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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
2章 魔法
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5話 血液

 俺とくるみの二人はキョウの行方を捜していた。学校にはおらず、無人の職員室で覘いた名簿から住所を知り、そこに向かってはみたがもぬけの殻だった。アリスから連絡を受けたのはその頃だったが、キョウの家は学校を挟んで病院の反対側、それも遥か遠方に位置していた。


 しかも体育館での一件で自転車は使い物にならず、俺達は徒歩を余儀なくされていた。キョウの自宅に来るまでに体力を多大に消耗していた俺達は、もはや戻る気力すらなかった。


 やっとのことで病院に辿り着くと、そこには鏡だけが取り残されていた。恐らく、アリスが誰かから解放したのだろう。不思議と宙に浮いているその鏡に、鏡アリス、テレスがそっと触れる。


「あっ……ん……」


 その幼い体に鏡の先端が入ろうとすると、テレスはくすぐったいような声を上げる。鏡の光を受けた慎まやかな胸が服の上からその形を露わにしている。アリスとほとんど、いや、恐らく全く同じ体躯をしているのだろうが、その背筋から腰にかけての滑らかな稜線はいつの間にか女性みを帯び始めたようだ。


「は……んんっ……」


 鏡が全て入りきると共に、テレスの体がビクンと跳ねた。テレスは脱力してその場にへたり込み、俺は飴細工を扱うようにテレスの背中を柔らかく受け止めた。


「どう……? 何か変化はあるかしら」

「さあ、まだ何とも……」


 抱き抱えている手に伝わるテレスの温もりは以前より僅かながらに温かく、平熱がかなり低い人のそれと同じくらいになっていた。


「アリ……テレス、俺が分かるか?」


 テレスはようやく俺を視認すると、三回ほどの瞬きをした。


「あなたは……お兄ちゃん……そっちの人は……くるみさん」


 それを聞いたくるみは嬉しそうに、自分の子供を見るような柔らかい笑顔を見せていた。


「テレスちゃん、自分のことは何か分かる?」

「分から……ない」


 聞けば聞くほどアリスの声に近かった。丁度アリスが高熱で倒れたときの声のようだ。


「なら、鏡のことは何か分かるか?」

「あれ……」


 テレスは廊下の先を指している。窓から差し込んだ夕焼が廊下にに黄色と橙色の道を作っていた。その道の先から、ふらふらとした足取りの人影が一歩ずつ近づいてくる。


「二人とも下がって」


 くるみが俺達を隠すように前に出る。人影は夕焼の領域から抜けるとその輪郭を現した。


「僕に鏡をくれ」


 人影は細々とした腕を俺達に向けて差し出した。


「鏡? なんのことかしら」


 くるみは白を切るつもりらしい。事情を知らなければ演技とは到底思えないようなその声に、人影というか男は喉を掻き破りでもしたかのような狂気の表情を浮かべた。


「う、嘘を吐くな、分かってるんだぞ! 鏡をくれよ、じゃないと死んでやるんだからな!!」


 くるみは顔を変え、先程までの警戒心が紐解かれたように、肩を撫でた。


「そう、なら死んじゃえば?」


 男はぎょっと驚いて唇を噛んだ。


「ぼ、僕は本気だからな!!」


 くるみは見下すように顎を上げ、男を睨みつけた。男はそれが気に入らなかったのか、顔をくしゃくしゃにして怒気を孕み始めた。


「だったら死んでやる!! 後悔するのはお前らなんだからな!」


 男はどう隠していたのか、懐から取り出した刃渡り15cm強の包丁をその細い腕を貫くように突き刺した。その瞬間、真紅の血液が柘榴のように噴出した。鉄色だった包丁はその血を受けて黒々と変色していた。男は恍惚とした表情をしながら廊下をのたうち回っていた。


「あーあ、どうする新谷くん?」

「どうするも何も、助けないと死んでしまうだろ!?」


 腰に手を当てて、くるみは深く嘆息する。


「あのねえ、手首の動脈切ったからってそう簡単には死なないわよ。それにこの人……服で隠してるけど腕をゴムで縛って血を止めてる。多分、こうやって脅かして鏡を奪おうって魂胆ね。幸いここは病院だし、万一出血が激しくても応急処置できる……ってところかしら」


「へええ、嬢ちゃん詳しいんだね。もしかして医療関係者か……それとも同族なのかな?」


 男は先程までの演技を止め、立ち上がって普通に話し始めた。くるみは左手を俺の死角、胴体の向こう側に隠した。


「あなたと一緒にしないでくれる? 生憎私は--」


「--君は、鏡に選ばれなかった。そうだね、そんな君に鏡の力を見せてあげよう」


 男は服を破るように脱ぎ捨てると、縫合痕だらけの上半身を露わにした。そして、左腕を堅く縛っているゴムを解いた。その瞬間から男の左腕は血色を濃くし、筋肉の断面と橈骨の一部が見えるその手首から血がだくだくと流れ始めた。


十一枚目の鏡(エスぺリオ・オンゼ)-『血壁症(バッドエンド)』-」


 滴り落ちた血が真紅の結晶となり、それらは一本の剣となった。

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