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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
5章 鏡世界
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2話 洗脳

 鎖に繋がれた少女は虚ろな目をしていた。拘束されるときに抵抗したのか、衣服は乱れ、膝は地面で擦った痕が見られる。トレードマークであった水色の髪リボンの片方は、鋭利な刃物で斬ったように二つに裂けていた。


「くるみっ!!」


 俺は叫ぶが、くるみは一切の挙動を示さない。


「ききっ、そういえば眠らせたままだったねえ」


 キョウが指をパチンと鳴らすと、くるみははっと意識取り戻した。


「ちょっ、何これ離しなさいよ!」


 くるみは逃れようともがくが、ただ鎖のぶつかり合う音が響くだけであった。


「くるみ、今助けるぞ!」


「お兄ちゃん待って、危ない」


 テレスに服の裾を掴まれ、駆け出そうとした足を止める。


「賢明な判断だねえ……流石は妹ちゃん、いや、金城博士の娘さんと言うべきかなあ、ひひっ」


「どうしてアリスのことを……」


「どうして? ひひっ、僕の親はあの博士の補佐の一人だったからねえ。妹ちゃんはお母様にそっくりだよ」


 キョウが初めてアリスを見たとき妙に焦っていたのはそういうことか。そして、アリスが鏡について無知だったからこそ俺達を利用したのか。


「キミたちは忌み数というものを知っているかい」


「13。欧米や西洋では特に避けられ、一種の恐怖症としても認知されている--それが何よ」


 くるみが即座に答える。


「その数字は鏡と深い関係があるんだけど、そこじゃない。何故忌まれているのか、そこが大切なのさあ……きひっ」


「それはねえ、13という数字が神の数字だからさあ。ひひっ、だからこそ人はそれを禁忌として畏れたのさ」


「何が言いたい」


「分からないのかあ……13枚目の鏡の持ち主、この僕こそが神に選ばれた人間だってことさ!」


十三枚目の鏡(エスぺリオ・キング)--最期の晩餐(カタストロフ)--」


 キョウが右手を振り上げた。


「テレスちゃん、横に跳んでぇ!!」


 くるみが叫ぶ。テレスが横っ跳びすると、直前までテレスのいた位置に雷のようなものが落ちた。テレスの空色の髪がやや逆立っているから、あの能力は電気系の魔法に違いない。


「とんだ邪魔をしてくれるねえ……」


 キョウがくるみに指を向けると、その頭上に雷雲のようなものが立ち込めた。くるみは血相を変えて避けようとするが、鎖に縛られて動けずにいた。


「くるみいいい!!!!」


「そうは……させないから!!」


 キョウが腕を振り下ろし、先程の比にならない轟雷がくるみに降り注いだ。その眩い光が消えると、銀色の針金がくるみを鳥かごのように取り囲んでいた。テレスの魔法がくるみを守ったようだ。


「へえ……避雷針かあ、ならこうしようかねえ」


 キョウがパチンと指を鳴らすと、くるみの目から光が消えた。そして鎖が粉々になって、くるみは針金の隙間から外に出た。


「洗脳……脳の電気信号まで操るのかよ」


「ご名答。そんなニィちゃんには僕の遊びに付き合って貰うよ」


 キョウは気味の悪い薄ら笑いを浮かべる。


「遊びだと……?」


 ふざけるな、と心の底から思った。だが、俺はそれを表情にさえ表さなかった。俺はキョウが何をしたいのかも知っているような気がしたのだ。


「ニィちゃんには借りがあるからねえ……」


「あのゲームを再現でもするつもりか、オンラインゲーム『鏡の国のテレス』開発・運営代表、上野恭平--あれはやっぱりお前だったんだな」


 キョウが目を見開いた。もしやと思ったのは今朝のことだったが、正解だったようだ。


「きひっ、きひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、最高だよニィちゃん! キミは本当に僕が見込んだ人間だあ」


 テレスが俺の顔を覗き込む。その目には確かに光が宿っていた。


「プレイヤーがお兄ちゃんとキョウさん、キャラクターがくるみさんと私っていうことね」


「すまない、頼んだぞ」


「良いよ、私はアリスの代わりでしかないんだから」


 テレスがキョウの前に歩き出した。一瞬、テレスが泣いている気がした。


「準備をする間にルールを決めようかねえ、どちらかのキャラクターが死んだら終了だ。ちなみにプレイヤーへの直接攻撃は反則だからね。次に、ニィちゃんが反則するか、負けた場合だ。その時は二人の脳を破壊する……良いよねえ?」


「ああ、好きにしろ。ただし、俺が勝った場合は鏡を渡してもらう。良いな」


「それだけで良いのかい……ひひっ」


 キョウがテレスに触れると、俺の手元にパソコンのキーボードが現れた。キョウの手元にも同じものが現れていた。準備は整ったようだ。カーソルキーを弄ってみると、テレスはすたすたと俺の元に移動した。


「なんだかくすぐったいね」


 テレスは儚げに笑う。試しに幾つかのキーを押してみると、きちんとゲーム内の通りに動いた。筋力や体格の問題はあるだろうが、現状どうにかなりそうな範囲だった。


「さあニィちゃん、準備は良いかい」


「ああ、問題ない」


「「勝負--開始!!」」


 二人の声が重なり、決戦は幕を開けた。

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