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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
5章 鏡世界
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4話 説明

 一回二回、そして三回とお互いの武器を交し合う。その度にくるみは目を瞑っていた。髪のリボンが忙しく左右に揺れ、髪が行き場を見失い宙を踊っていた。


「くるみ、どうにか武器を離せるか!?」


 そう言ってスプーンを思い切り剣にぶつける。麻痺したのか、手のひらに感覚がない。剣は弾かれるだけでその手から離れない。システム上装備を手放すようなコマンドはなかったと、改めて冷静になる。


「新谷くん、何が何なの! どうして私はこんな……ひゃんっ」


 くるみがその場に一瞬で屈んだ。懐を下から狙うつもりか。俺は右足を思い切り振って剣を蹴り飛ばした。このスプーンといいくるみの剣といい、堅さと重量が明らかに釣り合っていない。ゲーム内の設定は随分と甘いようだ。


「説明の時間は……なさそうだっ!」


 スプーンを振りかぶる。ワンパターンの攻撃ではダメだと思いつつ、思い通りに体を動かせるほど器用でもない。対してキョウは、くるみの体の柔らかさもあって自在な攻撃を仕掛けてくる。後手に回ったら追い詰められる。


「ニィちゃん、どうして魔法を使わないんだい。それだけ強い心があれば、鏡がなくても十分な力が使えるだろうに」


 いつの間にかくるみとの距離が置かれて、キョウはその手を止めていた。


「どうしてって……使えないからだ」


「どうしてだい、ニィちゃん」


 キョウの声が低くなる。怒っているのか、どことなく残念そうな表情だった。


「……残念だよ、ニィちゃん」


 キョウはくるみを全速力で突っ込ませる。その剣先に全力を込めるように体を屈めている。避けるか、いや、真後ろにテレスが寝ている。まさか止めを刺す気か。重心を落として衝撃に備えた。


「おらあああああ!!!!」


 くるみの、キョウの剣と俺のスプーンが衝突し耳を劈くような轟音がして、視界が真っ白に染まった。


 次に視界に映ったのは、空の色だった。それは柔らかく靡いて、ほのかにシャンプーの香りがした。


「キョウさん、あなたは三つ間違えた。一つ目は勝ち目のない勝負を挑んだこと。あなたはゲームの世界を現実にしたかった。願いを叶えてしまったあなたに勝機はない。それが一つ目」


 俺が持っていたはずのスプーンは、その少女の元に移っていた。全員が呼吸を忘れた空間で、優美にスプーンを持ち歩く。


「テレスちゃん……いや、まさか」


 くるみが目を疑っている。俺は既視感に囚われていた。凛人と戦った時にも少女は現れた。


「二つ目。十三枚目の鏡は確かに強力だけど、それに驕ってしまった。それが二つ目」


「アリス……?」


 俺は少女の名を口にした。間違いなかった。だが、アリスにしてはいつもと様子が違った。


「三つ目。人を見極められなかった。これは本人に聞いた方が早いよね。十二枚目の鏡の持ち主--神田くるみさん」


「アリス、さっきから何を--」


 俺ははっとくるみを見た。その顔は笑っていた。くるみはすたすたとキョウに向かって歩く。


「『春の闇』もう少し遊びたかったのに……残念」


 くるみの手に漆黒の槍が現れた。酷く見覚えのある武器だった。四葉の胸に刺さっていた槍そのものだった。それが、吸い込まれるようにキョウの胸を抉ると、真っ赤な鮮血がぼたぼたと溢れ落ちる。


「おい待てよ、くるみ!! どうなってる、アリス!!」


 くるみはキョウから解放された鏡を胸に宿した。血の気を失ったキョウの死に顔は、痛々しいほどに笑みに溢れていた。


「お兄ちゃん、ごめんなさい。後で説明するから」


 すたすたと歩いてきたアリスが、俺の腹にスプーンを突き刺した。


「それまで……待ってて」


 ポンっと音を立てて、俺の胴体に大きな穴が生まれた。


「はっ……?」


 スプーンの背で胸を叩かれ、胴体が消え去った。両肘から先の腕が地面に落ちて、光と共に消え去る。支えるものを失った首が、重力に従って地面に落ちると、俺の視界は真っ白になった。


 最後に見たアリスの表情は、どこか怒っている気がした。





 気が付くと俺は、どこかに立っていた。きちんと胴体があり、腕もある。目の前には黒いもやのような球状の物体が浮かんでいた。


「Ei……boa noite」


「悪いが日本語で頼めるか」


 靄は形状を徐々に変え、人の形に近づいていた。


「はじめまして……あ、いや、これはお兄ちゃんだね。お久しぶり、鏡世界は楽しかったかい」


「楽しいも何もなかったよ、それより現状が分からなくて困るばかりだ」


「ふーん……」


 興味がなさそうに靄は歩き出した。俺はその場に座ってアリスを待つことにした。何にもない空間に溜め息を残して。

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