4話 説明
一回二回、そして三回とお互いの武器を交し合う。その度にくるみは目を瞑っていた。髪のリボンが忙しく左右に揺れ、髪が行き場を見失い宙を踊っていた。
「くるみ、どうにか武器を離せるか!?」
そう言ってスプーンを思い切り剣にぶつける。麻痺したのか、手のひらに感覚がない。剣は弾かれるだけでその手から離れない。システム上装備を手放すようなコマンドはなかったと、改めて冷静になる。
「新谷くん、何が何なの! どうして私はこんな……ひゃんっ」
くるみがその場に一瞬で屈んだ。懐を下から狙うつもりか。俺は右足を思い切り振って剣を蹴り飛ばした。このスプーンといいくるみの剣といい、堅さと重量が明らかに釣り合っていない。ゲーム内の設定は随分と甘いようだ。
「説明の時間は……なさそうだっ!」
スプーンを振りかぶる。ワンパターンの攻撃ではダメだと思いつつ、思い通りに体を動かせるほど器用でもない。対してキョウは、くるみの体の柔らかさもあって自在な攻撃を仕掛けてくる。後手に回ったら追い詰められる。
「ニィちゃん、どうして魔法を使わないんだい。それだけ強い心があれば、鏡がなくても十分な力が使えるだろうに」
いつの間にかくるみとの距離が置かれて、キョウはその手を止めていた。
「どうしてって……使えないからだ」
「どうしてだい、ニィちゃん」
キョウの声が低くなる。怒っているのか、どことなく残念そうな表情だった。
「……残念だよ、ニィちゃん」
キョウはくるみを全速力で突っ込ませる。その剣先に全力を込めるように体を屈めている。避けるか、いや、真後ろにテレスが寝ている。まさか止めを刺す気か。重心を落として衝撃に備えた。
「おらあああああ!!!!」
くるみの、キョウの剣と俺のスプーンが衝突し耳を劈くような轟音がして、視界が真っ白に染まった。
次に視界に映ったのは、空の色だった。それは柔らかく靡いて、ほのかにシャンプーの香りがした。
「キョウさん、あなたは三つ間違えた。一つ目は勝ち目のない勝負を挑んだこと。あなたはゲームの世界を現実にしたかった。願いを叶えてしまったあなたに勝機はない。それが一つ目」
俺が持っていたはずのスプーンは、その少女の元に移っていた。全員が呼吸を忘れた空間で、優美にスプーンを持ち歩く。
「テレスちゃん……いや、まさか」
くるみが目を疑っている。俺は既視感に囚われていた。凛人と戦った時にも少女は現れた。
「二つ目。十三枚目の鏡は確かに強力だけど、それに驕ってしまった。それが二つ目」
「アリス……?」
俺は少女の名を口にした。間違いなかった。だが、アリスにしてはいつもと様子が違った。
「三つ目。人を見極められなかった。これは本人に聞いた方が早いよね。十二枚目の鏡の持ち主--神田くるみさん」
「アリス、さっきから何を--」
俺ははっとくるみを見た。その顔は笑っていた。くるみはすたすたとキョウに向かって歩く。
「『春の闇』もう少し遊びたかったのに……残念」
くるみの手に漆黒の槍が現れた。酷く見覚えのある武器だった。四葉の胸に刺さっていた槍そのものだった。それが、吸い込まれるようにキョウの胸を抉ると、真っ赤な鮮血がぼたぼたと溢れ落ちる。
「おい待てよ、くるみ!! どうなってる、アリス!!」
くるみはキョウから解放された鏡を胸に宿した。血の気を失ったキョウの死に顔は、痛々しいほどに笑みに溢れていた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。後で説明するから」
すたすたと歩いてきたアリスが、俺の腹にスプーンを突き刺した。
「それまで……待ってて」
ポンっと音を立てて、俺の胴体に大きな穴が生まれた。
「はっ……?」
スプーンの背で胸を叩かれ、胴体が消え去った。両肘から先の腕が地面に落ちて、光と共に消え去る。支えるものを失った首が、重力に従って地面に落ちると、俺の視界は真っ白になった。
最後に見たアリスの表情は、どこか怒っている気がした。
気が付くと俺は、どこかに立っていた。きちんと胴体があり、腕もある。目の前には黒い靄のような球状の物体が浮かんでいた。
「Ei……boa noite」
「悪いが日本語で頼めるか」
靄は形状を徐々に変え、人の形に近づいていた。
「はじめまして……あ、いや、これはお兄ちゃんだね。お久しぶり、鏡世界は楽しかったかい」
「楽しいも何もなかったよ、それより現状が分からなくて困るばかりだ」
「ふーん……」
興味がなさそうに靄は歩き出した。俺はその場に座ってアリスを待つことにした。何にもない空間に溜め息を残して。




