101話
第二試合、酒敷商業と丘城南の試合は3対0で酒敷商業が勝利となり、今日第三試合を迎えた。
丸野高校と山田高校の一戦。
丸野高校エース岡野は県内屈指の好投手と評判。去年の秋にはチームを県大会四位に導く好投を見せた。
最速は136キロ、スライダー、カーブを中心に、フォーク、シュート、カットボール、チェンジアップと多くの球種を投げ分ける。
軟投派ピッチャーというよりは技巧派ピッチャーという評価が近いか。変化球は複数投げ分けられるが、主に使うのはスライダーとカーブのみ、他の球種は目線をそらしたり、相手の予測を外す為だったり、カウントを稼いだりするときにに投げるはずだ。
丸野高校は本来打撃力が自慢のチームだ。
去年の夏は、監督自身が「瀬戸内海のやまびこ打線」などと豪語するほど打撃に力を入れている学校だ。まぁ結果は二回戦で酒敷商業に当たり、完封負けを喫していたがな。
秋も打撃力を重視し、毎試合大差での勝利を収めて県大会四位。ひと冬かけて、さらに打撃を鍛えてきているのは確かだろう。
故に、俺は今すごく楽しみで心がワクワクしている。
県内屈指の好投手と投げ合えるどころか、県でも有数の打撃力を持つチームと対峙できるのだ。ここで心躍らずして、いつ心を躍らせるか!
「ふふっ…滾るぜ…!」
もうすでに準備万端だ。
さぁ今日は何点取られちゃうのだろうか? 1点、2点で抑えられれば及第点かな?
いや、そういう気持ちはダメだ。完封勝利してやる! ぐらいの心意気で挑まねばな!
さて、試合が始まった。
先攻は丸野高校。一番バッターは左打席に入る。
うんうん、体格は良し。面構えも悪くない。そうだ。これぐらいじゃないと俺も抑える気が起きないというものだ。
強敵ほど俺の心を躍らせてくれる。
哲也の初球のサインはインコースへのまっすぐ。
俺は小さく頷き、投球動作へと移る。
さぁ、すげぇ打撃力を見せてくれ!
左腕を鞭のようにしならせ、カタパルトのように白球を投擲する。
真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに飛ぶ白球は、そのまま哲也のミットに鳴き声を轟かせて収まった。
「…あれ?」
首をかしげる。相手バッターの表情はなんか違う。
なんだその驚いた表情は? 違うだろう。そこはバシッと無表情で見逃してくれよ。
おいおい、白けるなぁ。そんな先頭バッターじゃチームも士気も上がらんだろう。うちの先頭バッターを見習え。
返球を受け取る。
一瞬緩まった気持ちを再び引き締める。
相手は強力打線。ここで気の緩みがあれば、間違いなく長打の一つや二つ打たれてしまう。
気を引き締めねば…。俺は帽子を目深に被り、ため息をついて集中を高めた…。
「ストライクバッターアウト!」
今日三度目の宣告。
俺は呆れた表情を浮かべて、深い溜息をついた。
「なんだこいつら」
ぼそっと呟く。
ありえねぇ、いくらなんでも弱すぎる。本当に県内屈指の打撃チームなのか?
三者連続三振。初回の結果だ。
普段なら大喜びするところだが、なんとも言えない気分になった。
丸野高校って、打撃力が売りじゃなかったのか?
