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24話 魔導書の修復

 リンジーさんの魔道具店に着いた私たちは、早速リンジーさんに魔道具を見せる……より先に。


「食ってくれ、師匠。これから少し忙しくなる」


「ありがとうアレックス! 師匠思いの弟子を持てて私は幸せ者だっ!」


 アレックスと一緒に買ってきたパンなどを、リンジーさんに渡していた。


 既にアレックスがこの前に買った堅パンはなく、リンジーさんもそれなりに飢えていたようだ。


 ……これが本当に王国随一の賢者様なのだろうかと、少しだけ思ってしまった。


 そうしてリンジーさんが大食いし続けた末、ふぅと一息ついた時。


「それで今日はどんな用事で来たんだい? 食べ物まで最初から用意してくれていたなんて、ただ事じゃないだろう」


「そうなんだ師匠。これを見てくれ」


 アレックスが魔導書をリンジーさんに手渡すと、魔導書側も「おいらを見てくれ!」と言い出した。


 この魔導書、相当な目立ちたがり屋さんである。


 すると途端、眠たげだったリンジーさんの目が大きく見開かれた。


「今こいつ、喋ったよね?」


「やはり師匠にも聞こえるのか。これは魂が覚醒した魔導書らしくて、王立図書館にあったところをティアラが持ってきたんだ。こいつ曰く、凄まじい魔力の持ち主にしか声が聞こえないようで、それで二百年も放置されていたらしい」


「二百年ものの魔導書かい……それで中身は? もう確認したんだろう? もったいぶっていないで早く教えな」


 リンジーさんの催促に、アレックスはニヤッと笑みを浮かべた。


「聞いて驚けよ師匠。……俺の見立てでは、かの大賢者の魔術指南書だ。ちょうど二百年前、統一言語が王国で使われ始めたタイミングで、写しを含めて各国から消失したはずの品……と言えば伝わるか?」


「な、何ぃ……!? 大発見じゃないか!? そんなものがどうして王立図書館に二百年も……って、表紙に刻まれた隠蔽系の魔法陣のせいか……。ご先祖様ならやりかねないね……」


 リンジーさんはアレックスと同じようなことを言い納得しつつ、さらに気になったことを口にした。


「あの、ご先祖って。これ書いた大賢者様ってリンジーさんのご先祖様なんですか?」


「おや、アレックスから聞いていないのかい。私の先祖は歴代随一の大賢者と呼ばれるハリソン・ダイアスだよ。私はその力を少し引き継いだ程度に過ぎないがね」


 リンジーさんの自虐的な言葉に対し、アレックスは「少しなものかよ」と食い気味に言った。


「王国随一の魔術師がよく言う。今の言葉、城勤めの魔術師たちに聞かせたら全員が卒倒するぞ。全魔術属性を習得済みの師匠だって、ハリソン・ダイアスの再来なんて前は騒がれていたじゃないか」


「……まあ、その名声を聞きつけて集まってくる連中がうるさすぎて、今はこうして隠居状態なんだがね」


 リンジーさんは「静かな方が性に合っているのさ。研究も捗るし」と付け足した。


 王国随一の魔術師がこんな隠れ家のような場所でひっそりと暮らしていた原因は、自身の名声にあったらしい。


 私も聖女というだけで帝国では多くの人に囲まれたりしたので、リンジーさんの気持ちは少し分かった。


「ともかく、ティアラがやばい魔導書を掘り出してきたのは分かったよ。それでアレックス、これをどうする気だい?」


「中身が全部旧王国語だからな。大陸の統一言語に置き換えて翻訳したい。そうすれば翻訳版とはいえ、複製もできていいだろう?」


「貴重な文献だからね……。また紛失は避けたい。何より……」


「何? おいらってやっぱすごいの?」


「……中身を読むにしても、魂のない写しなら静かに読めるだろうしね」


 私やアレックス同様、リンジーさんも魔導書の騒がしい声に早くも参っている様子だった。


「ただし問題もある。師匠、このページを」


 アレックスが捲ったページは経年劣化の一種なのか、文字が焼けたようになっていた。


 これでは文字が潰れていて全く読めない。


 そういったページは魔導書の前半に集中している様子だった。


「これは……そうか。表紙に刻まれた魔法陣、そこから滲み出る魔力で魔導書の文字がやられたのか。大賢者の魔力が大きすぎた結果か……。アレックスや、城に修繕や修復系の魔術師で使えそうな奴はいるかい?」


 アレックスは首を横に振った。


「無理だな。魂の目覚めた魔道具は、声の聞こえる者にしか扱いきれず、応じもしない。その原則に則れば十中八九、その辺の魔術師には中身さえ読めないだろうし、修復系統の魔術さえ受け付けないだろう。……だからこそ、師匠に見せにきたんだ」


「言われてみりゃあその通りだね……。魔道具の魂の格は作り手の格に比例する。大賢者の残した魔導書、その魂が目覚めた今、王国でもその声が聞こえる人間はここにいる三人くらいかもしれないね……」


