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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
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106話

 球場入りしてからの流れは速い。

 外野でキャッチボール後、すぐさま7分間のシートノックへ。

 内野で佐和ちゃんがノックをする間、外野では佐伯っちがノックをおこなう。

 そうして佐和ちゃんが外野の方にもノックを始めると、俺はグラウンドから出て、ブルペンに入る。

 シートノックを受ける哲也の代わりに里田君がキャッチャーを務め、軽めに投球練習をする。


 んで、今度は相手方のシートノック。

 俺らはベンチで、改めてオーダーを発表された。

 一番ショート恭平、二番センター耕平君、三番ライト龍ヶ崎、四番レフト大輔、五番ピッチャー俺、六番サード中村っち、七番ファースト秀平。ここまでは丸野高校戦、荒城館高校戦とまったく同じオーダー。

 しかし八番から変わり、八番キャッチャー哲也、九番セカンド誉と続く。

 前二試合は八番セカンド石村、九番キャッチャー哲也だったが、今日は石村の代わりに誉がスタメンを任された。

 石村の今大会のエラーは、3試合で3つ。その上、ヒットは初戦の丘城商大付属戦で出た一本のみ。単純に打てないのなら誉と一緒だし、それなら守備の上手い誉を起用したほうがいいだろう。

 やはり石村は一年生だった。まだまだ技術的にも肉体的にも未熟だし、将来性を考えるなら入れても良いかもしれんが、本気で勝利を求めるなら、将来性よりも実績のある誉を起用したほうがいいだろう。

 

