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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
1章 鏡世界
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5話 魔法

「私にはね、願いがないの」


 そんな一言で、くるみの話は始まった。アリスの部屋は整理整頓が成されていて、暖色からパステルカラーの小物が多いように感じる。


「でも原初鏡が言う通り、この世界は願望で形成されている。つまり、私はこの世界に存在してはいけない人間なの……なのに、私は意思を持ってこの世界で行動できるの」

「一応聞いておくが、何故だ」


「それが分からないのよね。原初鏡の気まぐれか、もしくは--」

「前例がないだけで、そういうものなのか--か」


 俺の言葉に、くるみは目を丸くする。


「あなた、察しが良いとかいう範囲を超えてるんだけど……」

「そんなことはどうでも良い。それより、意思を持って行動できるってどういう意味だ」


「ああ、もしかして気づいてないのね……仕方はないか。この世界にいる人は意思なんて持ってないわよ。あなたと私と、仮説だけど一部の人以外は、皆自分の精神を形にしたロボットみたいなものよ」

「その一部ってなんだ。お前と同種の人間か?」


「いや、私は私以外に願いのない人間を知らないわ」

「なら誰なんだ?」


 くるみはふう、と一呼吸置くと、椅子を離れてアリスのベッドに、俺の真横にちょこんと座った。


「鏡の欠片を手にしちゃった人達よ」

「鏡? それは原初鏡のことか?」


「ええ、鏡は人間の心、特に強い願望の元に宿ったはずよ。鏡が人間の願望から生まれたんだから、多分間違いないわ」


 さも当然のように語るくるみだが、俺はそんな話を知らない。


「鏡が人間から……? そんなの初耳だぞ」


 そう言うと、くるみは力を抜くように息を吐いた。


「あなたねえ……小さい頃に読み聞かせとかなかったの? 原初鏡の成立なんて、今時幼稚園児でも知ってるわよ」

「そ、そうなのか」


 幼稚園児以下の無知だと、さらりと言われてしまい、俺は少なからずショックを受けた。


「ああもう、とりあえず鏡の欠片は人の心に宿るの、分かった!?」

「ああ、理解した」


 くるみはつま先を床にぱたぱたとぶつけている。


「鏡は願望を司ると共に、両世界を繋ぐ存在。そんなものを宿したら、本来向こうの世界にある『意思』っていうものをこちらの世界に持ち込んじゃうのよ」

「なるほど、つまり意思を持つ人間を見つければ、そいつが鏡の持ち主なのか」


「良い考えだけど、それは残念。意思があるかないかの判別なんて無理よ。例えが悪かったのかしら、ロボットはロボットでも、そんな単純なプログラミングでは動かないの。会話しようとすれば何不自由なく会話できるわ」

「なるほど、つまりはRPGにおけるNPCの会話パターンに、人工知能が組み込まれているようなものか」


「その意味はよく分からないけど、多分合ってるわ」


 くるみは銀色のシンプルな腕時計を一瞬確認すると、立ち上がった。


「じゃあ最後に、一番大切な話をするわ。出掛ける用意だけしてくれるかしら」


 そう言われて、自室で着替えを始めた。くるみは制服だったから、多分制服で良いはずだ。

 見返すと、部屋は向こうの世界の部屋と全く変わらなかった。散乱した衣服は、アリスに見られたら叱られそうだ。


 カッターシャツに袖を通すと、くるみの元へと急いだ。



「遅いわよ、人を待たせるなんてどんな神経してるのかしら」


 探し回った果てに、ようやくくるみを見つけた。庭先の植物を眺めていたのだ。どこで待っているのかも告げずに文句を言われると腹立たしいのだが、ヒイラギの葉をうっとりと見つめるくるみの姿に、そんな不満は消え去っていた。


「それで、大切な話って何だ」


「今向こうの世界で愛鈴ちゃんとも話してるけど、魔法に関することよ」

「魔法?」


「そう魔法。私がそう呼んでいるだけで、実際には人間の願望がこっちの世界で形として現れるだけなんだけど」

「魔法ねえ……そんなものがあるようには見えないが」


 街を見渡しても、向こうの世界と何一つ変わって見えない。魔法なんてものが存在するなら、それなりの文明が発達してもおかしくないだろうに。


「当たり前じゃない。願望そのものは意思あるところ、つまり向こうの世界の産物なんだから。……そうね、あなたに分かりやすく言うなら、願望はエネルギーなのよ。そのエネルギーの大半は世界の移動に消費されるの。だから、この世界で発現する魔法なんて普通は静電気程度の小さなものよ」


 普通は--というくるみの言葉に、俺はあることを思いついた。鏡の持ち主、くるみ、そして俺はこちらの世界で意思を持っている。それはつまり、こちらの世界で全ての願望エネルギーを使えるということだ。


 俺は目を閉じ、どこにあるのかも分からない、心というものに力を込める。


「俺はアリスのハンバーグが食べたいんだあああああ!!!!」


 近所迷惑も顧みず、俺は住宅街の中心で愛を叫んだ。数秒が経過して、恐る恐る目を開くと、きょとんとした表情のくるみが視界に映り込むだけで、肝心のハンバーグはどこにもなかった。


「おい、何も起こらないじゃないか」

「変ね……でも遊んでる時間じゃないわ」


 くるみは腕時計を再度確認している。


「今から何をするんだ?」

「せっかくだから、愛鈴ちゃんに会わせてあげるわ」


「は……?」

「だから、会わせてあげるって。私の能力で両世界を繋げるの。ただ、そんなに長い時間じゃないけれど」


「そんなこともできるのかよ、魔法ってやつは万能だな」

「魔法じゃないわ。私の能力よ。他人の願いを増幅させられるの」


 くるみは意味の分からないことを言っているが、これもまた、『願いのないくるみ』への特例なのだろう。くるみは俺と、いつの間にか隣にいた鏡アリスの手を握りしめた。


「じゃあ--始めるわよ」

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