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39話 クライヴ・レルウォン

 ……ウィルやシェリーと移動していた最中、いきなり呼び止められて振り向けば、そこにはアレックスと同じくらいの長身の男性が立っていた。


 自然に横へ流れる茶髪の髪に、私を映す黒い瞳。


 凛々しい出で立ちながら、柔らかな笑みを浮かべる人だと思った直後、彼の左胸元で輝く徽章に気付いて、反射的に顔を顰めそうになった。


 ──あれは、帝国魔導学園の教師の……。


 帝国魔導学園には確か、エイベル公爵の息のかかった魔術師も多かったはず。


 特に教師側ともなれば尚更だ。


 さらにレリス帝国とシルス精霊国との戦争にも出ていた、手練れの魔術師もいたと聞いている。


 私は咄嗟にウィルとシェリーを背に隠すようにして、前に出た。


「帝国の、魔導学園の方がなんの用ですか」


 まさか私を連れ戻しに来たのだろうか、わざわざ海を渡ってまで。


 イザベル姫やエイベル公爵ならやりかねないし、先日の魔族事件を耳にして、改めて私の力を欲しているのかもしれない。


 ──今は近くにアレックスもいない。王国の王都だからって迂闊だったのかな……。


 いいや、今はそんなことを考えている余裕はない。


 彼が帝国の人間だと分かった途端、ウィルやシェリーが「帝国って……」「少し前に攻めてきた、あの……」と震えているのが分かったから。


 帝国の人間なら私以外に精霊も欲しがるかもしれない。


 ……二人が精霊だと気付かれないよう、彼の注意をあくまでも私に向けなければ。


 連れ戻されるかもしれないと考えると、帝国での日々が脳裏を掠めて、胸がズキンと痛んだ。


 けれどそれを表に出さないようにしつつ、私は話しを続ける。


「私に話があるならお聞きしますし、付いて来いと言うなら従います。……ですがその前に、この二人を送り届けてからでも構いませんか?」


 全力で凄むイメージを持って話しつつ、同時に考える。


 ──もしこちらの話しを無視して掴みかかってきたら、逆に向こうを掴んで、ウィルとシェリーが逃げる時間だけでも。


 相手がレリス帝国の人間、それも魔術師である以上、何をされてもおかしくはない。


 緊張と不安で縮まりそうになる思いだけれど、大丈夫、と自分に言い聞かせた。


 ここはまだエクバルト王国内、何かあってもアレックスたちが駆けつけてくれる。


 そう信じながら向こうの、帝国魔導学園の教師の出方を窺っていると、背後で魔力が膨れる気配がした。


 見ればウィルとシェリーが、体から新緑色の魔力を立ち上らせていた。


「レリス帝国の人間が……聖女様になんの用?」


「私たちの国を荒らしたように、聖女様に酷いことをするなら……!」


 これも風の精霊としての力なのか、ウィルとシェリーの周囲には風が吹き荒れていた。


 私も吹き飛ばされそうになりつつも、堪えて二人に語りかける。


「二人とも! 私は大丈夫だから落ち着いて……!」


「無理だよ! だって向こうは……!」


 ただならぬ気配と感じたのか、ウィルが叫んだ直後、周囲の人々が足早に去って行く。


 さらに対峙する帝国魔導学園の教師も少し焦った様子ながら杖を抜き、構えた。


「この気配に澄んだ魔力、まさか精霊……? 王国で精霊に出くわすとは。しかしティアラ様に精霊とは、これはどういう……!」


「聖女様に近寄らないでっ!」


 一触即発の気配を漂わせる精霊の双子と帝国魔導学園の教師。


 こういう時、自分の非力さが嫌になる。


 私にもアレックスみたいな力があればウィルやシェリーを守れるのにと。


 ──でも、私のために二人を傷つける訳にはいかない!


 私は両手を広げ、改めてウィルとシェリーを庇うように立った。


「やめてください! その杖で、ウィルやシェリーを傷つけるつもりなら。私はあなたを許しません、絶対にです」


「ティアラ様……いいえ、僕はただ……!」


 何か訴えかける様子の彼。


 しかし杖を降ろす様子はなく、やはりエイベル公爵が抱えている魔術師の一人……と思った、その時。


「双方動くな、特に魔術師!」


 力強い声のした方を見上げれば、屋根の上から陽光を遮るようにして、誰かが目の前に着地してきた。


 輝く金髪、黒を基調とした衣服、長身であり引き締まった背。


 誰よりも駆けつけてほしかった彼が来てくれたと、私はどこか安堵した思いだった。


「アレックス……!」


「荒事か。双子の魔力が爆ぜたのを感じて来てみれば……何?」


 アレックスは腰に差した剣の柄に手を掛けようとして、動きを止める。


 すると帝国魔導学園の教師は、杖を降ろし、冷や汗混じりの笑みを浮かべた。


「いやはや、本当に良いタイミングだったよ。君が来てくれなきゃ、多分精霊の子らに仕掛けられて一戦交えていた。面倒な手続きまで踏んで王国入りした以上、荒事は避けたいからさ」


