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(7)アルトリウス視点

 ***



 ――たしかに、だれでもよかったのだ。女神の子であれば。



 神々の学園に、神ではなく人間が通う理由なんてものは限られている。


 ひとつは神々の叡智を学ぶため。純粋で、まっとうな理由だ。


 ひとつは神々を自らの伴侶として降嫁させるため。前者に比べると、実に不純な理由だ。


 けれども人間はそうやって生きながらえてきた。定命があり、脆弱な人間は神々の力を借りることでその繁栄を享受してきた。


 アルトリウスも連なるアルトリニア王室の始祖もそうで、アルトリニアの荒れ地を、女神の子の力を借りることで豊かなものにした。


 それが夢物語などではない証は、円状大陸の中央部に浮かぶ空島と、アルトリウスの金の瞳にあった。


 アルトリニア王室が女神の子を最後に迎えたのは、アルトリウスから遡ること五代前の話である。そろそろ新たな女神の子を、という話が出るのは、ごく自然な流れだった。


 だから――だれでもよかったのだ。女神の子であれば。


 神々の血を引くその子孫として晴れて学園の正門をくぐったとき、たしかにアルトリウスはそう思っていた。


 ――できれば大人しくて、口うるさくない子がいい。


 アルトリニア現王の一粒種として育ったアルトリウスは、口さがない人間たちにはうんざりしていた。だから、なんだったら人形のように大人しい子でもよいとさえ思っていた。


 だというのに。


 妖精とたわむれ、新入生たちの頭上から花を降らし、軽やかに跳ね回る少女を――ニニリナをひと目見て、伴侶にできるならば彼女のような(ひと)がいいと、思ってしまった。


 ニニリナは破天荒で、奔放で、お転婆で――それからとびきり無垢な少女だった。


 アルトリウスは「できれば大人しくて、口うるさくない子がいい」と思っていたことなどすぐに忘れて、ニニリナに夢中になった。


 無論、恋敵(ライバル)には事欠かなかったものの、結局勝利の女神はアルトリウスに微笑んだ。


「貴女がなによりも愛おしい。――もし、貴女も同じ気持ちならば、この手を取って欲しい」


 卒業パーティーを控えた初夏、アルトリウスはニニリナにプロポーズした。


 ニニリナは頬から耳までほんのりと赤くなって、はにかんでアルトリウスの手を取った。


 ニニリナの母である女神にもお目通り叶って、降嫁の話はとんとん拍子に進んだ。


 ――が。


「アルトリウス兄上はロリコンなのですか?」


 どこか、戸惑いと、幻滅したとでも言いたげな感情が入り混じった顔で、まだあどけなさを残した従弟は言った。


 アルトリウスはそこで初めて、ニニリナを伴侶として連れ帰った自分がどう見られているのか、非常に遅まきながら察した。


 アルトリウスは改めて新妻を見た。


 慎ましやかな――というか、ささやかなふくらみしかない胸部。細く、心もとない四肢。おおきなどんぐりまなこ。アルトリウスの肩にもとうてい満たない小さな背。


 ニニリナに夢中になっていたために、アルトリウスは彼女の見た目が存外と幼いことを客観視するまでに時間がかかった。


 人間の摂理と、女神の子の摂理は違う。それはだれだって理解していることだが、「それにしたって――」ということを、従弟は言いたいらしかった。


 おまけにニニリナはどこまでも無垢だった。


 男女が閨を共にし、同衾することの意味すらおぼつかないほどなのだ。


 だから、アルトリウスは「そういうこと」はニニリナがきちんと人間の世界の知識をつけてからにしようと思っていた。


 思っていたのだが、まさかニニリナからその愛を疑われる事態が勃発するとは思っていなかった。


 ――たしかに、だれでもよかったのだ。女神の子であれば。それは変えようのない事実だ。


 でも今は、ニニリナではないと駄目なのだ。


 ……ということをニニリナに伝えはしたものの、イマイチ信用されていない。


 信用や信頼を積み上げるのは大変だが、崩れてなくなるのは一瞬だということを、アルトリウスは実感した。


 幸いにもニニリナはそれでもアルトリウスの元から去るということはなく、逆にアルトリウスを惚れさせようと日々頑張っている。


 それに困るやら、むずがゆいやらのアルトリウスは、今日もどうすれば己の愛が可愛い伴侶に伝わるのか、自業自得と言えども頭を悩ませるのであった。

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