102話
試合後、いつものごとく反省会をおこなう。
守備のほうは概ね問題なかったが、やはり打撃面は佐和ちゃんの苦言が目立った。
岡野は県内屈指のピッチャーだが、彼よりも凄いピッチャーは全国に行けばゴロゴロいる。岡野程度で苦戦していては夏は勝ち上がれない。
佐和ちゃんの言葉を要約するとこの通り。
春の大会が終わったら、打撃力強化もしていきたいと佐和ちゃんは話していた。
こうして反省会も終えて、あとはバスで山田市まで帰るだけだ。
「佐倉君!」
そんな俺たちを待っていたかのように、鵡川がやってきた。
「鵡川か」
「お疲れ様。凄い格好良かったよ」
「サンキュー」
鵡川は俺のピッチングを労い褒め、そしてはにかみ、頬を赤らめる。
彼女に俺は一言感謝しつつも、良ちんの敗北を思い出した。
「弟ちゃん、負けちゃったな」
「あぁうん。でもあれは良平のせいで負けたようなもんだし、良平を慰める気はないかな」
鵡川、お前って案外厳しいのな。
いやまぁ、あの負けは擁護できないか。
「なんだ? 鵡川は英雄の応援にでも来たのか?」
俺と鵡川が話しているところを見て、佐和ちゃんがやってきた。
なんだこの人、めっちゃ顔に悪い笑みを浮かべてるぞ。
「あっ佐和先生。お疲れ様です」
「おぉお疲れ。それより、鵡川は英雄の応援か?」
そこ気になるのかお前は。
ニヤニヤ笑う佐和ちゃん。これ絶対に俺をからかう気だろう。すげぇ嫌なんだけど。
「違います。私の弟が斎京学館の選手なんで、応援に来たついでみたいなものです」
「ほぉ…」
ニヤニヤした表情を崩さないまま、こっちを見てくる佐和ちゃん。
なんだその目は、なんだその態度は、ウザい。激しくウザイぞ!
っと俺の肩に手を回す佐和ちゃん。
俺と佐和ちゃんは鵡川に背を向ける形となった。
「英雄」
「なんですか?」
俺の左肩に左手を置きながら、耳元で俺の名前を呼ぶ佐和ちゃん。
すぐそばにある佐和ちゃんの顔は、凄い悪い笑みだ。こういう笑みを浮かべている時の佐和ちゃんは大抵ダルい。
「我が部は、恋愛OKだぞ」
そう言って満面の笑みを浮かべる佐和ちゃん。
…なにを言ってるんだこいつは?
「あの佐和先生…」
「なんだ? 感謝しなくても良いんだぞ! 高校球児とはいえ一人の青春を生きる男児だ! 恋愛の一つや二つ許してやる!」
なんだ? その分かったような口ぶりは?
言っとくが、あんたの考えてることは的外れも良いところだからな?
「…あの佐和先生」
「どうした? 礼ならしなくて良いと言っただろう?」
「ウザいです」
「はっはっはっ! 照れるな貴様ぁ!」
そう大笑いしながら、佐和ちゃんは俺の背中をバンバン叩く。
あまりに強くて、思わずむせてしまう。
ウザい。この監督激しくウザイぞ。
「大丈夫、佐倉君?」
咳き込む俺に、鵡川が優しく聞いてくる。
俺は咳き込みながらも、平気だとジェスチャーする。
「英ちゃんお水!」
岡倉が水の入ったペットボトルを持ってくる。
それを受け取り、水を一口飲んだ。
「悪い岡倉。助かった」
「えへへ、これでもマネージャーですから!」
などと言いながら、岡倉は鵡川をじろりと睨む。
何故睨む理由があるのだろうか? もしかして俺と仲良くしているところを見て嫉妬したのだろうか? 安心しろ岡倉、鵡川は俺に対して恋愛感情はない。これは間違いないだろう。
「英雄、今のうち、はっきりさせとけよ」
岡倉と鵡川の間に感じる、見えない火花をイメージしていると、恭平が近づいてきてそんな事を言ってきた。
「何を?」
「三角関係はマズい。あるゲームで、それは実証済みだ」
そう小声で言う恭平だが、まったく意味が分からなかった。
岡倉はまだしも、鵡川が俺のことを好いているなんてありえないだろう。だってあの子、俺に対して恋愛感情あるような素振り見せてないぞ?
