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46話 シルス精霊国

【お知らせ】


月刊コミック電撃大王にて連載中の本作のコミカライズ1巻が全国書店・各電子書籍ストアにて本日発売となりました!


表紙は手を繋ぐティアラとアレックスの二人になっています!


まりむぅ先生に本当に綺麗で素敵に描いていただきましたのでぜひ読んでください!

 私たちはシルス精霊国に、夕暮れ時には入ることができていた。


 竜の飛翔速度が風精霊の力で向上していた、というのも大きな理由だと思う。


 それに加えて、雲の中でもウィルとシェリーは魔力的な感覚で精霊郷の方向を正確に掴めていたようで、竜たちを正確に導いてくれた。


 ウィルとシェリーの操る緑風の誘導で、野山やそこに点在する集落の上を抜け、気が付けば高い外郭に囲まれた都市──シルス精霊国の首都スクレスク──が見えていた。


 規模はエクバルト王国の王都と同等か、少し小さいくらい。


 都市の中は隅々まで水路通り、各所に青々とした木々が生えている。


 人々が拓いた都会というより、自然と共存した街並み、という言葉が自然と思い浮かぶ。


「ここに着くまで、あっという間だったね。風精霊の力って凄い」


「同感だよ。事態が事態だし、早く到着するに越したことはない」


「準備してきた野営の道具は無駄になってしまいましたが、こちらは帰りにでも活用しましょう」


 後方を見れば、テオの騎竜には、縄で大きな荷物が括られていた。


「帰りも風精霊の御二方と共に戻れるとは限りませんから」


 それはこれから何が起こるか分からないという意味だろうか。


 それとも単純に、精霊郷を無事に戻した後はウィルやシェリーとは精霊郷内部で別れるという意味だろうか。


 できれば今後の進展は後者であってほしかった。


「王子様、あそこに竜を降ろして!」


「あそこがジャレッド公のお屋敷だよ!」


 ウィルとシェリーが指を差した先には、都市中央に位置する巨大な屋敷があった。


 上から見れば、小さな城と見紛うほどの規模だ。


 柵に囲まれた敷地内は庭園のように整備され、夕陽に染まりながら、草花が風に揺られている。


 双子の誘導に従い、アレックスがデミスを駆り、屋敷の手前へと降下する。


 それに続く竜たちもゆっくりと降りていった。


 同時、こちらに気付いた屋敷の兵士が、屋敷の中へ駆け込むのが見えた。


 恐らくは私たちの到着を、ジャレッド公に伝えに行ったのだろう。


 降下したデミスの背からまずアレックスが降り、私が降りやすいよう、手を伸ばしてくれた。


「ありがとう、アレックス」


「竜の鱗は鋭い。厚手の衣服でも、乗り降りの際は気を付けてくれ」


 デミスも私が降りやすいよう、体を屈めてくれる。


 アレックスの手を借り、私は大きな背からゆっくりと降りた。


 それから鱗の生える向きに沿って、ここまで連れてきてくれた感謝が伝わるように、デミスの体表を撫でていると、


「なんと、もう到着するとは。竜の翼はこれほどのものか。アレックス王子、よくぞみなを導いて来てくださった」


 数名を背後に率いながら屋敷から現れたジャレッド公が、こちらに歩んできた。


 魔石通信越しには分からなかったけれど、こうして見ると、身長はアレックスやクリフォード陛下にも負けないくらい高い。


 背筋はすらりと伸び、老いを感じさせない体つきでもあった。


「導いてくれたのは風精霊の双子です。風を操り、竜の翼をより速いものとしてくれました。ただ、この場に竜たちを降下させたのは構わなかったでしょうか。敷地内は木々や花々も多く、他に開けた場所もなかったので」


「気になさることはない。エクバルト王国の場合、竜の乗り降りに適した広場を各所に造ると聞くが、御覧の通り、この屋敷にはそのような場所はないのでな。寧ろ木々や花々を避け、よくこの場に降下してくれたと感謝したいほどだ。この屋敷の木々や花々は精霊に管理を任せている、倒されては後が怖いのだよ」


 少し冗談めかした声色のジャレッド公に、アレックスは頬を緩めた。


「あなたもよく来てくださった、聖女ティアラ」


 ジャレッド公は次に、私へと歩んできた。


 大柄な体格で強面でもあるので、寄られるとちょっとだけ圧力を感じてしまう。


 とはいえ、言葉に棘はなく、元帝国人のこちらを嫌悪している気配もなかった。


「あなたの噂はシルス精霊国にも届いている。聖女の癒しは奇跡にも等しいのだとか。どうかぜひ、精霊たちを救うため、その手をお借りしたい」


「ウィルとシェリーにお願いされましたから。できる限りのことをさせていただきます」


 一礼して顔を上げれば、ジャレッド公も頷いた。


「それではすぐにでも……と言いたいところであるが、生憎と、精霊門の位置はここよりさらに南。これから向かうのでは日が暮れてしまう。今日のところはまず、ゆるりと体を休められよ」


