3話 装備
キョウに操られたくるみが地面を蹴った。走り来て、その勢いを殺さずに跳び上がった。ただの跳び蹴りなのでゲーム内では隙だらけなのだが、テレスとくるみの体格差を考えると受け止めることも難しく、くるみの体を傷つけるわけにもいかない。
「ちなみにニィちゃん、データはきちんとニィちゃんのものを使わせてあげているからね」
「ああ、そうかよ」
くるみの蹴りを避けると、脳内に実際のゲーム画面を浮かび上がらせた。装備変更画面が見えないため、記憶でアイテムリストから適切な装備を選ぶ。重すぎるとテレスの体に負担が掛かり、防御力が低いものだと意味がない。
キョウはくるみを退避させると、キーボードを高速で叩く。
「装備-道化師-」
その入力を終えると、くるみが着ていた制服が光になって消え、一瞬肌が露わになったと思うと、新たに気味の悪い服を纏った。
「相変わらず趣味が悪いな」
以前見たキョウのキャラクターの姿と同じく、白装束に道化師の仮面、そしてうさみみフードという謎の組合せだった。また、その手には手品用のステッキが握られている。
「なら俺もいくぜ、装--」
「お兄ちゃん、あっち向いて!!」
テレスが頬を赤らめながら言う。先のくるみの肌が見えたあの一瞬を思っての発言だろうが、一瞬な上にここからでは背面しか見えないだろうに。俺は後ろを向いてエンターキーを押した。
「装備-不思議の国-」
見えないが恐らく装備完了なはずだ。振り返るとテレスは自分の格好を確認していた。俺は何も触っていないのに動けているということは、キーボード操作とは別にテレスが主体的に動くことも可能なのだろうか。くるみが洗脳されたままだというのはその辺に理由がありそうだ。
「お兄ちゃん、これって……」
「あんまり気にしないでくれ……俺の趣味だ」
空色のエプロンドレスに、うさぎ耳カチューシャ、ニーハイソックス、懐中時計が腰から下がっており、手には等身大の銀色のスプーンが握られている。
「ききっ、茶番は終了だよ」
くるみの手に持つステッキが地面を叩くと、地面から鳥が生まれた。手品師のよく使う鳩だ。鳩は一直線にこちらに向かってくる。俺は素早くキーを入力し、テレスの持つスプーンで応戦する。スプーンの素材は銀ではないようだ。テレスが軽々と扱えている。
「ニィちゃん、相変わらずズルい武器だねえ」
鳩にスプーンを触れさせると、光と共に鳩が消え去った。
「ズルいって言われてもな……お前が開発したんだろ」
キョウがニヤリと口角を上げる。テレスの背後から、もう一匹の鳩が近づいていた。こっそりもう一匹生成していたようだ。それを避けさせる必要もなく、テレスは真後ろに壁を生成する。
「へえ、面白いねえ……ひひっ」
キョウは予想していたのかしていなかったのか、ただ気味悪い笑いを浮かべていた。
「キョウさん、あなたからは嫌な感じがするんです。妖気と言うか……その類……の…………」
テレスが苦しそうに胸を抑える。ゴホンゴホンと咽びながら、その場に崩れ落ちる。
「テレス、大丈夫か!?」
キーボードをその場に置いて、テレスの元へ駆け寄る。
「ニィちゃん……妹ちゃんは最初から顔色が酷かったけど、そんな状態で魔法を使ったらどうなることかねえ……きひっ」
「まさかお前わざと……」
だらりとテレスは腕の力をなくし、スプーンが地面に落ちる。首筋に触れると脈は正常だった、どうやら気を失ったようだ。テレスを壁際に寝かせるとスプーンを手に取った。
「おやおや、まさか生身で戦うつもりかい」
俺は不敵な笑みを浮かべた。キョウが入力すると、くるみの手の杖が消え、代わりに紅く光る宝剣が現れた。
「容赦なしってことかよ」
くるみが全速力で俺に刃を向ける。スプーンでどう対処するか、考えている暇はなかった。突き刺してくる剣先をスプーンのはらで受け止めると、全身に強い衝撃が走る。そのまま耐え切れずに後ろに吹っ飛ばされる。
「痛ってえ……」
手がジンジンと痛む。このスプーンは魔法を打ち消すが、物理攻撃には弱い。対戦中の武器の持ち替えは課金アイテムがなければ行えない。以前キョウと戦った際は持ち替えることがなかったのだが、まさか俺に負けてから購入したのだろうか。そんな負けず嫌いな一面に、思わず笑みがこぼれる。
「笑ってて良いのかい……!!」
「良いんだよ……っ!」
くるみの……いや、キョウの剣をスプーンの稜線で受け流し、くるみの胴体にスプーンを叩きつけようとすると、キョウは即座に距離を置いた。すかさず間合いを詰めるとスプーンで仮面を思い切り叩いた。
「いったあ……」
道化師の仮面は粉々に砕け、くるみが意識を取り戻す。魔法効果を打ち消すならばと思ったが、やはりだった。キョウは笑っていた。いつもの気味悪い笑みではなく、楽しそうに笑っている。
「最高だよ、ニィちゃん!!」
「え、ちょっ、体が勝手に……何これえっ!?」
くるみが戸惑うが、お構いなく戦いを続ける。キョウはくるみが自立行動する暇を与えずにくるみを操作する。その集中力とタイピングの正確さは、流石開発者と言わざるを得ない。
「くるみ、少し我慢しててくれ」
恐らくもう一回当てる、または背中かどこかに当てれば、くるみが操作下から外れ、このゲーム自体が終わるだろう。剣とスプーンが再びぶつかり合った。




