40話 誓約術
前話から間が開いてしまい、申し訳ございません。
今回はあとがきにお知らせもありますので、そちらも確認していただけますと嬉しいです。
「さて。クライヴがティアラを帝国に連れ戻すための追っ手ではなく、ティアラのファンということで、誤解が解けたところでだ」
「言い方があまりに露骨だが、分かっているじゃないか、アレックス」
食い気味に話したクライヴに、アレックスは数秒ほど閉口し、一つ咳払いをした。
……私は少し嬉しかったけれど、肯定があまりに素早すぎて、ちょっとだけ驚いた。
「だからこそ、ウィルとシェリーももう少し落ち着いてはくれないか? 俺は魔力を見ることができてな。今も二人の体の中で魔力が渦を巻いているのが見えている」
「二人とも。アレックスも来てくれたし、もう大丈夫だから。安心して、ね?」
ウィルとシェリーは「「……分かった」」と声を合わせ、渋々といった雰囲気で警戒を解く。
魔力のせいか、少しだけ逆立つように持ち上がっていた髪が、すっと下がって元に戻る。
「ところでアレックス。何故ティアラ様と精霊の子供が一緒にいるんだい? 精霊がシルス精霊国の外にいるという時点で驚きなんだが……」
「それについては……」
アレックスは顎に手を当て、小さく唸った。
「信用はしているのだが、果たしてクライヴにも話していいものか……といったところだ。少々入り組んだ問題かつ、今後どうなるかも不明瞭な部分が多い」
たとえ学友でも、クライヴがレリス帝国の人間かつ、四大貴族家に名を連ねるレルウォン家の出身である以上、アレックスが警戒するのも自然だった。
少し前までレリス帝国とシルス精霊国が戦争をしていたというのも、アレックスが話を渋っている理由の大きな一因だろう。
するとクライヴは「ティアラ様に深く関係する話かい?」と問いかけた。
私が彼を忘れていた際に浮かべていた、少し頼りなさげな表情とは打って変わり、今のクライヴの表情には一分の緩みもない。
アレックスが少考して「……そうだ」と応じれば、クライヴは自身を親指で差した。
「ならば誓約術を使い、僕自身を縛ろう。誓約条件は二つ。『これから聞かされる話を知っても、絶対に情報を余所に漏らさない』『その件についてはティアラ様やアレックスを絶対に妨害しない』……これでどうかな?」
「誓約術か。……ティアラの承諾があればという前提だが、そこまでするなら俺としては構わない。だが、そんなにも聞きたいのか? 己を縛ってまで?」
「当然。話を聞いた上で僕が協力できることなら『クライヴ』という一個人として力になりたいからね。レルウォン家やレリス帝国は一切関係なく」
「王国まで来て、単身でティアラを探していただけはある。その根性は認めざるを得ないな」
話を進める二人に、私は「あの」と声を掛ける。
「誓約術って?」
「ああ、ティアラは知らなかったか。しかし無理もない。現代ではほぼ使われない魔術だからな」
「ティアラ様。誓約術というのは、魔導契約の一種になります。専用の魔法陣を展開し、その際に対象が誓った誓約条件を古い魔導言語で直接記し、魔導契約を成立させます。それ以降、契約の対象者はその誓いについて縛られる……そういったものになります」
「ちなみに、その誓いを破ったら?」
「魔導契約を破ったものとみなされ、罰が下る。大抵は魂を蝕まれて死ぬ。今回の条件なら、部外者に情報を口外しようとした瞬間に術が起動して死に至るだろう。少なくともクライヴから話が漏れ、おかしな方向に向かうことはない。妨害に関しても同様だ」
「罰がそんなに重いだなんて……」
思わず、そんなふうに掠れた声が零れた。
「全くだ。現代ではほぼ使われない魔術というのはそういうことだ。契約を破れば死に至るなんて、古風な魔術の極みだ。魔導を好む俺といえど、代償や罰として命を奪われるというものは、あまり惹かれない」
「ティアラ様、そんな顔をなさらないでください。逆にこのような魔術だからこそ、誓約術には価値があるのですよ。魔術で命を縛られた身となれば、たとえ相手が誰であっても、いくらか信用できるというものです」
平然と語るクライヴからは、恐ろしさや恐怖を微塵も感じなかった。
寧ろ必要なら淡々と行うべきだと、言外に語っているようだ。
……時として命のやり取りすら行う魔術師らしいといえば、そうなのかもしれないけれど。
「でも、いくらなんでもそこまでしなくても。クライヴが私の力になってくれるのは嬉しいけど、命に関わるのは……」
するとクライヴは一瞬きょとんとしてから「ご心配なく」と笑みを浮かべた。
「誓約術で縛られた後、これから知る内容を僕が誰にも語らなければよいだけですから。たとえレリス帝国やレルウォン家、もしくは僕自身に対して、大きな不利益となる情報であっても。何より僕がティアラ様を妨害するなどあり得ませんので、二つ目の条件についてはないも同然です」
「どうしてそこまで……?」
問いかければ、クライヴは片膝を突き、じっと私を見上げてきた。
彼の真っ直ぐな瞳からは、真摯な心が伝わってくるようだった。
