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44話 帰る場所

いつも読んでいただきありがとうございます。


本日で書籍版の発売から一週間ほどになりました。


皆様のお陰で多くの書籍ランキングで本作を確認することができました。


書籍版を買ってくださった皆様、本当にありがとうございます。


まだ書籍版を手にされていない方も、もしも余裕があれば、よろしければ書籍版も手に取っていただけますと嬉しいです。

 ジャレッド公との話を追え、私たちがシルス精霊国へ行けることが決定した後。


 アレックスは王の間から退室した後、リンジーさんに「よく話を纏めてくれた師匠! これで精霊郷へ行ける!」と歓喜していた。


 リンジーさんのお店でも精霊郷に行きたいと話していたけれど、そんなに嬉しかったなんて……。


 それから彼は騎士の一人に「テオはどこに行った?」と尋ねた。


 すると騎士は「竜舎の方にいます」と答えてくれた。


 きっとクライヴも一緒にいるだろう。


 私たちは竜舎の方へと移動し、二人を探したところ……。


「クライヴ様、他にアレックス王子の逸話はないのですか? あの御方は自身の凄みや成果をあまり周囲に語りませんので、この機会にぜひお話しいただければと……!」


「ああ、うん……。他にも沢山あるよ? 論文発表で魔導学会を震撼させた以外に、優秀すぎて帝国魔導学園史上、初の飛び級寸前だったけど、そうしたら学園で魔導を学べる期間が一年短くなるとかいってそれを蹴ったり……」


「なんと……! 幼い頃より王国の賢者に師事し、魔導の造詣が深いのは存じておりましたが、まさかそこまでとは……!」


「彼に魔術の才がないのが惜しいと、魔導学園にてどれほどの教授が唸ったことか……。もしくは隣国の王子という立場でなければ、彼は強引にでも魔導学園に引き留められ、今頃研究職や教職に……」


 ……人気のない、竜舎の裏側。


 刈り揃えられた芝の上に腰を下ろし、幼子のように瞳を輝かせて話を聞くテオに、若干引きつつどこか懐かしそうに語るクライヴ。


 その傍らでは暇そうにあくびをするテオの騎竜が丸まっていた。


 アレックスは「一体なんの話をしているかと思えば……」と呆れた様子だった。


 ただ、アレックスは本当に優秀だったのだと、二人の話から窺えた。


「テオ、クライヴ。こちらは話が纏まったところだ。二人も思い出話はそれくらいにしてくれ」


「おお、アレックス。その様子では、話は悪くない方向に纏まったようだね」


 クライヴは立ち上がり、服に付いた芝を軽く払う。


 テオは立ち上がりつつ、やはり瞳を輝かせてアレックスに、


「王子! 魔導学園では約百年誰も証明できなかった魔導式を証明し、それを帝国魔導学会にて報告したというのは本当なのですか!?」


「……本当だ。考えるのが楽しくて、いつの間にか出来ていた」


 アレックスは少し照れたように頬を掻く。


 ウィルとシェリーは声を揃えて「「おお……!」」とアレックスに尊敬の眼差しを向け、リンジーさんは弟子の功績ゆえか「話を聞いた時は私も驚いたもんさ」と得意げだ。


「アレックスって魔術以外ならもうなんでもできるね……。流石私たちの王子様」


「なら、その王子にすらできないことを容易く出来てしまう聖女様はもっと凄いよ。何より、俺だって精霊に助力を求められたことなんてない」


 アレックスは微笑んでそう言った。


 少し嬉しいような、でもちょっと大げさなような。


 そのように話を続けようとしていると、


「失礼、二人とも。そろそろ本題に入ろう。話がどうなったか、僕にも聞かせておくれよ」


「ああ。だがその前に……テオ。クライヴの正体を知る者は他にいないな?」


 アレックスが確認すると、テオは周囲を見回し「はい」と頷く。


「前もって顔を知られていなければ、恐らく。私がこの方をこの場所へお連れしたのも、あまり人が寄らないためです。どこかの部屋へお通しすることも考えましたが、その場合は壁越しに話を聞かれる可能性もあると思いましたので。……王子にクライヴ様を任された際、人気のない場所へと言われましたが、やはり何かあるのですね?」


「帝国の人間、それも貴族には本来するべきではない話をこれからするからな……。誓約術で縛っているとはいえ、余人から見れば要らぬ勘違いをされかねない。それを防ぐためにもといったところだ。テオの気遣いに感謝する」


「とんでもございません! 王子の命でしたので」


 そしてアレックスはクライヴとテオに、ジャレッド公と話した内容を共有した。


 話を聞くうち、クライヴもテオも、少し難しげな表情になっていく。


「同伴してもらう竜騎士は六騎。そのうち一人はテオに任せたいが、構わないか?」


「王子直々のご指名とあれば。我が身に代えても皆様をお守りいたします」


「頼むぞ。そして問題はクライヴだ。誓約術まで使い、何がなんでもティアラのためにといったところだったが……。正直、このままでは連れて行き難い。混乱の極みにあるシルス精霊国に、帝国の四大貴族家の嫡男を連れて行くとなれば、より混乱させかねない。俺もあの場で父上やジャレッド公に話すべきかと考えたが、魔石通信の限界と、話を簡潔に進めることを考えれば、余計な話は省いた方が……と考えた次第だ」