「クライヴ。来ていたのか」


 アレックスが短く発すると、クライヴと呼ばれた男性も「まぁね」と応じた。


「個人的な用事でね。是非会いたい人がいたからきたんだ」


 言いつつ、クライヴはちらりと私に視線を送ってきた。


 アレックスも「なるほど」と呟く。


「目当てはティアラか。だが……」


「分かっているよ。僕もティアラ様が宮廷で受けた仕打ちは知っている。だから戻ってほしいと言っても戻ってはくれないだろう。でも……一目会って、話すくらいは構わないだろう? どうして中々、さっきまでは誤解されていたようだけれどね」


 クライヴの言い分を聞いて、アレックスも警戒を解いたのか。


 剣の柄に向かいかけたまま制止していた手を、柄から離していく。


「アレックス。あの人、知り合い? もしかして、帝国魔導学園で知り合っていた人?」


 するとアレックスが何か答えるより先……。


 クライヴが「なっ、ああぁっ……!?」と、わなわなと震えだした。


 そしてゆっくりとこちらに近寄ってくる。


 ウィルとシェリーはしかめ面で警戒した様子だけれど、そこはアレックスが「奴なら問題ない」と言って宥めていた。


 私の目の前までやって来たクライヴは、衝撃的というか、信じがたい事実を知ったような面持ちで語り出す。


「ティ、ティアラ様……? も、もしや僕を……本当に覚えてはいないのですか? ……っ! まさか先ほどまでの警戒した様子は、そういう意味の……!?」


 合点がいったような、信じたくないような。


 色んな感情が綯い交ぜになった表情を浮かべるクライヴに、私は言った。


「その、ごめんなさい。前に帝国内で、特に宮廷内でお会いした方でしょうか……? そうでなければ、ええと……あまり覚えていないと言いますか……」


「あっ、あああぁ……!?」


 出会った際の凜々しい魔術師といった出で立ちはどこへやら。


 クライヴは膝から崩れ落ち、アレックスは声を殺して笑っていた。


 ……でも、どうか許していいただきたい。


 帝国の宮廷内で会っていないとなれば、それは外部にて負傷者として私が治癒した方か、もしくはその場に居合わせた方ということになる。


 私が帝国で治癒してきた方々の数は、正直、数え切れないほどだ。


 その全てを記憶するのは不可能だった。


「本当にごめんなさい。私、あなたをエイベル公爵の息のかかった魔術師だと思って……」


「ぼ、僕があんな奴の! あなたを追い出した奴の手下だと……!? 馬鹿な、そんな、馬鹿な……! 記憶の、記憶の片隅にさえ残っていないなんて……」


 クライヴが項垂れながらそう言えば、アレックスはいよいよお腹を抱えて笑い始めた。


 声は抑えているようだけれど、抑えきれずに笑い声が漏れ出ている。


 そんなアレックスへと、クライヴは恨めしげな視線を送った。


「アレックスッ! いつまでも笑っていないで僕を紹介してくれっ!」


「ああ、してやる、してやるから……ハハハッ。だがまさか、ティアラに会いに来た癖に、覚えられていないとは……。しかもショックを受けすぎだろう、お前」


「同情するなら紹介してくれっ!」


「分かった分かった」


 今にも泣きそうなクライヴに、笑いすぎで目尻に涙が浮かんでいるアレックス。


 アレックスは手の甲で涙を拭ってから、笑いを収め、普段通りの彼に戻った。


「改めて紹介する。そこにいるのはクライヴ・レルウォン。レリス帝国、四大貴族家の一角、レルウォン公爵家の嫡男。奴とは帝国魔導学園で知り合った仲で、見ての通り、今は教職に就いている」


「レルウォン公爵家……!?」


 家の名前なら当然知っている。


 エイベル公爵のドミクス公爵家に匹敵するほどの名家だ。


 ドミクス公爵家の力が、抱えている魔術師の数ならば。


 レルウォン公爵家の力は、魔術師としての力の質だ。


 少数ながら一族全員が優秀な魔術師として知られ「一騎打ちならレルウォン家に軍配が上がる」とさえ言われるほどだ。


「……あっ」


 今更ながら……よく考えたら数年前、私は一度レルウォン公爵家に行ったことがある。


 あの時は若い男性を治癒した気がするけれど……。


「もしかして、前にレルウォン公爵家で治したのって」


「そうですティアラ様! 僕です、思い出していただけて光栄です……!」


 起き上がったクライヴは凄まじい速さで私の両手を握った。


 その姿に、アレックスが再び笑う。


「これがあの帝国最強と噂される魔術師だとは、誰も思うまいな……」


「黙れ王国最強の竜騎士、その減らず口は相変わらずだね……! 僕の方が二個上なのを忘れたのかい……?」


「上から物を語るのに歳の差を使うとは。教職らしく、遂にお前も年功序列の沼に嵌ったか」


「上から語っているのは君だろう!? わざと言っているだろう、アレックス」


 珍しく失笑気味というか、呆れと冗談が半分ずつといった面持ちのアレックスに、勢いよく食ってかかる様子のクライヴ。


 ……二人の関係はどうやら、帝国魔導学園では友達のようでありつつ、ライバルのようなものだったのかもしれない。

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