エピローグ 落日
審問にライベッカ伯が現れたが、その尊大な態度に人々はざわついた。
「私の息子について話があるそうだが、息子からも話がある」
彼がそう言うと、審問の間の扉が開き、大男が入ってきた。
その熊のような姿に議員たちはぎょっとしたが、大男が押している人物を目にしてどよめきが起こった。
サイラスが車椅子に乗って現れた。
ランダースと一部の人間は言葉を失い、サイラスを凝視した。
「此度の件では私から皆に色々お聞きしたい。いや、お聞きする人物は決まっているのだが。
私は石化病、いわゆる筋萎縮性側索硬化症と診断され、余命3~5年と告げられた。ところが脳神経専門のダティラー卿に再診させた所、脊髄腫瘍であることが判明した」
そう言って、サイラスは立ち上がった。
再びどよめきが起こり、それは次第に感歎にも似た声に変わった。
ジルの支えでサイラスは歩き出す。その足はまっすぐとある人物に向かっていく。
そして血の気がないヘラルド公爵の前で止まる。
「ロイド医師は私の元にいる。あなた方の間にある金銭授受の証拠はもう掴んであるのでそのつもりで」
ヘラルド公爵は何か言い返すつもりだが、サイラスの冷淡な瞳の前に言葉が何も浮かんでこない。
「では、脊髄腫瘍の手術に成功したと…!?」
別の議員が驚きの声を上げた。
「はい。そこにいる外科医のジル医師の手とダティラー卿の指示で。幸運にも私の腫瘍は良性でした。
ひと月半前に手術を終え、術後経過を見て二週間後にリハビリを開始、現在ここまで回復しました」
術後の痛みが一番の地獄だった。
連夜苦痛に悶えたが、その苦痛にあって、伝えたかった事を弟にすんなり言えたのだから、サイラスにとって悪い経験とは言えない。
「が、石化病の診断のまま放置されていたらどうなっていたことやら」
下半身の機能は全て麻痺していたのは間違いない。
脅えきったロイド医師が引き出され、ヘラルド公爵はうなだれた。
脳神経系手術成功の第一号としてサイラスは記事を賑わし、ジルも同じように騒ぎ立てられた。
そしてそれ以上に連日新聞に載る事になったのは、アルバの議員をアルバの鉱業ごと独占しようと画策していたヘラルド公爵とその一派だった。
ライベッカ家を巻き込んだのはほんの些細な一件に過ぎず、叩いてみればほこりがあふれ落ちる様々な罪状を抱えていた。
もちろん叩いたのはサイラスであり、これによって大量の逮捕者が出てきた。
そんな中でユーリスの行方を問いつめる筈の審問はうやむやとなったまま延ばされ、亡命が確実な情報となった頃には、審問の議題として挙げることは不可能となった。
ランダースは思う。
ほら見ろ。議員が大量に逮捕され、議会がまわらなくなるじゃないか。
おしまいだ。もうおしまいだ。
……だが、おしまいなのは、国じゃない。貴族社会がおしまいになるのか。
あの落日色の瞳に感じたのはこれだった。あの目は兵隊でも貴族でもまっすぐ見てくる。
みんな平民どもはこれからあんな瞳になるのだ。貴族は特権でなくなるのだ。
おしまいだ。
※※※※※
貴族は次々と没落している。
今では労働階級の中から貴族以上の豪商が当たり前のようにおり、貴族以上の支出入で国を動かしている。
地方貴族や領主も減りつつある。
知識階級の人間は法律制限の少ない新大陸へ流出していく。
「国の在り方を新たに考え直さないと」
夫アーサーは言う。
王室に一番近いわが侯爵家は揺らぐことはないと周囲は言う。だが夫はそうは思わず、次の時代の為の様々な準備を始めている。
「考えるだけならいくらでも出来る。大陸側がどうするかだろ」
隣でサイラス兄様がぴしゃりと夫を諫める。だが夫も負けじと意見を述べ、2人の議論は終わりそうにない。
その姿に私は改めて2人に頼もしさを感じた。
……ただ、船上の夕食の席でなければもっと尊敬するのだけれど。
「ルーシー様、旦那様がそろそろこちらへ参りますので……」
父の付き添いが申し訳なさそうに告げにくる。私は彼が気に掛けないよう笑って席を外した。
今でも父と顔を合わせることは避けている。だけどもしかしたらこの先、と私は今希望に溢れている。
それを胸に、最近持ち歩いている封筒を取り出した。
封筒の中にはユーリス兄様の家族が収められている。
去年送られてきた写真。
親らしい顔が定着した兄のとなりには赤子を抱いた、セシリア先生。
その二人の手前に利発そうな顔をした男の子と、父の手を握る小さな女の子。
3才と2才になると手紙にはある。
そして、父を連れて一度こちらへ来て欲しいと。
治療の見込みが高い薬の開発が実りを迎えたと。
希望の船は進む。
私はもう一度写真に目を落とし、笑った。
小さい頃見た絵本の女神様はようやく光を纏うことが出来ていた。
-終-
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