「帝国の聖女、王国随一の魔術師、先祖返りの王子……そうだな。となれば俺たち三人で翻訳と修復を進める他ないってことだ」


 アレックスとリンジーさんは色々と話し込んでいるが、私はついて行けないでの置いてけぼりにされた気分だった。


 とはいえとっても大変な作業を二人が進めようとしているのは分かった。


「でもティアラは旧王国語を読めない。翻訳については俺たちで進めるしかないぞ。しかもティアラは魔術も習得していないから文字の修復についても難しい。つまり……」


「使える人員は実質二人かい。こんな分厚い魔導書の翻訳を……しかも魔導式を二百年前のものから現代のものに当てはめる必要があるって考えると面倒だねぇ。でも、それを成して中身について研究を進めれば、歴史に名が残るかもね」


「ああ、わくわくしてきたな師匠……!」


 明らかに困難な道のりだろうに、アレックスは燃え上がっていた。


 王子としての執務を放り出してここまで来ただけのことはある。


 ……それと今さっき、修復についての話題が出て、魔術を使えない私が戦力外といった言い方だったけれど。


「リンジーさん。ちょっとその魔導書を貸してください」


 私は魔導書を手にして、文字が潰れているページを開いた。


「アレックス。これ、図書館の本だからってことで、私もこの文字の潰れや表面の傷はいじらずにいたんだけど。……そもそも勝手に修復してもいいの?」


「構わない。そこは職権乱用になるが、王子の力でどうとでもしてみせるさ。そもそも読めないものを読めるようにするという時点で、王立図書館側も受け入れるはずだ」


「よかった。そこが気になっていたから、教えてもらえてよかったよ」


 私の中でかなり気になっていた部分だったので、そこさえ分かれば大丈夫だ。


 アレックスは私の隣に来て、手元の魔導書を見つめてくる。


「それでティアラ。どうする気だ? まさか聖女の力で本まで治せる……とか言い出さないよな?」


「……? 治せるけど?」


「「…………は?」」


 アレックスとリンジーさんの上擦った声が重なった。


 ……あれっ、そんなに驚くことかな。


「待てティアラ。ティアラの力は生きている者にしか作用しないんじゃないのか?」


「最初はそうだったけど、力を使い続けるうちに道具も治せるようになったよ? そもそも修復系統の魔術だって似たようなものじゃないの?」


 問いかけると、アレックスとリンジーさんは絶句していた。


 色々と凄い二人がそんなにびっくりすることもないと思うけれど……。


 そこで私は二人に納得してもらうべく、少し説明を加えることにした。


「何より、本の素材である紙って元々は植物でしょ? 私の力は植物にも効くから、それなら本にも効くって」


「「……。…………」」


 今度こそ納得してもらえると思ったら、二人は動きを完全に止めてしまった。


「……アレックス。この聖女様、本当に帝国から連れてきてよかったのかい? あの魔力量に加えてこの汎用性。一人で国を支えられるレベルだけども」


「向こうの姫君の判断で直接宮廷から追い出されたのだから、何も問題ない。しかし……。ティアラの規格外さがまた浮き彫りになったというか。これはもう、対象を治す能力というより」


「対象を元に戻すって概念的な能力に近いね。魔術には不可能な概念に干渉する領域の能力、正に奇跡だよ」


 二人は色々と言っているけれど、そこまで大それた力ではないと思う。


 ともかくこの魔導書は修復していいとのことだったので、私は魔導書に触れて治癒の力を行使した。


 すると、魔導書の魔法陣からの魔力で文字の潰れてしまったページには、黒い線がデタラメに入っている感覚があった。


 つまりはこの線を消してしまえばいいのだ。


 怪我や病も、黒い靄や塊といった感覚なのだから、この黒い線だって同様に消してしまえる。


 私は魔力を送り込み、文字をそのままに、文字を潰している黒い線だけを消し去るイメージを持った。


 すると魔導書は元の姿を取り戻していく。


「なっ、何々!? おいらの中に凄い魔力が流れこんできて……う、うおおおおおおおお!? 力が漲るぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 なぜか絶叫する魔導書。


 そういえば表紙も劣化していたなと思い、力を使って表紙の方も綺麗な状態に戻しておいた。


 その末、魔導書の表紙は美しい深紅の色を取り戻し、表紙へ深く精緻に刻まれた魔法陣は、それ自体が美術品のようでもあった。


「元々金色で刻まれた魔法陣だったんだね……よし。綺麗になった」


「おいら、ピッカピカにされちまったよ」


 私はアレックスへと魔導書を渡す。


 するとアレックスは唖然としつつページを開き、リンジーさんもそれを覗き込む。


「……完全に新品同様だ……。誰かに二百年前の品だと言っても信じないだろうが、これでやっとまともに読める状態になったな」


「まともに読める状態、ねぇ。……思えば二百年前の大賢者は、未来を見通す千里眼を持っていたとも聞いている。ご先祖様も馬鹿じゃないだろうし……もしかしたら、大賢者はティアラがこうやって魔導書を修復することを見通していたのかもしれないね。それで修復して読んでもらう前提で、あんなに強い魔力の魔法陣を表紙に刻んだのかも……。その末、私たちに魔導書の扱いを託したってところか」


「この顛末も、全知全能と言い伝えられている大賢者の思惑通りといった可能性もあるのか。もし今の仮説が本当なら、ティアラは大賢者も認める力の持ち主ということになるが……いいや、ティアラの力であれば大賢者でさえ認めるだろう。これはもう、全て必然であったのかもしれないな」


 アレックスとリンジーさんは二人揃って、半ば納得したような雰囲気を出している。


 何にせよ残す作業はひとまず翻訳のみということで、私は二人の役に立ててよかったという思いだった。

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