113話
翌朝、朝食タイムだというのに千春は下りてこない。
恵那が心配そうに声をかけているが、反応が無いそうだ。
「英雄、分かってるわね?」
朝食のトーストをかじる俺を見てくる母上。
ここでいう母上の分かってるわね? というのは、千春をどうにかしろという意味だ。
この人、なんでもかんでも俺に任せすぎだろう。もうちょい恵那とかに頼ってやれよ。
「恵那がいるだろう。あいつが何とかする。大丈夫だ」
「恵那は優しすぎるから、こういう時はあんたぐらいの強引さが必要なのよ」
「強引なら兄貴のほうがスゲェだろ」
すでに大学に登校してしまった兄貴の名前をあげておく。
「博道は強引すぎなの。あんたぐらいの強引さが丁度いいの。分かる?」
ごめん、よく分からない。
しかし母上に逆らった所で、無駄な時間を浪費するだけだ。
母上は一度自分が決めたことを絶対に曲げない。つまりこの場では、俺に頼ると決めた以上、俺がどう断っても俺にやらせようとする。
幼い頃は、こういう芯の強い母に尊敬を抱いていたが、思春期反抗期を迎えた今、尊敬の念は無くなり、面倒くさいおばちゃんだなと思うようになった。
「…分かったよ」
「よろしい」
そういってニコッと微笑む母上。
まったく卑怯だ。その優しさに満ちた笑顔を見せられると、反抗心や嫌悪感を喪失してしまう。この人の息子だからそうなるのか、それとも単にこの人の笑顔がそういう効力を持っているかは分からない。
朝食を食べ終え、千春の部屋の前でちょこんと体育座りする恵那を見つけた。
「何してんだ? 早く食わないと朝飯食えなくなるぞ?」
「でも…おねえちゃんが…」
元気のない恵那の声。
もう可愛すぎるな我が妹。そんな態度、どっかろくでもない男に見せたらお持ち帰りされちゃうぞ。
こんな可愛すぎる妹のために一肌脱いでやろう。
俺は千春のドアの前に立ち、ドンドンと力強くノックした。
「千春! 朝だ! 学校行くぞ!」
そういってから、ドアノブを捻りドアを開けた。
窓は雨戸で締め切られており、朝だというのに真っ暗。
昨日と同様部屋の明かりをつける。千春はベッドの上で眠たそうにしている。こいつもしかして、ただ寝坊しただけなのではないか?
「…なに?」
機嫌悪そうな声で千春が聞いてくる。
目元をこすりながら、こちらを睨みつける我が妹。
「グッドモーニングだ。いい加減下降りて飯食って登校しろ」
「…今何時?」
キョロキョロしている千春に、机の上にあったデジタル時計を手渡す。
受け取った千春は、眠そうな目で確認すると、すぐに驚いた表情を浮かべた。
「もうこんな時間!? なんで起こさなかったの! バカ兄貴!」
そうして慌ただしくベッドから下り、パジャマを脱ぎ始める千春。
「いや、てっきりお前が落ち込んでるのかと思ってな」
「ってか出てってよ!」
そうして脱いだパジャマを投げつけてくる千春。
なんだよこいつ、いつも通りやんけ。心配して損した。
俺はため息をついてから部屋を出る。そうして廊下の恵那を見た。すげぇ嬉しそうにしてる。もし彼女に尻尾が生えてたら、今頃めっちゃ左右に振り振りしていることだろう。
尻尾の生えた恵那か…。お兄ちゃん贔屓を込みしても彼女が天使になってしまうな。
「千春は任せた」
「うん! ありがとう英兄!」
先程とは打って変わって元気いっぱいな恵那の声。
それを聞いて、俺もようやく頬を緩ませた。
妹二人を置いて、俺は先に登校する。
そうして登校するなり、須田に呼び出された。
普段の俺なら断るところだが、昨日の今日だ。最低限の武装をして須田と体育館裏へ。
「ごめん佐倉君、急に呼び出して」
「気にするな」
