今宵、ソートレイン亭で
「そりゃ、お前さんが悪いんだろうよ」
肯定や共感を求めたところで、この男から正論以外が返ってくることはない。
なみなみと注がれた酒を勢いよく飲み干した友人は、フィルの肩を抱きこむように腕を回してきた。
優男風の外見だが、無駄なく鍛えらえた肉体はひとつひとつが武器とも言える。
体格もいいが、声もでかい。
以前なら苦手なタイプだと距離を置いていたのに、社会人としての責務から解き放たれたせいか、物事を減点して見ること少なくなった。
「いやいや、まぁおめでたいことだ。持ち前の勘の良さで言い寄られることも極力避けてきただろ? それが酔っぱらいの求婚に流されるなんてなぁ。出会ってその晩、お持ち帰りするなんて、よほど相手を気に入ったってことだろ」
「想像で物を言うな。普段より飲みすぎたのは認めるが、会ったばかりの人間を宿屋に連れ込むほど無節操じゃない」
「はぁ? じゃあ相手の男は酒場で知り合って、ちょっと仲良くお話ししただけのお前に結婚を申し込んだってことか?」
「ああ」
好意を向けてきた人間は数えきれないほどいたけれど、手に入れて触れ合いたい以上の執着があったかはわからない。
言動の数歩先を読み、彼らに接近も許さなかったせいで、フィルには恋愛経験が欠如している。
「なるほど、思い込みが激しいロマンチストってことか。おい……まさか、オレに恋人を演じさせてそいつを遠ざける作戦とかじゃないだろうな」
「そうできるなら、そうしたいんだが、相手が悪い」
「恋人役はお断りだが、護衛として頼るくらいならどんとこい。お前がうまくあしらえないくらい厄介なヤツなのか?」
快く警護を引き受けてくれるトーリは困っている人間に久しく優しい。
頼りがいを人の形にしたような男だが、彼はフィルと同族の聖獣で『朱翼』と呼ばれている。
強行に出るような相手なら護衛として最適なのだが、婚約を成立させようとする男は魔法や体術でも敵わない絶対的な権力の持ち主だ。
もったいぶらずに名前を明かしてしまおう。
トーリに密着されたまま、その名を口にしようとしたフィルは友人の身体が壁に叩きつけられる瞬間まで彼の登場に気づいていなかった。
「……いてっ。何だ……魔法か?」
耐久力に自信があるトーリでなければ、骨の1本位は折れていたかもしれない。
追撃に備えて険しい顔をする彼に対峙しているのは、フィルに結婚を申し込んできた若者だった。
けぶるような灰銀の髪を持つフィルと彼が並ぶと色彩が対になる。
くすんだ白銀ときらびやかな黄金。
引き立て役のような自分をなぜ見初めたか、フィルにはわかっていなかった。
聖獣『灰月』としてこの世界で生まれ変わるまで、フィルは違う世界の住人だった。
藤井紬だった時の姿を引き継いではいるけれど、整えにくい巻毛や視るだけで情報を集める花紫の瞳も前にはなかったものだ。
カーソルを合わせてクリックしなくても、瞳を向けるだけで検索結果が文字情報や映像で表示されていく。
膨大な情報量は視る方にも負荷がかかるので、便利な権能はあまり使わない方がいいのだろう。
純粋な体力勝負では敵わない相手をうまく排除した青年は褒めて欲しそうにフィルを見ていた。
年長者として厳しくすべきなのだろうとは思いつつ、尻尾を振る子犬のような直向きさに喉まで出かかった言葉は別のものに変わった。
「彼ほど、頑丈な人ばかりではないですよ。あなたは魔力の加減を覚えないといけませんね」
先ほどまでと切り替えた穏やかな口調に、トーリが腹を抱えて笑い出す。
「……い、いや見た目のイメージ重視ならそっちが正しいかもなぁ。お前さんが演技派だったとは知らなかったわ」
欲しい言葉を浴びせてくれる導き手のような旅の人。
トーリを同行させてない時のフィルは、世界の平定を担ってきた聖獣としての役割を優先させている。
食事や飲酒の量もかなり抑えて、理知的な印象を崩さないようにするのは面倒だが、会社員として心身を削られていた頃と比較すればこの程度の擬態は造作もない。
酒で気がゆるみ、本来の自分を見せてしまった気もするが、彼が心を奪われたフィルはこちら側のはずである。
笑いをこらえている友人は放置して、フィルはやわらかな笑みを作ってみせた。




