114話
須田は結局あの後何も話しかけてこなかった。
気まずくはあったが、恭平がいい感じに騒いでくれたので、須田を気にかけることもなく昼休みを迎えた。
本日は哲也、大輔がいるA組で昼飯。
さすがに須田と同じクラスで馬鹿騒ぎする自信がなかったからだ。
大輔は彼女さんと食べているので、そこから少し離れた位置で俺と恭平、哲也、それから岡倉の四人で弁当を食べる。
「なぁ英雄、俺今から購買行くけど、一緒に行かね?」
飯を食い終えた所で恭平が誘ってきた。
弁当では若干腹が満たされていない感あるし、なんか買うか。
「了解した。行こう」
「あっ! 英ちゃん! 私も行く!」
「それだったら僕も行くよ」
岡倉が手をあげた。さらに哲也も便乗してついてくる。
「きょうへー! 俺の分の唐揚げ弁当もよろしく頼むわ!」
窓際の大輔が俺らの話を聞いていたようで恭平に弁当購入を頼んだ。
待てお前、クソでかい二重の弁当と、彼女さんの作った弁当を腹に入れてなお食うつもりなのか?
「おう! あとで金くれよー!」
「わかったわかった」
という事で、四人で購買へ。
購買でそれぞれ購入し終えた帰路。
「あぁぁぁ! 千春ちゃん!!」
偶然、廊下で千春と美咲ちゃんに出会った。
普段ならすげぇ嫌そうな顔を浮かべる千春だが、今日は興味なさそうにしている。おそらく、昨日の告白をまだ若干引きずっているのだろう。
「なに?」
千春は面倒くさそうな顔を浮かべて恭平を睨む。
普段よりも冷たい恭平への態度に恭平は首をかしげた。
「あれ? どうしたの千春ちゃん、元気ないようだけど?」
「別に…あんたには関係ないでしょ」
すげぇ冷たい態度でそっぽ向く千春。
恭平は訝しげに彼女を見たあと、瞬間俺のほうへと向き胸ぐらを掴んだ。
「おい英雄! どういうことだ!?」
「うおっ! 急に胸ぐら掴むな!」
むしろお前がどういうことだよ。
なんで急に俺の胸ぐら掴むんだよ。
「千春ちゃんが元気ねぇじゃねぇかよ! なにしたんだお前!!」
「俺は何もしてねぇ!」
声を張り上げる恭平に、思わず俺まで声が大きくなった。
「何もしてねぇから千春ちゃんがこうなるんだろうが! 妹が元気ないときは兄貴が元気づけさせるもんだろうがぁ! 違うか!!」
怒鳴る恭平。うるせぇ! ってかここは廊下だ。もうちょい声量下げろ!
「ちょっとあんた! お兄ちゃんになんて事すんの!」
俺と恭平の様子を見て千春が声を荒らげた。
その声に恭平はパッと反応し、俺の胸ぐらから手を離した。
「…悪い英雄。熱くなった」
「気にすんな。あとで関節技一つ決めてやるだけで許してやる」
バツの悪そうにする恭平に対し、俺は爽やかな顔を浮かべて対応する。
恭平は続いて俺から千春へと標的を変えた。
「千春ちゃん、何があったんだ。俺が話を聞いてやるよ」
「だからあんたには関係ないでしょ?」
先程よりも機嫌を悪くしている千春。
事の一部始終を見ている哲也と岡倉は困惑している。俺だって困惑している。
だって恭平が、すげぇ真面目な顔してんだもん。どうしたんだよお前。
「いいや関係あるね」
千春の言葉に反論する恭平。
「千春ちゃんは笑顔が一番可愛いんだ。俺は元気ない千春ちゃんを見たくねぇ! だからどうにかしたいんだ!」
恭平が臆せずクサイ台詞を吐きやがった。
普段は変態オーラをまとっているとは思えないぐらい、真面目な恭平に、千春も混乱している様子。
「…別に須田先輩にフラれただけだから」
ボソッとそっぽ向きなら千春が元気ない理由を口にした。
「なんだそんな事かよ。てっきり変態に夜道で襲われたのかと思ってヒヤヒヤしてたぜぇ」
そうしていつもの変態オーラが滲み始めてきた。
良かった。普段の恭平に戻ってきた。
「そんな事って、私には深刻な話なんだけど?」
恭平の態度に不満げな千春。
だが恭平はヘラヘラと笑った。
「告白してフラれるぐらい良くあるって! 俺なんかもう10回以上告白して失敗してるからな。1回ぐらいの失敗でへこたれるなって!」
恭平は笑いながら、千春を励ます。
ってかお前、10回以上も女子に告白していたのか。どんだけメンタル強いんだお前は。
「千春ちゃんは可愛いから、すぐに別の良い男を捕まえられるって! だから大丈夫!」
まるで千春のまとう陰鬱な空気を吹き飛ばすように、恭平は笑顔で励ます。
ありきたりな励まし方だが、普段エロい事しかいえない恭平が言うと、すげぇ心に響き言葉に聞こえる不思議。
千春は呆気に取られたあと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
……うん?