ベンチに戻る。控え選手たちに称賛されているのに素直に喜べず、気分ははれない。
「佐和ちゃん、丸野高校って打撃が売りなんだよな?」
「まぁあくまで自称だけどな。丸野高校の監督は、自称打撃指導の達人だからな」
そういってニヤッと笑う佐和ちゃん。
あぁなるほどね。
「かつて甲子園を騒がせたやまびこ打線。それを見て憧れて、自分の手でやまびこ打線を作りたいらしい。俺も若い頃に、一度あの監督の練習風景を見せてもらったが、まぁ打撃指導の達人とは言えんなぁ」
佐和ちゃんが馬鹿にするように鼻で笑った。
「とはいえ、打撃力は県内でも上の方じゃないか? 簡単に抑えているのはお前の実力だ」
不敵に笑う佐和ちゃんが俺へと視線を向けた。
なるほど、俺はすでに県レベルを大幅に越えて全国レベルに行っていると褒めているのか。
「ありがとうございます」
「何故そこだけ敬語か? ともかく、あっちのエースは本物だ。間違いなく県屈指の好投手だろう。油断してると痛い目みるぞ」
「了解っす」
マウンド上で投球練習を始めた相手エース岡野を見る。
右のスリークォーター。確かにピッチングフォームは綺麗だ。あれなら多少筋肉がなくてもそこそこ速いボールを投げれるだろう。コントロールもだいぶ安定するだろうし、好投手なのは間違いないか。
さて一回裏の攻撃。
一番は我らの切り込み隊長、変態クソ野郎嘉村恭平だ。
「よっしゃあ! 来いやおらぁ!」
バットの先をマウンド上の岡野に向けながら吠える変態。
岡野はノーワインドアップモーションから初球を投じる。
初球、相手バッテリーが選んだのは変化球。
おそらくカーブか。ゆるい変化球に恭平はタイミングを崩し豪快な空振りをして見せた。
久しぶりに恭平が初球を打てなかったな。
ベンチからでも、ボールの軌道が見えた。おそらくカーブ。結構な変化量だ。
続く二球目はストレート。これを恭平は捉えるも打球は詰まらされ、ライト前にふわりと飛ぶフライとなった。
これをライトの選手が危なげなく捕球しワンアウト。
続くバッターは二番の耕平君。
こちらもカーブの後のストレートを打たされてサード正面のゴロに倒れる。
なるほど、カーブとストレートの緩急差を使ったピッチングか。
あのカーブの完成度は高そうだ。こればかりは打席に入ってみないと分からないか。
ツーアウトになり、迎えた三番龍ヶ崎は空振り三振に終わった。
やはり好投手という評判は本物らしい。
こっちは満足いく選手で良かった。これで噂以下のピッチャーだったら、それこそ投げる気も起きなくなるぐらい白けていただろう。
二回の丸野高校の攻撃。
この回、四番、五番と迎えたが、どちらも期待はずれの出来、マジで打撃チームだと自称するにしても、もうちょい打てるバッターをクリーンナップにおいておけよ。
そんな文句を胸の内で呟きながら、この回も三者凡退で抑えてマウンドを降りる。
文句はたくさんあるが、まぁこの打線なら失点することはないだろう。
「英雄! ナイスピッチング!」
ベンチに戻ってきた俺を佐和ちゃんが笑顔で迎え入れる。
「だが油断はするなよ。斎京学館の例もあるしな」
まるで俺の胸の内に隠した慢心を見抜いたように佐和ちゃんが忠告してきた。
忘れていた。斎京学館はわずか1失点で負けたんだったな。
今日の試合、俺たちもそうならない保証はない。失点することなんてないと油断するのはやめておこう。
二回の裏、この回の先頭は大輔。
五番の俺がネクストバッターサークルに腰を下ろし、大輔の打席を見守る。
相変わらず打席に入るだけで、試合の空気を変えてくれるなあいつは…。
マウンド上の岡野も、大輔の異様さに気づいたようだ。あいつは一味違うと、油断すればやられると、そんな思いに駆られているだろう。
あいつと対峙するピッチャーは、皆恐怖するはず。あいつにはそんな威圧感にも似た雰囲気をまとっている。
マジで味方だと頼りになる男だ。敵だったら間違いなく戦いたくねぇ。球場全体からブーイングを浴びようとも全打席敬遠してやる。それぐらい大輔は規格外だ。
初球、カーブから入った相手バッテリー。
それを大輔は迷うことなく打ち抜いた。
打球はレフト方向にぶっ飛んでいく。ファールゾーンへと切れていくが、勢いは最後まで落ちず、そのままファールゾーンのスタンドに突き刺さった。
相変わらず、えげつないバッティングをしてくれる。
