110話
三連休の明けた金曜日、練習前に志田さんが正式に入部した事が伝えられた。
「1年C組の志田皐月です! 皆さんのサポートを、しっかり出来るように頑張ります!! よろしくお願いします!」
みんなに囲まれながら、精一杯自己紹介する志田さん。
頭を下げたときに、全員が拍手した。
「可愛い! 可愛いぞ!」
恭平が手を叩きながら叫んでいる。
間違いなく志田さんの耳にも入っているし、彼女はすげぇ苦笑いを浮かべている。
騒がしい恭平を静かにさせるように、佐和ちゃんが一つ咳払いをした。
「えぇ~、彼女は当分、マネージャー見習いとして岡倉に指導は任せる。岡倉、しっかり頼むぞ」
「はい!」
元気よく返事をする岡倉。
ごめん佐和ちゃん、これはいくらなんでも人選ミスだと思う。
岡倉に教えたら、志田さん余計に頭悪くなっちゃうと思う。
「それから男子の入部希望者が12名ほど来ている。人気になると、すぐこれだ。どーせ野球部の練習も楽だろうと思ってる奴が多すぎる。だが、そう簡単には入れさせるつもりはない。まずはうちの練習についていけるだけの体力があるか見極めている」
そう説明する佐和ちゃん。
そこで気づく。そういえば今日はグラウンドの周りをぐるぐる走ってる奴らがいるな。
「今グラウンドを走ってる奴らは、入部希望者だ。とりあえずこれから一週間、毎日グラウンドを走らせる予定だ」
確かに一週間毎日走れるだけの体力が無ければ、野球部の練習にはついてこれないだろう。
野球部の練習は、ほかの部活と一線を画している。どこかお遊び気分でやってるテニス部やバスケ部、真面目だがまだまだ練習がぬるいサッカー部とは違い、マジで甲子園優勝する気でやってる。厳しさは他の部と比べ物にならんだろう。
「それじゃあ練習を始めろ」
という事で、練習が開始された。
さて、地方大会に向けて、練習はかなり過激になってきた。
打撃を重点に置いた練習が多い。素振りはもちろん、トスバッティング、ティーゲージを使ったティーバッティング、マシンを使ったマシン打撃、松見や亮輔をマウンドにおいてのフリーバッティング。とにかく打撃練習をメインにボールを打ちに打ちまくる。
エースの俺ですら、バッティング多めの練習になっている。
やはり佐和ちゃんも、大輔頼りの打線をどうにかしたいのだろう。
各選手たちにそれぞれ入念にバッティング指導を行い、時には自身もバットを持ち、実践して見せるなど、どの選手に対しても分け隔てなく、そして細かな所まで指導をする。
ここに来て少数精鋭の強みが見えてきた。
部員数は少ない分、監督の詳しい指導が全選手に行き渡る事が出来る。その為、一人一人にあった練習がされ、より個性が強い選手が出てくるわけだ。
大輔のほかに、バッティングで頼れそうなのは龍ヶ崎と俺だろうか。
俺も龍ヶ崎も、ホームランを打てるだけのパワーを持っているし、チャンスの場面で打てるだけの勝負強さもあると思う。多少大輔が打てなくてもカバーは出来るだろう。
だけどもう一人ぐらい欲しい。それが恭平か、耕平君か、それとも中村っちかは分からない。もしかしたら秀平辺りが台頭して来そうだ。
とはいえ、あと数ヶ月で夏の大会。過度な期待はせず、現状のまま望む覚悟を持っておいたほうがいいな。
一通り打撃練習を終えたら、俺はブルペンに入る。
打撃練習に重点を置いていると言っても、やはりエースの俺は投げ込みをおこなう。
と言っても投球数は少なく20球。調整程度の数で済ませる。
哲也の指示でストレート、スライダー、カットボール、チェンジアップの4球種を投げ分ける。
指先の感覚、筋肉の動き、投球フォームのズレなどそれぞれ確認していき、一球一球丁寧に投げ込む。
「しゃあぁぁぁ! 20球目!」
そうして最後の一球を投げて本日の投げ込みは終了。
まだまだ投げ足りないが、投げすぎて怪我したら本末転倒だし、あくまで本番は地方大会だ。このくすぶった興奮は地方大会まで持ち越しするしかない。