 アレックスの話は尤もだった。


 あの場で無理をしてクライヴの話を捻じ込むべきではなかったし、魔石通信もあれ以上は確実に持たなかった。


「だがアレックス。こう言ってはなんだが、僕はどんな状況下でも力になれる自信がある。連れて行ってさえもらえば、絶対に役に立てると約束する」


「だろうな。仮にも帝国最強の魔術師だ。クライヴの腕前は俺もよく知っている」


「ちなみに、アレックスとはどっちが強いんだい?」


 リンジーさんが興味津々といった面持ちで聞けば、クライヴは表情を苦くした。


「……次は負けませんよ」


「まあ、僅差ではあったな」


 そう語るアレックスの表情はどこか余裕があった。


 魔族すら破った第一王子は、帝国最強とされる魔術師さえ過去に破ったようだ。


「ともかく、クライヴが来てくれればどんな状況下でも役に立ってくれるのは間違いない。

 だが帝国の貴族を無断で精霊国に連れて行くとなれば、外交問題はほぼ必至。……そこで考えたが、クライヴ」


「なんだい?」


「付いてくるなら、従者という身で来てほしい。それに変装もしてもらうし、杖もこちらで準備するものに変えてもらう。さらに専用の魔道具を使って体内から魔力が漏れ出ないようにし、クライヴ・レルウォンという個人の情報全てを消す。加えて王国に連れてきているだろう配下にも、精霊国行きについては一切を明かすな。当然、お前は何日か失踪した扱いになるだろうが、ここまでの条件を呑めるなら……」


 淡々と語るアレックスに、クライヴはそれまで黙っていたものの、


「甘い」


「なんだと?」


「何日か失踪した扱い、どころじゃなくていい。もし僕が命を落とすような大事に発展しても、帝国には何も明かす必要はないからね。なんならこれを機にレルウォン家との関係だって絶っていい」


「……」


 更なる条件を付け加えたクライヴに、アレックスの方が珍しく面食らっていた。


 でも、それも自然で当たり前の反応だ。


「いくらなんでも、そこまで……」


 話を聞いていた私でさえ、思わずそう呟いてしまう。


 あまりに極端だとさえ感じたから。


 彼からは一刻も早く恩を返そうと、死に急ぐような危うささえ、感じてしまったから。


「クライヴ。誓約術の時もそうだったけれど、本当にそこまでしなくてもいいんだよ? それにクライヴには帰ることのできる家が、場所があるんだから。それは大切にした方がいいもの、絶対にね」


「ティアラ様……ですが、僕は」


「ご両親も、友人も、部下の魔術師も……何より魔導学園の先生なら、教え子だっているでしょう? 待っていてくれる人がいるのって、幸せなことなんだよ?」


 ……偉そうに話してしまったけれど、これらは私の本心だ。


 私には家族はいないし、故郷にも戻れない。


 かつては故郷の村の皆が家族だったかもしれないけれど、皆、お金を対価に私を手放した。


 前に手紙を出したこともあったけれど、一切戻ってこなかった。


 ……もう誰も私を待っていないのだと、その時に悟ってしまった。


 だから私は、アレックスたち王国の皆さんが受け入れてくれなかったらどうなっていたか、全く分からなかった身だ。


 でもだからこそ、家族も故郷も、待ってくれる人がいるクライヴには、全部を大切にしてほしかった。


「確かに私はあなたの命を助けたけれど、それは恩を返させるためじゃない。対価がほしくて助けたわけじゃないもの。……でも人を助けるって、そういうものでしょう?」


 私はクライヴの手をぎゅっと握りしめた。


 彼はアレックス同様、上背があるので、私が少しだけ見上げる形となる。


 ……すると。


「クライヴ?」


「……。申し訳、ございません。あなたから故郷も家族も、全てを奪った帝国の人間であるのに。あなたに、そのように気を遣わせてしまって……」


 クライヴは手の甲で、目元を少し擦る。


 ……目尻に、少しだけ涙が浮かんでいたように見えた。


「ですが、分かりました。あなたがそう仰ってくれるなら、僕はしっかりと帝国に戻ります。あなたの力となり、無事に帰ると約束しましょう」


「うん、それでいいの。それに、危なくなったら逃げてもいい。元々、私がウィルとシェリーを助けてあげたいからって始めたことだもの。クライヴまで無理に付き合うこと、ないから」