「ですが、すぐにでもなんとかしないといけないのでは」


 このままではウィルとシェリーの故郷がどうなってしまうか分からないのに。


 ジャレッド公の気遣いはありがたいけれど、一刻の猶予もないのでは、というのが本音だった。


 それを訴えようとすれば、後ろからぽん、と軽く肩を叩かれた。


「ティアラ。気持ちは分かるけれど休むことも大切だよ。それに私としても精霊門へ向かう前に、まずは情報を共有してもらいたいからね」


 リンジーさんの視線は、ジャレッド公の後方へと向いていた。


 ジャレッド公の背後に控えていた方々の中から、一人が前に出てくる。


「失敬。あなたが王国の賢者、リンジー・ダイアス殿でお間違いないでしょうか」


 凛々しい声でリンジーさんに尋ねたのは、年若い女性だった。


 年齢は私やアレックスより少し上くらいだろうか。


 男性にも負けないほどの長身に、黒く光沢のある髪は、腰まで流れている。


 瞳は深紅であり、燃える意志を感じさせる鋭さがあった。


 騎士のような覇気がありながら、女性が纏っているのは鎧ではなく、白を基調とした衣服に黒色のローブ。


 さらに片手には大きな杖を持ち、誰もが連想するような魔術師といった出で立ちだ。


 そんな女性に、リンジーさんは「如何にも」と返事をした。


「私がリンジー・ダイアスだ。そういうあなたは精霊国を守護する特等魔術師、ローレッタ・シルドラスで合っているかい?」


「ええ。まさか賢者殿に認識されていようとは。恐悦至極でございます」


 片膝を軽く下げ、右腕を横に広げるようにして礼をしたローレッタさん──恐らく、シルス精霊国式の作法──に、リンジーさんは片手をひらひらと軽く振った。


「そんな堅苦しくしなくていいよ。魔導発祥の地であるシルス精霊国における魔術師の頂点、特等魔術師を知らない魔術師の方が珍しい。半ば隠居している私でも、その程度は知っているさ。それに黒のローブは古の魔術装束でもあるし、すぐに分かったよ。……で、早速本題なんだけれど」


「情報共有ですね。屋敷の一室にて、既に纏めてありますので、すぐにでも」


「それは重畳。ジャレッド公、早速お邪魔しても?」


「もちろんだ。このような異常事態の最中ではあるが、友の統べる国から訪れたあなたがたを、できる限りもてなしたい。長く立ち話をさせてしまった、まずは中へ」


 ジャレッド公の言葉を受け、兵士たちに導かれ、アレックスたちが屋敷の中へと案内されていく。


 私もそれについて行こうとしたけれど、ふと、ジャレッド公がウィルとシェリーの前で立ち止まり、腰を下ろして片膝立ちになった。


 そして不安げにしている二人の小さな肩を、優しく撫でるように、握った。


「すまない。私としても、無策で王子や聖女、賢者を向かわせることはしたくないのだ。どうか一晩のみ、時間をもらえないだろうか」


「……分かっています、俺たちにだって」


「……皆、移動で疲れているから」


「でもカリルさんたち、無事かなって」


「私もそう思うと、少し……」


 ただ待つというのは、やっぱり二人には辛いものがあるのだろう。


 ジャレッド公も二人を撫でるばかりで、かける言葉が見つからない様子だ。


 私はウィルとシェリーの元へと戻った。


「二人とも、安心して。私も頑張るけれど、アレックスもリンジーさんも、凄いんだから。明日には精霊門へ行って、何か動きもあると思うから」


「……聖女様が、そう言うなら」


「私たち、我慢するよ」


 ウィルとシェリーは揃って顔を上げた。


 まだ不安げではあるけれど、二人とも、しっかりとした顔色をしている。


 そんな二人の頭を、私はゆっくりと撫でてみる。


 どうか二人が落ち着いてくれるようにと願いながら。


「やはりあなたは、噂に違わぬ『聖女』なのだな」


 ジャレッド公の言葉に、私は小さく首を横に振った。


「いいえ。私はただの『ティアラ』ですよ。帝国の宮廷から追い出され、エクバルト王国を帰る場所としている私は、ただの『ティアラ』なんです。だからこうして、ただ二人の願いのために、ここまで来ることができたんですから」


「そうか。……そうであるのだな」


 ジャレッド公は何を思ったのか、暫し目を閉じてから、


「精霊郷が元に戻るまでの間、どうか二人を頼みたい。私も常に二人の話を聞いてやれるわけではないので」


「ええ、そうさせていただきます」


 ジャレッド公は立ち上がり、先に屋敷へ入ったリンジーさんたちを追っていく。


 屋敷の入り口では、まだアレックスが私たちを待つように、こちらを見つめて立っていたのと、


「あの、あなたは従者の方……ですよね? もしよければ、こちらの荷物を運ぶのを手伝ってはいただけないでしょうか?」


「えっ……はっ! そうでした! 僕、今日は従者でしたね!」


「……え、えぇ……? いつもは違うのですか?」


「毎日従者です! 運びますよ、いつも従者ですから!」


 ……皆に続き、自然かつ手ぶらで屋敷に入ろうとした際、屋敷の使用人さんに話しかけられ、慌てて竜の背から荷物を降ろしにかかるクライヴの姿が視界に入った。


 おまけに、兵士の方々が「エクバルト王国の従者は騎士と魔術師も兼ねるのか……?」と、珍妙なものを見る視線をクライヴに向けていた。


 ──間違いなく服装が原因だよね。


「なんとも締まらん奴だ……」


 小声のはずのアレックスの呟きが、星々の瞬き始めた空に、少しだけ響いた気がした。

WEB版の2章もお待たせしてすみませんが、裏では最後まで書き上がっています……!


今後も投稿していく予定ですので、もう少しお待ちください!

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