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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
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100話

 4月29日、丘城スタジアム。

 今日は春季県大会準々決勝が行われる。明日は準決勝、明後日は決勝戦と続くために、俺は三連投になる予定だ。

 ちなみに今日勝つと、夏の県大会Aシードを獲得できるわけだ。

 我が校は第三試合、第一試合は斎京学館と荒城館の試合だ。


 「あれ? 佐倉君?」

 球場前でぼんやりとしていると、鵡川に声をかけられた。


 「おぉ鵡川か。良ちんの応援?」

 「うん。もしかして佐倉君も今日試合?」

 鵡川が笑顔で聞いてくる。いつもながら笑顔が眩しい。


 「あぁ、っても第三試合だけどな」

 「そうだったんだ」

 そういって朗らかに笑う鵡川。

 相変わらず天使だなこの子。


 「そういえば、ここ最近話してなかったね」

 「そうだな」

 彼女はぎこちなく笑う。

 今週の月曜日の朝、恭平に性癖を暴露と、妹をエロ本の為にダシに使ったと周囲から認識されたあの日から、鵡川とは妙な壁を感じていた。


 「佐倉君は、その…看護師さんとか好きなんだね…」

 ちょっと頬を赤くさせながら呟く鵡川。

 いや、ちょっとやめてくれ。そうだけど、好きだけどさ! 女の子と好きな性癖についての話なんかしたくはなかった。しかも学校一の美少女と誉れ高い称号を持つ鵡川には、特にこんな事言われたくなかった…。


 「ま、まぁな」

 「そ、そっかぁ…」

 凄い気まずい。


 「佐倉君と嘉村君がそういう話をしてるってのは噂で聞いてし、一年の頃も昼休みとかに見てたから、別に気にしてない…よ…」

 そういって視線を徐々に逸らしていく鵡川。

 あぁ、その優しさが俺を苦しめる。そこは素直に「キモイ!」とか「最低!」とか言ってくれた方が、まだこちらとしても対処できるんだけど、こういう反応されるとどう返答すれば良いか困る。


 「そうだな。とりあえず、妹を使ってエロ本をもらう気はなかった。それだけは信じて欲しい」

 とりあえず一番悪い噂となっているこれを解消したい。

 しかし、何故試合前に鵡川とこんな話をしているのだろうか?

 なんだろう。今の俺はすげぇ情けないな。


 一度恭平へと視線を向ける。恭平は鵡川の態度を見て、スゲェ笑いをこらえながら俺の指差している。あの野郎、ぜってぇ許さねぇぞ?


 「う、うん…」

 視線を合わせようとしない鵡川。

 なんだろう。生まれて初めてだ。女子に拒絶されて辛いとかなんとか仲直りしたいとここまで思ったのは。

 どうしてか、鵡川とは仲直りしたかった。別に普段から仲良くしているわけでもないし、たまに雑談するぐらい、メールのやり取りだって頻繁ではないし、かと言って俺や彼女が相手に恋愛感情を持っているなんて事もない。