 相手のシートノックが終わり、少しの間があったあと、ベンチ前に両校の選手が並んだ。

 グラウンドに審判団が出てくる。自然と球場は静まり、空気が張り詰めていく。


 「集合!」

 そして球審の声と共に、両ベンチから選手たちが走り出し、ホームベースを挟むように整列し対面する。

 目の前に立つ奴が俺を睨みつけてくる。俺も相手を睨み返した。


 「両校…礼!」

 球審の声に両校の選手たちが頭を下げ、声を張り上げて挨拶をする。

 俺達は挨拶を済ませると、すぐさまグラウンドへと向かった。


 今日の試合は、先攻酒敷商業、後攻は我が山田高校でおこなわれる。



 マウンドに上がり投球練習を始める俺。

 やっぱり、誰にも踏まれてない整備されたマウンドは気分が良い。スパイクの踏み心地が全然違う。

 投げるボールも、思いのほか、伸びているような感覚にとらわれそうだ。


 投球練習も終わり、哲也が二塁への送球を投げ終え、内野でボール回しされた後、俺のもとへとボールが返ってくる。


 「一回! 声出して元気出していこうぜ!」

 「おう!」

 そうしてキャッチャー哲也の掛け声に各ポジションから声が上がった。

 それを見て、相手の一番バッターが右打席へと入る。


 ≪一回の表、酒敷商業高校の攻撃は、一番センター沖田(おきた)君。センター沖田君≫

 場内アナウンスがバッターの名前を告げる。

 大柄な一番バッターだ。体格だけ見ても、前三試合のチームとは雰囲気が違う。


 「プレイ!」

 球審の声と同時に試合開始のサイレンが鳴り響く。

 哲也の初球のサインを確認した俺は、頷き、一度大きく息を吐いてから、投球動作へと移る。

 初球はインコースにストレート。さぁプレイボールだ。


 思いっきり投げる。

 インコースへのストレート。中々悪くない。

 っが、相手バッターは平然と打ち抜いた。


 「マジか」

 思わず声に出てしまった。

 慌てて打球の方へと振り返りながら、マウンドを駆け下りる。


 打球は一二塁間のちょうど真ん中辺りへの、強い当たり。

 秀平は打球へと食らいつくように飛び込んだ。その様子を見つつ、俺はがら空きとなった一塁ベースへとベースカバーに向かう。


 飛び込んだ秀平だが、ボールは無情にもグラブの下を抜け、ライトへ…


 …っと思ったが、次の瞬間、誉も打球へと飛び込んだ。こっちはしっかりとキャッチした。

 そして素早く上体を起こした誉は、汚れたユニフォームを気にせず、崩れた体勢のままで、ファースト付近に居る俺に送球。

 体勢は崩れているのに、投げられたボールは捕りやすい場所へと飛んできた。それを俺はがっちりと掴み、ベースを踏んでアウト。


 いきなりヒットを許す所だったが、誉のナイスプレーで、なんとかアウトに出来た。

 さすが誉だ。守備なら部内トップと評価しても良いレベルだ。


 「サンキュー誉!」

 「気にすんな! バンバン打たせてこうぜ!」

 「おぅ!」

 マジで頼りになるぜ誉。


 「英雄ぉ! 今度は俺のところにも打たせろぉ! 今度は俺がスーパープレイ決めてやる!」

 ショートからは恭平の声。

 お前も頼りにしてるぞ恭平。

 なんにしても、誉のおかげでいきなりの出塁を免れた。助かったぜ。


 続く二番伊賀(いが)はサードゴロ、三番長谷井(はせい)をファーストのファールフライに仕留め、何とか初回を乗り越えた。

 さすがは強豪校。前の三校とはスイングの質が全然違う。なんていうか迷いがないし、しっかりと振り切れている。少しでも甘い球を投じたら打たれてしまいそうだ。



 さてこちらの初回、恭平の空振り三振から始まった。


 「くっそぉ~、なんだありゃ…ずっとボールが見えないと思ったら、急に出てきて驚いたぞ…あぁちきしょう!」

 ベンチに戻るなり、ぎゃーぎゃー喚く恭平。

 やはり高梨のフォームは出所が分かりづらいようだ。今打席に居る耕平君も、明らか遅いテンポでバットが出てるしな。


 結局、耕平君はサードゴロ、龍ヶ崎はピッチャーフライに倒れて、こちらも初回は、三者凡退で終わった。


 「良いか! 打てなくても焦るなよ。今日の試合は焦ったら負けだぞ!」

 「はい!」

 一同がグラウンドに散らばる前に、佐和ちゃんが選手たちに檄を飛ばす。

 それに全員が、力強く返事をした。


 「おっしゃー! この回もファインプレー見せてこーぜー! 英雄頼むぞ!」

 空振り三振したのに、めっちゃ元気な恭平がショートへと走る。

 なんでファインプレー出すために俺が打たれなきゃ行けないんだ。


 打たれてたまるか。



 二回の表、先頭の四番田上(たのうえ)をセカンドゴロに早速抑える。


 「よしっ…」

 相手チームに早打ちの指示が出ているのか、ここまで投じた球数はわずか10球。

 昨日一昨日と投げて、だいぶ疲れが来ているし、こう早いカウントから打ちに来てくれるのは正直助かる。


 続く五番高梨は空振り三振に仕留め、六番大川(おおかわ)をショートゴロに抑えて、この回も三者凡退で切り抜けた。


 「英雄、球走ってるよ!」

 ベンチに戻る際、哲也が笑顔で声をかけてきた。

 体に疲れはあるが、ボール自体には影響がないようで、いつものようにボールが走っているらしい。

 なら、疲れは気にせず投げよう。今日は多少のヒットも、多少のフォアボールもご愛嬌としてもうらか。



 二回の裏の攻撃、この回、最初に打席に入るのは大輔だ。

 あいつが打席に入ると、どうもホームランを期待してしまう。


 まぁ奴は、現在今大会の全試合で、ホームランを打っているような化け物だからな。

 一発に期待してもおかしくないだろう。


 「大輔ぇ! 一本頼むぞ!」

 ネクストバッターズサークルに腰下ろし、口元に左手を添えて俺は大輔に声をかける。

 大輔は、打席に入る前に右手の親指を立てて、俺の声に返答を示した。


 ネクストバッターズサークルから見る大輔の構え。

 いつも見る風景だが、決勝と言う舞台だと、また変わった雰囲気が出ている。いやそれとも朝に彼女さんのお手製弁当を食べたせいだろうか、いつもよりも打ちそうな雰囲気が出ているな。


