表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
104/324

103話

 今日は春の県大会準決勝。

 第一試合は我が校と荒城館の試合。第二試合は酒敷商業と理大付属の一戦となる。



 さて試合が始まった。

 一回の表、荒城館の攻撃。

 一番バッターは、秋の地区予選の時と同じバッター。前よりも体格が一回り大きくなったように見える。

 俺はマウンド上でバッターと対面する。あの時は初球のアウトコースへのストレートをいきなり打たれてヒットにされたっけか。


 哲也のサインを確認する。アウトコースへのストレート。

 あの野郎、いきなり打たれたコースをご所望か。顔は中性的な癖に随分と男臭い強気なリードをしてくるな相変わらず。嫌いじゃないけどな。

 良いぜ、この冬で俺が大化けしたことを見せてやる。


 初球を投じる。

 左腕から放たれたストレートは、最速149キロを出し、150キロを肉薄するスピードまで出している一球。

 その一球に、バッターは打ちに来た。

 だがタイミングが合わず空振り。振り終えて悔しげに表情を歪ますバッターに、思わず頬を緩ませそうになった。


 今日の調子は絶好調。

 昨日の試合の疲れがまるでない。おそらく佐伯っちのマッサージのおかげだろう。

 この試合終わったら、ジュースの一つや二つおごってやらないとな。


 一番バッターは続くカットボールをつまらせてサードゴロ。

 次の二番バッターは追い込んでからのチェンジアップにタイミングを崩し、ボテボテのセカンドゴロに倒れた。

 ツーアウトで迎えた三番は、初球のストレートを打つも力負け、レフトフライに仕留めた。

 上々の立ち上がりだ。早速攻撃と行こうか。



 荒城館の先発は、昨日と同じエースナンバーをつける津郷。

 昨日対戦した岡野に比べれば、かなりピッチャーの格は劣る。十分大量得点も狙えるだろう。

 っと思ったが、一番の恭平がいきなり空振り三振に終わる。

 切り込み隊長の不調の波に煽られたか、続く二番耕平君はショートフライ、三番龍ヶ崎に至っては空振り三振と、まさかの無安打で終わってしまった。



 マウンドへと走る俺。津郷は対して凄いピッチャーじゃないが、斎京学館抑えたりしてるし、なんか持ってるのかな?

 球速以上何かを持ってる? うーん、こればかりは打席に入らないと分からないか。


 さて二回の表、荒城館の攻撃。

 右打席に入るのは、この回先頭の四番遠藤。

 こいつは昨年の秋に、俺から満塁ホームランを打ったバッターだ。打たれたのは、甘く入ったスライダーだったはずだ。

 昨年の借りは返しておかないとな。俺の気分が晴れない。


 ロージンバックを軽く触れてから、プレートを踏む。

 哲也のサインは、アウトコース低めへのスライダー。昨年、俺が打たれたコースだったはずだ。

 相変わらず、強気なリードが目立つな哲也。そんなんだから、俺と組むとポカスカ打たれるんだぞ?