 なのに、鵡川とだけは仲直りというか誤解を解きたかった。


 「…分かった。普段の生活は貶しても良い。だけどさ、野球の方だけはしっかりと応援してくれると嬉しい」

 すぐに仲直りや誤解は解けやしないだろう。

 だから、せめて野球だけは認めて欲しかった。


 「普段の生活はこの前みたいに毎日だらしないけどさ、野球だけは本気なんだ。だから、今までどおり野球だけは応援してくれると助かる」

 俺の頼みを聞いて、やっと鵡川が俺を見てきた。

 頬を緩ませて笑みを浮かべてみる。

 その笑みを見て、鵡川もやっと頬を緩ませてくれた。


 「分かった。応援する」

 「ありがとう。鵡川に応援してもらえると普段より頑張れる気がするからな」

 これはあくまでお世辞だ。

 別段誰に応援されようと、俺のテンションが変わることはない。


 「そっか。佐倉君って本当に野球、好きだね」

 「あぁ大好き。こればっかりはナースよりも大好きだ」

 なんて冗談を言ってみる。

 やっと鵡川が微笑んでくれた。

 もしこれでドン引きされてたら、今頃俺、傷心状態になってただろうな。


 さすがに野球でも無様な姿は見せられまい。

 いいさ、恭平と言うでかすぎるハンデを乗り越えてこその天才だ。

 ここで俺のピッチングを見せつけて、鵡川と仲直りするどころか、むしろ惚れさせてやるぜ。


 「それじゃあ、私そろそろ行くから!」

 「おぉ、バシッと抑えるから楽しみに待ってろ」

 「うん、応援してるね!」

 そういって彼女は、俺たちとは反対方向のスタンド出入り口へと向かった。

 とりあえず、野球をしている時だけは鵡川から応援をもらえるみたいだ。


 なんだろう。マジで恭平との一件で一気に肩身の狭い状態に戻った気がする。

 なんだ、この懐かしい気持ちは…。まるで高校一年生の時に戻ったようだ。あの頃も恭平のおかげで相当女子から嫌われてたしな。


 「英雄! どんまい!」

 そういって肩を叩いてくる恭平。すげぇ嬉しそうな顔を浮かべている。

 ここで一発ぶん殴ってやりたいが、さすがに試合前に暴力沙汰はまずいので我慢しておく


 「鵡川に応援してもらえると普段より頑張れる気がするからな」

 なんか顔を決めて、声の調子を変えてなんかほざいている恭平。

 やめろよ。俺だってちょっとクサいセリフだったなって、今になってちょびっとだけ後悔してるんだからな?