 内野、外野へと視線を向ける。普段の守備の定位置より数歩後ろに下がっている。

 長打を警戒しているのだろう。そりゃ、三試合連続ホームランなってやってるバッターだし、警戒されて当然か。


 初球は低めへのストレート。

 大輔はタイミングを取っただけで、打ちにはいかなかった。


 続く二球目のストレートに空振りをする大輔。

 明らかタイミングが合っていなかった。

 さすがの大輔も、出所の見えないフォームには、悪戦苦闘するか。

 …そう思っていた時期が私にもありました。



 一球外れた後の四球目のストレート。

 それを大輔は豪快なスイングで捉えた。

 打球はサードの選手と、三塁線の間をライナーで抜いてレフトへと転がっていく。

 ラインぎりぎりで落ちたが、判定はセーフ。

 相手チームも、高梨のボールをここまで引っ張ってくるとは思わなかったらしく、守備位置は流し方向寄りに立っていた。

 おかげで、大輔の放ったコースはがら空き。つまり長打コースだ。


 「やべぇ…」

 なんだあのスイング、頭おかしすぎだろう。

 スイングのスピードが、いつも以上に速く感じた。多少振り遅れてもスイングスピードでカバーするってか? 頭おかしすぎんだろ、あいつ。

 化け物にも程があるぜ、こんちきしょう。


 大輔は二塁でストップ。

 先頭バッターのいきなりの出塁にベンチが沸く中、五番の俺に打席が回ってきた。



 ゆっくりと打席に入り、一度、守備位置を確認する。

 大輔と違って、内野は後ろに下がっていない。長打はないと踏んだか。油断されてるなぁ。

 俺だって高校通算6本塁打なんだぞ? ちょっとぐらい警戒してくれても良いじゃん。


 さて初球、高梨のボールを見た瞬間、俺は思わず苦笑してしまった。本当にボールの出所が分からねぇ。

 ポンッと出たと思った瞬間に、パァンとミットが鳴ってる感じだ。タイミングのクソもねぇぞ、おい。

 良く出所が分からないのに、大輔の野郎、豪快に引っ張れたな。


 二球目、今度はアウトコース低めへのストレートをギリギリ当てるも、打球は三塁線の左側を、コロコロと転がるファールとなった。

 まだタイミングが掴めてないな。でも次で何とかなるかな。


 そして三球目。今度もアウトコースへのストレート。

 俺は、さっきよりも速いタイミングで、スイングに入る。

 だがボールはバットから逃げるように変化した。そう高梨のもう一つの武器であるスライダーを投げてきやがったわけだ。


 豪快に空振りする俺。まさかの空振り三振。

 もうあれね。ダメねこれ。

 結局、六番中村っちはファーストへのファールフライ、七番秀平は見逃し三振で、先制点は入らずチェンジとなった。



 「さっきの三振、マウンドまで引きずるなよ」

 マウンドへと向かおうとする俺に佐和ちゃんが一言声をかけてきた。


 「佐和ちゃん杞憂だぜ、それはな」

 俺はここぞとばかりに格好つけて、最近覚えた言葉を口にする。

 心配してくれるのはありがたいが、それは杞憂というやつだ。そう杞憂という奴なんだ。

 ふふっ、杞憂という言葉を覚えた俺はだいぶ言葉のレパートリー増えてきたな。


 話は戻すが、俺にとってマウンドと打撃成績は別物だ。

 どんなに打てなくてもピッチングに支障が出ることはない。


 「英雄、あまり無理して難しい言葉を使うなよ。ピッチングに支障が出そうだから」

 なんか意味わからん心配をされたが、そこは爽やかに笑ってスルーしてマウンドへと向かう。

 うんうん、冗談を言えるくらいにはリラックスしているし、今日も得点は許さないだろう。

 まぁでも強豪校だし、ピンチになる場面はあるかもなぁ。楽しみだ。

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