 そう伝えて手を離すと、クライヴは俯きがちに言う。


「……あなたは……やはり、強い方なのですね」


「そんなことないよ。アレックスやクライヴの方が強いもの」


「ですが、あなたは逃げないのですか? 危なくなっても、逃げないと?」


 ──逃げる……逃げない、ね。


 そんなもの、帝国の宮廷にいた頃、何度も考えたに決まっている。


 辛いから、大変だから、苦しいから。


 あの頃、何度逃げ出したくなってしまったか、もう分からない。


 でも……逃げなかった。


 だって、そんなの。


「私は逃げないよ」


「それは、何故?」


「だって私が逃げたら、誰が皆を治すの? 精霊郷を、どうやって元に戻すの?」


「ティアラ様……」


 帝国の宮廷にいた時だって、今回だってそう。


 私が逃げたら、ウィルやシェリーが困ってしまう。


 他の人も大勢困ってしまう。


 ……私は元々、手を差し伸べてもらえなかった側だ。


 治癒の力に目覚めなければ、きっと故郷の寒村の端で凍えて、死んでしまっていた。


 誰にも手を差し伸べてもらえない辛さは誰より知っているつもりだ。


 だから私は誰かを、特に子供を助けてあげられる人間でありたい。


 今まで振り返る余裕もなかったけれど……帝国の宮廷で、自由になりたいという自分の心を偽ってまで頑張った理由も、今になって考えれば、そういうところに繋がってくるのかもしれない。


 それでも、帝国の宮廷と今では、明確に違うことがある。


「クライヴ、そんな悲しそうな顔をしないで。大丈夫だから。私……帝国の宮廷には無理矢理に連れて行かれて、力の行使を強いられたけど、精霊郷には自分の意思で、思いを持って行くんだから。ウィルとシェリーのためにも、頑張りたい。ただ、それだけなの」


 ……ちょっと柄でもなく、長々と話してしまったかなと、話した後で少し恥ずかしくなってきた。


 けれどこれでクライヴも分かってくれたと思う。


 私の意思、思いを。


 ……そんなふうに、これできっと大丈夫、と思っていると。


「そこの帝国の魔術師、聞いただろう? このお人好し聖女様の話。……ティアラはこう言っているけど、この子、一人にしたらどんな無茶をしでかすか分からないからね。実力は本物だけど、あんまりにも優しすぎて。だからクライヴ……だっけ? 足を引っ張らない程度に、命を落とさない程度に、力になっておくれよ」


 リンジーさんがそう言うと、クライヴは杖を抜き、右手に握って垂直に立て、目を瞑った。


 これは帝国流の、魔術師が誓いを立てる際の行いだ。


「委細承知しました。僕の全身全霊を賭して、必ずや」


「よーし、よしよし。それじゃあクライヴは一緒に来てもらおうか。魔力を隠す魔道具なり変装用の服装なり、選ぶ必要があるだろう? テオにはクライヴが着替える場所を探してもらって、ウィルとシェリーにはクライヴに着せる服でも選んでもらおうかね」


「えっ……子供に選んでもらうのですか?」


「……嫌なの?」


「私たち、もう一人前なんだけど」


 ませたことを言う二人に、クライヴは苦笑気味だ。


 そのままクライヴは連れて行かれるが、去り際、リンジーさんが私と……アレックスの方をちらりと一瞬だけ見た。


 特に私の後ろに立っているアレックスへは、何かを伝えるように小さく頷いた……気がする。


 そういえば、アレックスは私とクライヴが話している間、ずっと黙りっぱなしだった。


 二人だけで残された私は、アレックスの方へと振り返る。


 これからどうしようか、と聞こうと思って。


「アレックス……」


 けれど話かけて、私は思わず黙ってしまう。


 何故なら……アレックスがぎゅっと私の手を握ったから。


 見上げれば、彼は怒ったような、悲しんだような表情で、私を見ていた。


 もしかしたら、彼はずっとこんな表情で、私を見ていたのかもしれない。


 どうしたのだろうと思えば、アレックスは確かな声で、


「ティアラ。少なくとも、俺は待っている」


「……?」


 一瞬、どういう意図で言われたのか分からなかった。


 アレックスは少し間を開けて、続けた。


「もしもこの先、ティアラがどこに行ったとしても。この王国に戻ってくるのを、俺は待っている。だから……誰もティアラを待っていないなんて、思わないでくれ。そんなに悲しいことを」


「私、一度も……」


「ああ、そう話してはいなかった。だが間違いなく思っていたはずだ。話し方や気配から痛いほど伝わってきた」


 ……アレックスはやっぱり鋭い。


 確かにクライヴと話していた時、私は故郷でさえもう誰も待っていないと、思っていた。


「でも、俺は待っているからな。今回だって、精霊郷がどうなっていても必ず連れて帰る。ティアラが帰ってくる場所は王国ここだ。……王国での生活が楽しいと思うのなら、ティアラにもそう信じてほしい」


 彼は真っ直ぐに私を見つめて、そう言った。


 表情は真面目そのものだけれど、彼の声からは、深い優しさが感じられた。


「アレックスは本当に優しいね。……ありがとう、アレックス」


「ティアラを帝国から連れてきたのは俺だ。だから帝国の輩のように、途中で放り出すような真似はしない。……絶対に、約束だ」


 アレックスはそう言い、握っている手の力を少しだけ強めた。


 手は痛くないけれど、少しだけ胸が痛かった。


 ……それはもしかしたら、こうして誰かに優しくされた経験が少ないから。


 彼の優しさが、少しだけ心に染みたのかもしれなかった。


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