二人きりになったのに下の名前呼びしないということは、今の須田は安全か。
一応、襲いかかってきた時用に、硬球をポケットに忍び込ませていたが無駄だったか。いや分からない。とりあえずある程度の距離を取り、いつでも投げれるように左手をポケットに突っ込み、硬球を握っておく。
「それで、俺の妹のことか?」
「うん。聞いたかもしれないけど、昨日、佐倉君の妹に告白されて僕は断った」
真っ直ぐに俺を見据えながら須田が語る。
俺も須田から視線を逸らさずに見据える。
「そうか。別にフッても問題ないぞ。あいつも自分の気持ちに区切りつけるためにフラれるつもりで告ったらしいし」
「そっか。でも、やっぱり傷ついたよね?」
申し訳なさそうにする須田。
こいつは悪くないし、千春だって悪くない。今回の一件に被害者も加害者も存在しない。
だから、こんなところに呼び出してまで話すことでもない。
「まぁ多少は傷ついたかもしれんが、今日の様子みるかぎり平気そうだぞ」
「…そっか」
元気のない須田の声。
もう話は終わった。さっさと帰ろう。
「英雄君、ごめん」
っと思ったら須田が話を続けてきた。
まだ話あるのかよ…。
「別に気にしてねぇよ。大体、俺傷ついてねぇし」
「それでも、英雄君の妹さんを傷つけてしまった。本当に申し訳ない」
頭を下げて詫びる須田。
いやだから、千春が勝手にやったことだし、お前は悪くねぇだろうが。
「…だけど、やっぱり僕は自分の気持ちに嘘をつけない」
頭をあげた須田の表情は変わっていた。
覚悟を決めた表情だ。その表情を見て、俺はポケットの硬球から左手を放した。
「一年の終わりに君に告白して僕は断られた。だけど、それでも諦められない」
真っ直ぐに俺を見据え、真剣に思いを伝えようとする須田。
普段の俺ならなんとか逃げようとするが、今回は逃げようとせず真っ向からぶつかる。
ここは冗談で逃げる場面じゃない。
「英雄君、僕は…君のことが好きだ。これは友情とかじゃなくて、君が異性に抱くような恋愛感情だ」
そうして須田は愛の告白をしてきた。
「君には気持ち悪い男にしか見えないかもしれない。だけど僕は…この思いに嘘をつけない。それに英雄君は前に言ってくれた。ありのままの僕を受け入れてくれる人がいつか現れるって、だから僕は嘘をつかないようにしてきた。だから、君に受け入れて欲しいんだ。どうか…付き合ってください」
深く頭を下げる須田。
俺は異性愛者だから、同性愛者の悩みや苦しみは理解できないし、理解しようとも思わない。
だけど、好きな人を思うという点は、異性愛者と何も変わらないだろう。
須田は好きな人に告白をした。そしてこの愛の告白を茶化すつもりも、不気味がる事も俺はしない。こいつは真っ向から正々堂々告白した以上、俺も正々堂々返答するのみだ。
「須田、お前の気持ちは一年の終わりに告白されてから、ずっと知ってる。あれから一年経ったし、お前が俺のこと好きだってのは良く伝わった」
頭を下げたままの須田に語りかける。
まるで昨日の千春と須田のように、今度は俺が彼をフる番だ。
「だけどやっぱり俺は、女の子しか好きになれない。だから俺はお前を受け入れる事はできない。どんなに俺の事が好きでも俺はお前のことを恋愛対象として見ることは出来なかった。悪い」
昨日須田が千春に頭を下げたように、俺も深く頭を下げる。
そうして俺は振り返り、体育館裏を後にする。
なんで朝から愛の告白なんかされなきゃいけないんだ。
しかも須田、俺の後ろの席だし、すげぇ気まずくなるじゃん。
…まぁいいか。恭平がバカ騒ぎしてくれるだろうし、なんとかなるかな。