「そ、そう…」
待て千春。なんだその胸キュンしちゃいましたみたいな態度は?
え? 嘘でしょ? もしかしてお前…。
「その…ありがとう」
いや、待てよ。
ダメだ千春、いくら須田にフラれたからって恭平に走るのダメだって。
「どういたしまして! 千春ちゃんが笑顔になるなら、俺はたとえ火の中水の中、スカートの中で飛び込むぜ!」
くっそつまらねぇジョークを口にして晴れやかに破顔した恭平。
その笑顔を千春は一瞥して、恥ずかしそうに視線を逸らす。心なしか頬が赤い。嘘だろおい、いや待てよおい!
「英ちゃん英ちゃん」
小声で岡倉が俺の名前を呼び、肩をペシペシ叩く。
「恭平君と英ちゃんの妹さん、お似合いだね」
そうして岡倉が花を咲かせたように笑う。
その笑顔を見て、俺は一発脳天にチョップをしてくる。
「痛い! なにすんの英ちゃん!」
「うるせぇ、てめぇがふざけた事言ったからだ」
認めん、絶対に認めんぞ。
お兄ちゃんはそんな奴を千春の彼氏になんかさせないからな! だって恭平と付き合ったら絶対に学生のうちに妊娠とかしちゃいそうだもん。やだよ俺、妹が妊娠で学校を退学するのとか。
「んじゃ俺たちは行こうぜ。それじゃあ千春ちゃん、元気で」
歯を見せて笑う恭平。
こいつ、顔は普通に格好いいほうに分類されてるから、笑顔がすげぇ男前だ。
どうしよう。失恋して傷心状態の時にあんな励まし方されて、その後こんな笑顔見せられたら、めっちゃグッと来るんじゃないか?
恭平の笑顔にときめいている様子の千春を見て、俺の憶測が信ぴょう性をましてきた。
我が妹は口元に手を当てて、もう片方の手を恭平に向かって左右に振っている。なんだその態度は、絶対に認めないからな。
「良かったな英雄。千春ちゃんが元気になって」
「あ、あぁ…そうだな」
恭平が笑顔で言ってくるが、俺は素直に喜べない。
むしろ俺のほうが元気がなくなってしまった。
マジでどうしよう。このままだと千春、恭平になびいてしまうぞ…。
「恭平」
「どうした英雄? 礼ならいらんぞ? 俺が好きでやったことだしな」
「そうじゃない。今度千春にあった胸をもんでいいぞ」
「はぁ?」
もうあれだ。恭平特有の変態行動で一気に評価を地に落としてやる。
そうすりゃ晴れて、千春と恭平はくっつかない。我ながら良い作戦だ。
「お前兄貴のくせに、そんな事言うなんて最低だな。妹を守ってこその兄貴だろ?」
恭平に説教された。
「大体、なんだよその発想。友人に妹の胸揉ませるとかとんだ変態野郎だなお前」
ニコニコ笑う恭平。
なんだよこれ、なんでこいつに変態野郎と罵られなきゃいけないんだ。
一体どうしたんだよお前。普段のお前なら、今の発言はむせび泣いて喜ぶ所だっただろうが…。
「まぁそういうお前も嫌いじゃないぜ」
爽やかな笑顔を浮かべる恭平。
なんだろう。今すぐこいつの腕の関節を外してやりたいが、さすがに大人げない。
むしろ妹を元気づけてくれたんだ。俺は感謝すべきだろう。
だが…。
ここ最近の恭平の変貌っぷりに、俺は上手く対処しきれていない。
前までは下ネタ一辺倒だったが、最近の恭平は、下ネタ頻度が減り、ただの陽気な奴になってきている。
なんてことだ…。昔の恭平に戻ってくれよぉ…。