「三角関係作るほど女性関係優れてねぇよ」
「ははっ英雄。主人公でもねぇくせに鈍感ぶるなよ。キモいぞ」
笑顔で罵倒してくる恭平。
俺の肩をポンポン叩く恭平の手を掴み、俺も満面の笑みを浮かべながら軽く手首をひねった。
お前にだけはキモいなどと言われたくない。
とりあえずバス乗り場で鵡川に別れを告げる。
その後、やけに話しかけてくる岡倉が、無性にウザかったのはここだけの話しだ。
「さて、地方大会まで、後2つとなった」
帰りのバスの中で、佐和ちゃんが前に立ち、そんな事を言い始める。
穏やかだったバスのムードは一変し、シーンと空気が張り詰めていく。
「次の相手である荒城館は、秋の大会で勝利している。相手もレベルアップしているが、こっちもレベルアップしている。すでにお前たちは県内強豪と肩を並べる力を持っている。だから気持ちで負けないように」
「はい!」
佐和ちゃんの言葉に、一同が力強く返事をした。
俺はと言うと、眠気と格闘しながら聞いていたので、返事はしていない。
「決勝は、理大付属か酒敷商業の勝者だ。理大付属には、去年の秋に負けてるからな。出来れば戦いたい。どちらにせよ結果は明日の試合で分かる。第一試合が俺達の試合だ。そこで点差を付けて、決勝の相手を威圧してやろう」
「はい!」
またも佐和ちゃんの言葉に、一同が返事を返した。
それを聞き終えて、俺は寝てしまった。
なので、その後の佐和ちゃんの言葉を聞いていないが、まぁ良いだろう。
バスで学校に到着する頃、俺はようやく目を覚ました。
だいぶ疲れがあるな。明日の試合まで疲れを残さなきゃ良いんだが。
「英雄、大丈夫?」
俺が目を覚ましたことに気づいたようで、隣に座る哲也が聞いてきた。
「なにが?」
「疲労の事。明日は準決勝、明後日には決勝戦だ。今日も九回完投だし、大丈夫かなって」
哲也が心配する気持ちは分かる。
俺だって不安はある。三連投なんて下手すりゃ生まれて初めての挑戦かもしれん。
明日の荒城館で勝てたとしても、明後日の試合で疲れでボールが走らない場合だってある。
「不安はあるけど、やってみなきゃ分からねぇし、とにかく今は疲れを残さないようにしなくちゃな」
とにかく今はこの疲労をいかに残さないかを考えるしかないだろう。
学校到着後、グラウンドに行き、軽く練習をして上がり。
俺はブルペンで哲也を座らせて、20球ほど軽めに投げて、ブルペンを後にする。
「英雄! 投げ終わったか?」
ブルペンから出ると佐伯っちがやってきた。
「えぇ」
「じゃあ、今からここに寝ろ」
そういって佐伯っちが指さしたのは地面に置かれたエアマット。
「…えっと、今から何するんですか? 言っときますけど、俺は男色趣味はないですからね」
「なにを言ってるんだお前は? 今からマッサージをするんだ。だから早く寝ろ」
「え…佐伯っちってマッサージできるんですか?」
さすがに不安だ。
いくら顧問といえど、マッサージの資格とかない人に俺の筋肉を揉んでもらいたくないんだが。
「あん摩マッサージ指圧師の資格持ちだ。安心しろ」
…Why?