 でもまぁ、そのリードは好きだ。

 これだから哲也とバッテリーを組むのが止められない。


 思わず笑ってしまいそうなのを堪え、集中する。

 一度息を吐き、一拍の間合いを置いてから、投球動作へと移った。


 打たれるかもと不安になったり、抑えてやるなんて意気込むこともせず、無心で哲也のミットだけを見つめ、腕を振るいボールを投げ放つ。

 遠藤のバットが動く。秋のあの日、スタンドまで運んだ強烈な一撃は、空を切った。


 視界に空振りする遠藤の姿が映る。

 まずはワンストライク。哲也から返球されたボールを受け取り、再び左手の上に乗せた。



 二球目。今度はアウトコース低めに決まるストレート。

 俺は頷き、いつものテンポで球を投じる。


 放たれたボールに、遠藤は遅れてバットを振るも、タイミングが合わず空振り。

 スイング自体は悪くないが、対応力が鈍い。

 そんなんじゃ、ブンブン振り回すだけのバッターに過ぎないぞ。

 これで追い込んだ。


 そして三球目。

 遊び球のサインはない。哲也は三球勝負でカタをつけるらしい。

 いい度胸だ。本当好きだぜ、哲也のリード。


 俺は哲也のサインを見て頷き、一つ息を吐いて間を置いてから、ピッチングフォームへと移行する。

 意識は哲也のミットへ。もうすでに、視界は一点に哲也のミットだけを見つめる。

 研ぎ澄まされた神経が、わずかな筋肉の動きすらも捉え、正常に動いていると判断する。

 バネのように筋肉は伸縮し、ひとつの白球を投じるために、体全てのエネルギーが、足、腰、左腕、左手へと伝っていき、最後に指先に掴まれた白球へと送り込まれる。

 指先から離れるその一瞬まで、自身から生み出した力を余すところなく込めるように、指先でボールを前へと押し込んだ。


 左腕を振り抜く。そこから放たれる白球は、相手の体を貫くように、インコースを(えぐ)った。

 遠藤はタイミングすら取れず、そのまま見送る。

 目を見開き、硬直する遠藤。俺も投げ終えた姿勢で審判の判断を見守る。哲也もミットを一つ動かさず、ただ判定を待つ。


 「……ストライィィィク!」

 ここぞとばかりに球審は、一つ溜めを作ってから、声を張り上げ、右手は天へと突き上げられた。

 空振り三振。思わず俺は左手で、小さくガッツポーズをしていた。

 打席で唖然と立ち尽くす遠藤。マスク越しからでも分かる哲也の笑顔。


 約8ヶ月ぶりの借りは、しっかりと返させてもらったぜ。

 今日は打たれる気がしない。あとは大輔が打ってくれれば、試合に勝てる!!



 大輔のバットから、快音が鳴り響いたのは六回だった。

 一死一二塁の場面で打席に入る大輔は、今日2打数2三振。

 津郷、やはりなんかを持っているらしい。あの大輔から2打数2三振など、さすがにマグレとか運が良いだけで出来る所業じゃない。


 だが大輔は、打てていないことをまったく気にしていない。

 今だって、気だるそうな表情を浮かべて打席に入っている。

 いつだってそうだ。大輔は欲がない。四番として結果を残さなきゃとか、ホームランを打ちたいとか、そういった欲がまったくない。

 だからこそ、いつだって自然体で打てるし、練習で出せる力を試合でも存分に発揮している。たとえ打てなくてもスランプに陥らないし、本当凄い奴だ。


 その大輔は初球のカーブをいきなり打ち抜いた。

 別に甘く入った訳ではない。どちらかと言えば、打ちづらいコースだっただろう。

 それを平然と打ち抜き、平然とスタンドまで運んだのだ。


 歓声に沸くベンチ、スタンドの方からも歓声が上がった。昨日のホームランよりも歓声が大きい。心なしか観客の数も昨日よりも増えている気がする。

 大輔のホームランを待っていたかのように、スタンドのほうではカメラを手にして撮影しているように見えた。

 ダイヤモンドを悠々と回る大輔を、一塁ランナーの龍ヶ崎、二塁ランナー恭平とともに、ホームで迎え入れた。


 「ナイバッチ! 良くあんなカーブをスタンドまで運んだな」

 戻ってきた大輔に開口一番言い放った。

 普通狙うならストレートとか失投だろうが。なんであんな完璧なカーブを打つんだか。


 「いや別に、来た球をヒットにしてやろうと思って振りぬいたら、スタンドまで行っただけだよ」

 なんでさも当然と言わんばかりの表情を浮かべてるんだお前は。

 それ、まず常人じゃ不可能だからな? 大体、ホームラン打つ事だって珍しいんだぞ?

 それを平然と、当たり前だと言わんばかりに口にする。


 やはり、こいつは天才なんだろうな。それも俺よりも凄い天才だ。

 天才だからこそ、常人の苦労を知らない。常人が辛いと思った事を辛いと感じない。自分が出来ることは誰でもできると信じて疑わない。

 きっと大輔は人に教えるのには、向いていないタイプだろう。


 俺も天才だと自負しているが、ここまですげぇ才能見せ付けられたら、嫌でも認めるしかない。

 大輔は怪物だ。俺なんかよりも数倍上の怪物。

 こんな奴が同い年で、しかも同じ学校で、その上親友と来る。

 さすがに出来すぎだ。もうそろそろ、どっちか片方が死んじまうんじゃないか?


 「バーカ、怪物すぎんだよお前」

 大輔の肩を軽く殴りながら、俺は笑顔で浮かんだ黒い感情を吐き捨てた。


 「英雄には負けるさ。あとは頼むぞ」

 「おぅ」

 怪物様に認められている以上、期待通りのピッチングをしてやらんと、天才の称号が廃るってものだ。



 さて、もう一人の怪物である俺の、六回までの投球成績。

 被安打1の四死球1で無失点。奪三振は毎回の8奪三振だ。十分すぎるピッチングをしているが、まだまだ足りない。

 疲れはまだ無い。佐伯っちのマッサージのおかげとしか言い様がないだろう。

 まさかマッサージ一つでここまで疲れの差が出るとはな。今度から毎日佐伯っちにマッサージしてもらおうかな?