「命を救われたからです。僕自身、あなたより受けた恩を仇で返した恥ずべき帝国に住まう者の一人ではありますが。しかし、受けた恩義には少しでも報いたいのです」
「要約すると、ティアラの大ファンだから力になりたいってところだな」
うむうむと数度アレックスが頷けば、クライヴは項垂れた。
「アレックス、茶化すところじゃないよね……? 僕、結構かっこよく決めていたよね……?」
静かに訴えるクライヴをスルーして、アレックスはこちらに振り向いた。
「ティアラはどうしたい? こう言ってはなんだが……クライヴの魔術の腕前は、師匠に匹敵するほどだ。今回の件について、何かしらの助言も得られる可能性もあるし、俺もそこには少し期待を寄せているところだ」
今回の件……精霊郷の異変や、精霊門について。
確かに腕利きの魔術師の知恵や助言は必要になるかもしれないし、彼がリンジーさんと協力してくれれば、状況を良い方向に運べるかもしれない。
それにクライヴの目を見て分かった。
……彼は、信用できる人だ。
クリフォード陛下と初めて会った時のように、クライヴからは、優しくて強い心が伝わってきたから。
人の心が伝わってくるのは、私の力のよい部分だと思う。
「分かった。今回の件をクライヴに話すのは、私も大丈夫だよ。……それでもやっぱり、魔術で命まで縛る必要はないと思うけど……」
「平気ですよ。同じことを繰り返すようですが、聞いた内容を僕が誰にも語らなければよいだけです。僕がティアラ様を裏切るなど、天地がひっくり返ってもあり得ません。何より必要なことですから。誓約術なしでティアラ様に信用していただいても、他の王国の方々からすればそうもいかないでしょうし。命をかけて信用を勝ち取る……魔術師にとって誓約術とは、そういった側面も持つものなのですよ」
クライヴは手元に黒の魔法陣を出現させた。
命を縛るものというだけあり、魔法陣の幾何学模様は禍々しく蠢いている。
そしてクライヴが指に魔力を集中させ、魔法陣に古い魔導言語で文字を書き込む。
アレックスが「問題ない」と内容を確認すると、クライヴは魔法陣を収縮させる。
小さくなった魔法陣は、そのまま彼の胸元に吸い込まれていった。
最後には、何事もなかったかのようにクライヴが立っているだけだった。
「誓約術はこれで終わりです」
「意外と簡単にできちゃうんだね。命を縛るんだから、もっと多くの手順を踏むと思っていたけれど……」
「それに関してはクライヴの力量だな。仮にも己を縛る類いの儀式的な魔術、普通はここまであっさり終わらないさ。帝国最強の魔術師の腕前は伊達じゃない」
「剣と竜の国の王子にお褒めいただき光栄だよ。……さて、そろそろ本題に移ろう。ティアラ様と精霊について教えておくれよ、アレックス。幸いにしてここは路地裏。魔力の気配も……周囲にはない。盗聴の心配もないね」
クライヴは何故か自身の右目に手を当て、周囲を見回した。
その時、指から一瞬だけ青白い光が漏れ出ている気がしたけれど、気のせいだろうか。
「そうだな。時間も惜しい、早速話すが……。まず、うちの師匠が召喚魔術で精霊の双子を拉致した」
「……なんだって?」
「さらに双子の住まう精霊郷は、未曾有の事態が起こり壊滅状態らしい。精霊門も正常な機能を失っているようだ」
「えっ……はい?」
「その末、双子は事態の収拾について、聖女であるティアラに助けを求めてきた次第だ」
「……な、なるほど……」
「ちなみに俺といえば、この件についてシルス精霊国への入国手続きをする前に、まずは父上に説明をしてきてな。すると双子に会いたいと言い出したので、こうしてティアラと双子を迎えに参上した。いやしかし、まさかクライヴまでいるとは思わなかったがな」
「……」
全てを簡潔に語ったアレックス。
……最初の、拉致という表現は……うん。
あながち間違っていないのが少しだけ残念だった。
それにクライヴといえば、数秒ほど黙り込んでしまった。
その末、彼は頭痛を堪えるかのように額を押さえた。
「……ちょっとさ……情報量、多すぎない? それに万物の化身である精霊の住まう精霊郷の異常って、世界そのものにどんな影響が出るか分からないし。さらっと話されたけど、各国や世界の危機でもあるんじゃ……」
「その可能性も大いにあるな。故に城へ急ぐぞ。クライヴには少し待っていてもらう必要があるが……」
「うん、分かった、分かったよ。こんな状況下じゃあ、これ以上しゃしゃり出ようって気にもならないから。ひとまず今後が分かったら教えてくれ。ティアラ様のためにも、できる限りの協力をしたい」
「頼んだぞ、帝国最強の魔術師」
「……その肩書き、今はちょっとだけ重たく感じるなぁ……」
これまでも数回項垂れていたクライヴは、今日最も大きく項垂れたのだった。
【お知らせ】
本作「私は偽聖女らしいので、宮廷を出て隣国で暮らします」の書籍化が決定いたしました。
これも本作を読んでくださっている読者の皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
レーベルはKADOKAWAのドラゴンノベルスになります。
発売日は12月5日です。
WEB版と共に書籍版も何卒お願いいたします。