「あれ? その資格って国家資格でしたよね?」
「あぁ、はり師ときゆう師の資格も持ってるぞ」
そういってドヤ顔かます佐伯っち。いや、ドヤ顔かますぐらいの凄い事なんですけどね、これ。
この人やばすぎだろう。ただの若いだけの先生じゃなかった。
「…あの佐伯っちの経歴を知りたいんですけど」
「まぁそこらへんはマッサージしながら話してやろう」
という事で、佐伯っちに指圧されながら、経歴を聞く。
高校卒業後、三療師(はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師)の受験資格を手に入れ、教員免許を取るために短大に進学。その間に三療師全ての免許を取得。
そして教員免許を取得し、今に至るそうだ。
「なぁ佐伯っち」
「なんだ?」
「…今度から佐伯先生って呼んでもいいかな?」
この人マジでやばすぎるだろう。
「お前が俺のことを認めてくれるのは良いが、お前に先生呼ばわりされるとムズ痒いからやめてくれ」
なんで俺が先生と呼ぼうとすると、みんな拒絶反応を起こすんだ…。
「ってかさ、なんで三療師の免許総なめにしたのに教師なんかやってるんだ? 針灸マッサージなんでもござれなら、病院開いたり、スポーツトレーナー目指したり、色々できただろう」
「そうだな、どうして今高校教員なんだろうな?」
いや、俺に聞かれても分かんねぇよ。
大体、針灸マッサージ師なら、専門学校の教員にだってなれるし、一部の特別支援学校でも教員にもなれるはずだ。
なんでよりにもよって教員免許を取ってまで高校教師になってるんだこの人。
「高校教師になっても、針灸マッサージの資格なんて役に立たないだろう? 宝の持ち腐れも良い所だ」
「あーそれに関しては、今存分に発揮されてるだろう」
嬉しそうに佐伯っちが呟いた。
いや、うん。確かにそうだけど…。
「元々は自分の病院開きたかったんだが、いかんせん資金が足りなくてな。どうせ金を貯めるなら、もう一つやりたかった職業の高校教師をやりたいと思ってな」
いや、そのために短大通うお金が無駄になってるんですけど…。
うーん、佐伯っちって案外適当な性格なのかもしれん。
だけど、今こうして指圧されている以上、佐伯っちを馬鹿にする発言は控えよう。
こうして佐伯っちにマッサージしてもらい、本日の練習は終了。
家に帰り、風呂に入って、飯を食う。
明日も投げるが、いつも通りの夜を終えて、自室で沙希に電話をする。
晩飯の食事中に沙希から電話が来ていたので、俺が折り返し電話をした形だ。
沙希は今日の試合の結果を聞きたかったらしい。
とりあえず今日の試合について話したあと、ついつい日常の話題へと移っていき、雑談へと入っていく。
そうして現在通話時間が1時間を越えた。時計を見て初めて1時間も経っていた事に気づいて驚愕してしまった。これ、今月の通話料金やばくないか?
「なぁ沙希」
≪ん? どうしたの英雄?≫
「もう電話切って良い? 電話料金が死んじゃうから」
≪あっ、もう1時間も話してたんだ。気づかなかった。じゃあ明日も頑張ってね。決勝ぐらいは見に行くから≫
「はいはい」
適当に沙希の返答して、電話を切る。
1時間29分48秒。さて来月請求される通話料金はいくらになるかな?
まぁいっか、とにかく寝よう。
スマートフォンを充電器に差して、一度部屋から出て洗面所に行き、歯を磨いてから部屋に戻り、部屋の電気を消して、布団にもぐる。
チロリロリン♪ チロリロリン♪ メールを受信しました!
ここで、そんな音が耳に入る。
せっかく眠気がやってきたのに、何故今メールが届く。もしかして沙希か? まだ言い忘れていた事があったのだろうか?
重たいまぶたを開けて、スマートフォンに手を伸ばす。そうしてスマートフォンを開き、受信メールを見る。
メールは恭平からだった。
『なぁ目玉焼きに何かける? もちろんケチャップだよな?』
スマートフォンを粉砕するところだった。
なんて下らないメールを寝る前に送ってきやがって、俺の眠気を返せ。
『塩だよ! ってか早く寝ろ、永眠しろ』
そうメールを書いて送信。
んで、スマートフォンの電源を切っておく。あいつの事だ。絶対第二陣、第三陣とメールを送ってくるはずだ。
よし、これでオッケーだ。睡眠体勢に入る。
その後、30分ぐらい眠れなかった。
翌朝、スマートフォンの電源を入れ、メールを確認する。
案の定、恭平からメールが複数来ていた。 下ネタと、くだらない質問、マジで寝る前に送ってくる内容じゃない。
相変わらずだなあいつ。