 とにかく、この試合を終わらせよう。

 大輔が得点を入れてくれたし、あとは俺が抑えるだけだ。


 その後も、俺は危なげの無い投球を続け、最終回を迎えた。


 3対0で迎えた九回、いきなり先頭バッターにレフト前ヒットを打たれた。

 疲れがないと言ってはいたが、さすがに九回までくれば、だいぶ疲れを感じ始めた。

 今打たれたのは甘く入ったスライダー。俺は溜息をついた。


 続くバッターはセカンドゴロに仕留めたが、その間に一塁ランナーは二塁へ進む。

 さらに次のバッターにはヒットを打たれてしまい、一死一三塁のピンチを迎えた。


 ここで打順はクリーンナップに突入する。

 三番バッターが打席へと入る。

 ホームランが出れば同点。長打でも下手すりゃ逆転に繋がるかも知れない。気の抜けないピンチの

場面。しかもバッターは三番。

 最終回だってのに、なんて状況だ。


 「まったく、最高すぎるだろう」

 グラブで口元を隠しながら、俺はニヤつきつつ呟いた。

 ピンチフェチの俺にはたまらない場面だ。やばい、今の俺は変態すぎる。恭平と良い勝負ができる気がする。

 だけど、こんな場面じゃ仕方ない。どんなに集中しても口元の綻びだけは締まらない。


 だがこの状態の俺は、一番リラックスしている。一番ボールが走る状態だ。

 打たれる気がしない。いや、打たれたらつまらん。ここを抑えてこそピンチフェチの境地というものだ。


 初球、二球目と厳しくインコースにストレートを投じる。

 バッターはどちらも手を出せず見送り、あっという間にツーストライク。

 打席に入るバッターは今頃、ここに来て、一気に息を吹き返した相手ピッチャーに困惑している事だろう。

 哲也の三球目のサイン。低めへのスライダー。俺はコクリと頷いた。

 ここまででだいぶ球数が増えたし、抑えられるバッターは少なく抑えましょう。


 一塁ランナーを目で牽制しつつ、クイックモーションからスライダーを投じる。

 打ちに行くバッターだが、スライダーは手元で変化していき、そのままバッターのバットは空を切り裂いた。

 空振り三振。まず一つ目。俺はニヤッと口角をあげる。最高。マジでピンチ最高だぜぇ…。



 

 ツーアウトとなり、バッターは今日3打数無安打3三振の四番遠藤を迎えた。

 今日の俺のピッチングに、遠藤はとことん抑え込まれている。


 ストレート中心の組み立てでカウントを稼いでいく。

 ストライク、ボール、ストライク、ファール、ボール、ファールと六球目を投げ終えたところで、カウントはツーボールツーストライクと並行カウント。


 次が勝負のカウント。哲也はインコース高めへのストレートを要求する。

 釣り球だな。オーケー。これをラストボールにする。


 一度一塁ランナーを見てから、クイックモーションに入る。

 打たれように高く、しかし分かりやすい高めではなく、当てられるか当てられないぐらいの高さで、多少の制球は捨て、球威でバットを振らせる。

 これでラストだ。最後の一球を投じた。


 インコース高めへと向かう白球。

 その釣り球に釣られるように、バットを振り出す遠藤。

 まもなくバットはボールを掠めることなく、豪快に空振りをした。


 空振り三振。

 最後のピンチを抑えてゲームセット。


 「しゃああああああぁぁぁぁ!!!」

 思わず俺は地面へと視線を落とし吠えていた。

 ピンチを切り抜けた喜びや、決勝進出の喜びや、秋の大会で打たれた恨みを晴らせた喜びとか、とにかく、色んな喜びに埋め尽くされたせいで、無意識に吠えてしまったのだ。



 最後に整列して、大きく頭を下げると同時に、試合終了のサイレンが鳴り響いた。


 俺の今日の投球成績は九回を投げて無失点の被安打は4、四死球は1で、奪三振は毎回の14K。


 ベンチ前で、哲也とキャッチボールをしながら、整備されていくグラウンドを見る。

 明日もこのグラウンドで試合が出来る。明日はどっちと試合ができるのだろうか?

 ぼんやりと脳が考える。うん、試合が終わって一気に疲れが来た。


 ともあれ、春季県大会準決勝は3対0で勝利し、我が校は無事、決勝に進出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