 「だってよ! 英雄も言うようになったな! ってかお前は鵡川よりもナースに応援されたほうが頑張るだろう! むしろ下の方が頑張っちゃうか!? わはははは!」

 そうして大笑いする恭平。

 うわ、すげぇむかつく。むかつくけど、ここで関節技とか決めたら、下手したら暴力事件に見られて、出場停止とかになりそうだ。

 くそ…あとで覚えとけよ恭平。人目が無くなった時がお前の最後だからな。



 三塁側スタンドへと上がり、第一試合の観戦をする。

 シード校斎京学館と、地区予選から勝ち上がってきた荒城館の一戦。

 この試合の勝者と我が校は準決勝で戦う事となる。個人的には斎京学館だな。さすがに良ちんとの対戦を夏まで待てない。できることなら、今すぐ試合したいぐらいだ。


 さて試合前の勝者予想。

 山田高校の部員たちは口を揃えて斎京学館が勝利すると予想した。もちろん佐和ちゃんも「戦力的に見て斎京学館が優勢」と口にするぐらい。

 むしろ勝つこと前提で、逆にコールド勝ちかコールド勝ちじゃないかで話し合いになるぐらいに、圧倒的に斎京学館が勝つと予想された。


 そりゃ当然だ。今日の先発は川端遊星。

 昨夏の甲子園を騒がした二年生で、ひと冬越してさらにボールに勢いがつき、全体的にレベルアップした。

 プロからも注目され、県内ナンバー1などと巷じゃ評判の怪腕だ。


 対して荒城館の最大の売りは打撃力。

 昨秋、俺もその片鱗を味わされた一人だ。あの打撃力は確かに脅威だろう。

 今回の大会でも、地区予選は全試合コールド勝ち、県大会でも一回戦、二回戦ともに6点差以上つけての勝利となっている。

 だが、同時に守備と投手に不安がある。典型的な打撃一辺倒のチームとも言える。


 だからこそ、斎京学館が勝つと予測された。

 斎京学館はエース川端に加え守備も堅く、打撃力も非常に優れている。

 こんな状態で荒城館に負けるなんてないだろう。俺だってそう思った。


 なのだが…。



 当初、斎京学館の一方的なゲームになると思われていた試合は、予想以上に息つまる投手戦となった。


 斎京学館のマウンドに居る川端は、さすがのピッチング。

 強力打線の荒城館を、序盤3イニングで、すでに8個の奪三振をとっている。


 一方の荒城館のエースは津郷(つごう)は、秋の大会で俺たちと対戦したときに登板したピッチャー。

 あの時は対して凄くなかったし、スタンドから見ている今も凄さを感じない。川端と比べても球速は遅いし、制球も悪そうだ。

 現に斎京学館は面白いよう打ち、毎回のようにチャンスを作っている。だが後一歩が出ない。


 それもこれも、四番の良ちんが不甲斐ないせいだ。

 やはり初回、あの場面で打てなかったのが大きかったか。


 初回の斎京学館は、早速無死満塁のチャンスを作り、四番良ちんを迎えた。

 ここで1点でも入れば斎京学館の流れとなり、そのままなし崩しに荒城館は失点を重ねていただろう。

 そんな場面で、良ちんはまさかの空振り三振で終わった。

 勢いを一気に削がれ、そこから斎京学館は、無死満塁というチャンスを生かせず、まさかの無得点に終わった。

 ここからだ。斎京学館の打線になんというかズレが生まれ始めたのは。


 三回にも良ちんは無死三塁のチャンスで打席に立つも、サードライナーのゲッツー。

 やはり、どこか打線にズレを感じる。良い当たりは打っているのだが、どれも正面を突いている当たりばかり。チャンスを作ってもあと一本が出ない。

 そういう状態が続くと、余計に立ち直るのが難しくなる。

 そして打撃の不振は、守備、そしてピッチャーへと波及する。



 味方の打線があと一本が出ず苦しむ中で、川端の快投は続く。

 四回、五回、六回とノーヒットで抑え、ここまでパーフェクトピッチングを続ける川端。

 やはり、あいつは一つ上のレベルでピッチングをしている。まさに全国クラス、県大会でこのレベルの好投手と投げ合えるかもしれないとは、俺も運がいいな。


 七回に1本ヒットを打たれた川端だが、そこから崩れず後続を断ち切り、結局0対0のまま残り2イニング。

 この間、打線の方はチャンスは作るが一本が出ない歪な状態が続いている。監督がどうこうしている様子はない。

 まだ春の県大会だから、選手たちだけで解決させようとしているのだろうか?

 だが、いい加減、相手のエラーでも、偶然入ったホームランでも良いから1点は取らないと、そろそろ川端も限界を迎えるだろう。

 俺だったら、こんなしんどい試合、さっさと降板したいわ。


 そして八回、ついに試合が動いた。


 八回の表、斎京学館の攻撃。

 ここまで1安打しか許していなかった川端は、この回先頭バッターの四番遠藤に対し、失投を投じてしまう。それを打たれて、レフトオーバーのスリーベースヒットで、一気にゲームが動く状態が作られた。

 荒城館にとっては千載一遇のチャンス、斎京学館にとってはついに来てしまったピンチだ。

 ここで1点入るか入らないかでゲームは決まるだろう。

 川端の表情も変わり、球場の空気も張り詰める。


 荒城館は普段通り強気に行くか、それともスクイズで確実性を選ぶか。


 そして荒城館が選んだのはスクイズ。


 初球スクイズを試みる荒城館の選手。

 だが普段はバントをしていないせいか、勢いを殺せず、サード正面に転がるクソバントをしてみせるバッター。


 サードの良ちんはすでに打球へと向かっており、ホームに投げてもクロスプレーでアウトにできるタイミングだ。

 良ちんは勢いよく転がるボールを、グラブのはめていない右手で掴み、そのまま素早くホームにすローイングする。


 しかし、ボールはキャッチャーの頭を越す大暴投。

 キャッチャーが暴投したボールを捕りに行く間に、三塁ランナーはホームに滑り込んだ。

 荒城館の選手たちが歓声をあげた。良ちんは呆然と立ち尽くしている。


 センターにあるスコアボードには「E」のランプが点灯した。

 良ちんのエラーによる失点。


 だが、普段の斎京学館なら1点ぐらいどうっとでもなるだろう。

 しかも相手が荒城館なら、逆転することだって可能だっただろう。普段通りだったらな。


 斎京学館は結局、最後までチャンスを作るも、あと一本が出なかった。

 そして27個のアウトが記録されたとき、ゲームは終了となった。


 1対0。

 相手のエラーによる得点のみで荒城館は昨夏の県王者に勝利した。

 勝者である荒城館のヒットはわずか2本に対し、敗者となった斎京学館は10倍の20本もヒットを打っていた。前代未聞の結果だ。こりゃあネットの方は大騒ぎになるだろうな。

 ちなみに斎京学館は、満塁のチャンスが4度あったが、全て凡打や三振で終わっている。



 「まさか斎京学館が…」

 哲也が、唖然とした表情を浮かべながら呟いた。

 グラウンドでは悔し涙を見せる選手もいる。その中に良ちんもいた。

 今日の斎京学館の敗因は、間違いなく四番の良ちんだろう。


 今日の良ちんの成績は、5打数無安打4三振。四番がこの有様じゃ、どうしようもない。

 しかも良ちんのエラーで負けている。

 人間、好調不調の波はあるが、今日の良ちんは絶不調だったな。厄日かなんかじゃないか?

 良ちん、こんな無様な結果じゃ、最悪干されるかもだな。


 斎京学館は少数精鋭という方針をとっているが、うちよりも部員がたくさんいるのは確実だ。少なくとも一軍と二軍を作れるだけの部員はいるだろう。

 そんだけいれば、一度のミスでスタメンを外されても当然だろう。

 良ちん、俺はお前と戦いたかったが残念だ…。夏は俺たちが甲子園に行かせてもらうぜ。


 なんて事を考えながら球場を後にし、アップを始める。

 斎京学館の例もあるし、油断は天敵だな。

 たった一度のミスでも負ける。それが高校野球の怖いところ。

 もう知り尽くしたつもりなのに、改めてその怖さを思い知らされたゲームだった。

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