

 それはさておき、岡倉に始まり、百合、美咲ちゃん、沙希辺りはアピールされている気がしないでもない。


 「俺だったら5人まとめて付き合うぜ! ハーレムエンドってな! そして夢の6Pだ!」

 急に起き上がった恭平が勢いよく発言をする。


 「お前の立場だったら、妹2人も入れて禁断の7股だぜ! やべぇ興奮してきた! 日替わりで相手が変わるとか!」

 などと馬鹿みたいに勝手に興奮して自滅する恭平。

 もうこいつは駄目だ。放っておこう。


 「まぁ、今は地方大会の事だけ考えようぜ。明日の試合に勝って、明後日も勝って、明々後日も勝って優勝! 今俺たちは高校球児だ。恋愛事にうつつ抜かしてられねーべ」

 話を逸らすように俺が口にした。


 「そうだな。…いや、俺は里奈がいるからうつつ抜かしてるのか…」

 などと悩む大輔。さすが彼女持ち、発言が俺たちの一つ上を行くな。

 それにしても、先ほどの大輔の一言。めっちゃ俺の胸に突き刺さっていた。



 ――5人のアピールを宙ぶらりんのままにするのは良くないんじゃないか?


 確かにここまで来て、全て宙ぶらりんにしているのはアレだもんな。

 このまま宙ぶらりんしているのは、相手に失礼かもしれん。

 …だが、今はこの事で悩むべきじゃないだろう。

 とにかく、まずは中国大会に目を向けよう。恋愛の悩みで野球を疎かにしていたら本末転倒だ。

 とりあえずは明日の試合だ。気合い入れて頑張ろう。

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