岡野の表情は変わらない。そこらのピッチャーだったら、あの一撃を見て飲まれるんだがな。
やはり県内屈指の評価は伊達じゃないようだ。うんうん、余計に投げ合いがしたくなる。
二球目、外に一球外れる変化球。
落ちる軌道だったし、フォークかな? バッターサークルからだと、詳しい軌道が見えないから何とも言えない。
大輔はこれを見逃してワンボールワンストライクのカウントとなる。
三球目もボール球になる変化球。
ゾーンギリギリを攻めているのだろう。最悪フォアボールで歩かせてもいいと判断したか。
悪くない判断だが、まだまだ甘い。
あの馬鹿野郎と勝負しようなんて考えるのは間違いだ。ここは素直に敬遠しとくのが正解だろう。
四球目を投じる岡野。
それを大輔は打ちに行った。
「ほらな」
大輔のバットから鳴る爆音に球場が支配される中、俺はボソリと呟いた。
多少ボール球だろうと、大輔には関係ない。打てると判断したら打ちに行く。そして確実にそれを決めてくる。
大輔を抑えたいなら、もう少し技術を高めないと無理だって話だ。
打ち上がった打球はホームラン性の当たり。
俺が入部してから、何度も見た大輔の打球。
打球はまもなくレフトスタンドに飛び込んだ。
先制のソロアーチ。二試合連続のホームラン。
マジでこんな化け物が高校途中から野球を始めたってんだから、世の中何が起こるか分からないな。
大輔と同じ学校に進学したってだけでも、山田高校を選んだかいがあるというものだ。
「ナイスバッチ大輔!」
「おぅ! 俺は四番の仕事を果たしたぞ!」
笑顔を浮かべる大輔。
今の発言は、良ちんとは違うアピールか、それとも俺にエースとしての仕事を果たせよと言う脅しか。まぁどちらにせよ、俺は打たれるつもりはないけどな。
大輔がホームランを打った後も、岡野は崩れなかった。
結局のところ、我が校は最終回までに2点しか取れなかった。
大輔のホームランと、六回に俺のヒットでもぎ取った得点のみ。
こちらの打線はヒット6本に抑え込まれ、岡野の好投手っぷりを見せつけられた気分だ。
とはいえ、俺が八回まで投げて被安打1本の無四死球の無失点で、相手打線を抑え込んでいるので、これ以上の得点はいらないのだがな。
2対0で最終回を迎える。
「バッチ打ってこーぜ!」
丸野高校側ベンチからの悲痛な叫びに、俺は思わず口元を綻ばした。
お前らじゃ打てねぇよ。俺は甲子園優勝予定の投手だぞ? もうちょいこう、打撃を鍛え直して来い。
さて、最後も抑えるぞ。
まずは先頭の八番である津野田が打席に入る。
今日は2打数無安打2三振と、完璧に抑え込んでいる。
哲也からの初球のサインはインコース低めへのストレート。
俺は頷き、ゆっくりと振りかぶり、そして投げる。
津野田はタイミングが合わないまま空振りしワンストライク。
続いて二球目、今度はアウトコース低めへのチェンジアップを投じる。
津野田は打ちに来たが、ボールはファールゾーンに転がっていく。
そして三球目、インコース高めの釣り球を空振りに仕留め、ワンアウト。
続く九番は細川。
一球目、二球目をボールにするも、三球目にスライダーで空振りを奪い、ツーボールワンストライクとする。
四球目。アウトコース低めへのカットボールを投じる。
コンパクトなスイングと共に快音が鳴り響いた。
だが打球は俺の横を抜けるゴロ。それをショートの恭平が捌き、ツーアウト。
あっという間にラストバッターを迎え、打順は一番に戻って瀬野を迎える。
今日は3打数無安打1三振で抑え込んでいる。
こいつは初球から俺のストレートを打ちにきた。
快音を響かせたが、打球はサード正面への強烈なゴロ。
「サード!」
「オッケー!」
俺の声に中村っちが返事を返して、打球へと立ち向かう。
巨体を盾にするように態勢を低くして、強烈なゴロを受け止める。
そうしてすぐさま、スローイング体勢に入り、ファーストへと転送。これをファースト秀平がしっかりとキャッチして試合終了。
県内屈指の好投手同士の試合は、2対0で我が校が勝利し、県大会準決勝へと駒を進めた。
今日の試合、ピンチと言えるようなピンチが無かった。ピンチフェチには不満が残る試合とも言える。
この不満は、明日の荒城館戦にぶつけよう。
秋の大会では四番に満塁ホームラン打たれてたし、今度は打たれてたまるものか!