哲也とともにブルペンを出て、ベンチに戻る。
「佐倉先輩! タオルと飲み物です!」
ベンチに戻るなり志田後輩が、タオルと飲み物を渡してくる。
続いて、哲也にも飲み物とタオルを渡した。
「おぉ悪いな」
「いえいえ! こんな暑い中、何十球も投げたんですから、これぐらいはマネージャーとして当然です!」
なんて真面目な子だ。
そうだよ、マネージャーというのはこういう子を言うんだ。
ベンチに座って足プラプラさせながら、ずっと気の抜けた声で「頑張れー」しか言わない奴はマネージャーとは言わない。
「そうだよな岡倉?」
ベンチに座って足プラプラさせながら、気の抜けそうな声で「頑張れー!」と応援している岡倉に話題を振った。
「え? う、うん!」
急に話題を振られた岡倉は困惑しながらも頷いた。
頷いたなら直せよな。
「そういえば、佐倉先輩って彼女とか居るんですか?」
飲み物を飲もうとした直前で、志田後輩が質問してきた。
「居るように見えるか?」
「まぁはい。普通に佐倉先輩って格好いいと思いますし、野球部のエースって事で彼女ぐらいいるものと思いますけど」
まさか入部初日から褒められるとは思わなかった。
なんて良いマネージャーだ。あとで飲み物おごってやろう。
「そうか。だが残念ながら今は居ないんだ。そこでだ志田? 俺と付き合うか?」
「あ、ごめんなさい。私好きな人いるんで」
そういってニコッと笑いながら断る志田後輩。
なんだよクソ、恋愛話振られたから脈有りかと思ったけど違ったのか。
「英ちゃん! 私も彼氏いないよ!」
岡倉がベンチ座りながら食い気味に言ってくる。
俺はペットボトルに入った飲み物をグビグビと飲んでみる。
「あ、お前はいいや」
「えー! なんでよー!」
プクーっと頬を膨らませる岡倉。
怒っているつもりなのだろうが、まったく怖くない。むしろ可愛く見える。この場に龍ヶ崎がいたら、間違いなく失神するだろう。
「岡倉は可愛すぎるから、俺と釣り合わないんだよ。高嶺の花って言う奴かな」
「え? 可愛い? そ、そう? えへへ」
そういって嬉しそうに笑う岡倉。
こいつ、いくらなんでもチョロすぎんだろ。
「おぅ英雄! うちのマネージャーをナンパしてないで、さっさとランニング行け! 哲也も早くこっちに来い!」
話を盗み聞きしてたと思われる佐和ちゃんからお叱りのお言葉。
やべぇ、さっさとランニング行くか。
「んじゃ、走りこみ行くか」
ベンチに座り、スパイクからアップシューズに履き替える。
今から往復7kmのランニングをおこなう。
「よし英ちゃん! 私もやる気満々だよぉ!」
ここで遂に岡倉が立ち上がった。
いつも走り込みの際には、チャリに乗ってサボらないかを監視する役目を任されている岡倉。
だが岡倉は、走ってる最中に平気で話しかけてきたりするから、めっちゃ面倒くさく最低な監視役でもある。マジで息切らしている時にクソどうでもいい話振られると、いっぺんド突いたろうかと思う。
「岡倉! お前は今日から監視役しなくていい!」
「えぇ!? どういうことですかぁ!?」
佐和ちゃんの言葉に大袈裟に驚く岡倉。
あ、ついに解雇宣言されたか。
「今日から志田が監視役をしてくれ!」
「えぇ…」
「あ、はい! 分かりました!」
落胆する岡倉と仕事をもらえて嬉しそうにする志田。
まぁ監視役が変わったところで、何も変わりはしないだろう。逆に志田なら話しかけてこないだろうし、気持ち楽になるかもしれん。
とりあえず、走り込みに行こう。
ランニング最中、志田は話しかけてこなかった。
一応、あと何kmという事は伝えてくれるが、余計な話はしない。
なんて良い子だ。いや、これが普通なのだけれど、今まで岡倉というモンスター級のど天然マネージャーしかいなかったから、普通のマネージャーのありがたみをメッチャ痛感している。
ありがとう志田。君が入部してくれて。
口にはしないが、胸の内でそう呟きつつも、岡倉のどうでも良い話題を聞けず、どこか寂しさを感じる俺だった。




