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16. 結末

血は止まっている、との当初のお従兄様の説明の通り、アーシアさんは元気だった。


面会謝絶、となっていたのは伯爵を欺くための嘘で、彼女はとっくに回復していたのだと教えてもらった。


「どこをどう刺せば、傷が治りやすいか、出血量などちゃんと考えて刺しましたから」とは彼女の弁。彼女の賢さはわたくしの想像を超えていたようだ。


意識を失ったのも、念のためにお従兄様が薬をかがせていたかららしい。


ただし、計画を聞かされてはいたものの、外からの接触を遮断されていたせいもあって、全てが終わって彼女に会いに行ったとき、「私だけ何も知らなかっただなんて」と涙目になっていた。


そしてお従兄様……もとい、エフューロ様は学校を今期で退任するそうだ。


もともとこの件が終われば、侯爵の後継者として本格的に領主の仕事を任されることが決まっていたらしい。


養子の件は白紙に戻り、婚約も解消された。


偽りの身分で結んだものなのだから、当然なのだけれど。


なのに当の本人は、ケロッとした顔で本当の釣書をもってうちにやってきたらしく、お父様はカンカンで、もちろん怒って追い返したのだと学校から帰ってきて教わった。


エフューロ様……綺麗なお顔のわりに面の皮が厚い……。


エーゲン伯爵の罪は暴かれ、そこから次々と国内の協力者たちが炙り出されていった。


真実を知ったルシェル女公は、元伯爵を前にした時に襲い掛かるのではないかとみなが危惧したが、少なくとも復讐の念は胸の内にとどめたようだった。


国内はいまだ混乱のさなかにある。


伯爵領は評議会の投票により、新たな貴族が拝領することになった。新任の領主は保守派のオール=ダード卿の推薦した者だったらしく、侯爵は大変ご機嫌だったらしい。


反対に改革派のデッドリー様は伯爵とその一派を一掃したことにより勢力が後退した為、これからが大変かと思いきや、親族も含めて身軽になったとこちらもご機嫌だった。


まぁ、エフューロ様はどちらかというとデッドリー様に考え方が近い。侯爵領を彼が継げばまた貴族の勢力図も変化していくだろう。


そうやってバタバタとしている内に、とうとう、わたくしの運命の日がやってきた。






「アストリード様、もしよろしければ、今度わたくしの開くお茶会にいらしてください!」


「わたくしも招待状をお送りさせていただきたいです!」


「わ、わたくしも是非に!!」


交流会当日、沢山の生徒にわたくしは囲まれていた。悪い印象を持っていた人ほど、余計に罪悪感がつのるのかもしれない。


学校でもエーゲン伯爵が捕まると同時に、アストリード侯爵令嬢は男をたらしこんでいたのではなく、7大貴族の娘として彼らと協力し敵を追い詰めていたのだと噂が広がり、評価が一転したのだ。


「お招き、嬉しく思いますわ。ご招待をいただけるのでしたら、屋敷に送ってくださいませ」


そう声をかけつつ、人だかりから何とか抜け出す。


誘ってもらえるのはもちろん嬉しいのだけれど、今日に限って言えば、それどころではない。


なにせ、本日の交流会が断罪のイベントの舞台なのだから。


無論、わたくしとて、ゲームそのままのイベントが起きるとは思っていない。だって、全てこちらの罪ではないことは証明されているのだから。


それでも安心できないのは、やはり内容は異なっていたとしてもゲームのようなイベント自体は起こっていたからだ。出会い然り、狩猟大会然り。


つまり、設定そのものがなかったことにはなっていないということ。


前世のホラー映画などでさんざん観てきた。


エンドロールの後、気を抜いた瞬間、土の下から手が伸びて墓場に引きずり込まれるだとかそう言った展開を。


「いいえ、落ち着いて。これはゾンビが出てくるゲームでもないわ。恋愛アドベンチャーなのよ」


だから大丈夫なはずだ。わたくしは自分に言い聞かせる。


ゲームでの断罪のシーンはもうすぐだった。


確か、そう。鐘の音と共に証拠を持ったお従兄様に声を――、


「ラシア」


「せ、先生……」


呼び声に振り返れば、彼が足早に近寄ってくる。


やっぱり、わたくしはお咎めを受けてしまうの? でも、何の罪で?


エフューロ様は目の前で立ち止まると、わたくしの肩を強くつかみ、言った。


「結婚、しよう!」


「……なぜ?」


予想とあまりにも異なった言葉だったために反応が遅れてしまったけれど、どう見ても、愛しているから、などという雰囲気ではない。


普段、多少の厄介ごとなら笑顔でさらりと躱してしまうような彼が追い詰められている。彼の背後に目をやって納得した。


彼はもう一介の教師ではなく、次期侯爵だ。しかも、憂いだった婚約は解消され、結婚適齢期でありながら今やフリー。御三家に並ぶ優良株といっていい。


ついでに、まだ学校にいる3人とは異なり、彼は本日で学校を終える。勝負をかけるなら今日しかない、と子女が殺到したのだろう。


わたくしとて、貴族の娘。政略結婚の覚悟はできている。


ただし、それは双方同意の上でのことだ。一方的に顔が気に入ったからといったような立場に物を言わせた契約はもう絶対にしない。


それ以上に、目の前の女の子たちから逃れるために適当に婚約するなんてことも。


だから、


「絶対にお断りします!!」


わたくしの代わりにアーシアさんが割り込んで、彼に答えを返す。


「ユーラシア様は、貴方とは結婚いたしません」


エフューロ様は彼女に冷たい視線を送り、


「君は関係ないから、間に立たないでくれるかな?」


「関係あります! 私は、ユーラシア様の友人です! お友達のことは守ります!」


「友人? それなら、笑顔で彼女の未来を見送ったらどうなんだい?」


「その未来に、貴方はいないと申しているんです! それに、私の方が甲斐性だってありますから!!」


「甲斐性? 領主より頼れるって?」


「そうです。医師だって法務官だって、どんな資格だって取って見せます。お支えし続ける覚悟もあります! ええ、ユーラシア様のためなら、私、何度だって刺せます!」


「だ、だだだだめよ、アーシアさん! ケガは絶対にいけないわ!」


なぜか、拳を突き上げ、とんでもないことを言い出した彼女を必死に止める。


これだから天然ヒロインは!!


ヒロインは本当に優しく誰かを守るためなら自分を犠牲にしてしまえる性格なのだ。今ここでしっかりと言い聞かせておかなければ、友人のためにと宣告したとおり、何かの折にアーシアさんはまた絶対にやってしまうだろう。


それなのにエフューロ様はハッと鼻で笑って彼女をさらに煽り始める。


「何を騒いでいる?」


「どうしたの?」


騒ぎを耳にし、デッドリー様たちもやってきた。


「ちょうどいいところに! エフューロ様を止めてください!」


「……何故俺がと言いたいところだが、お前の頼みなら仕方がない。――2人とも、言い争いはやめろ。頭を冷やせ。何が原因かは知らんが、その原因となる物は俺が預かろう」


その言葉で、今度は仲裁に入ったデッドリー様に2人が食って掛かる。


「絶対に差し上げません!」


「君にあげるわけがないだろう!」


あぁ、お願いするのではなかったわ。


デッドリー様が火に油を注いでいる……。


どう止めればいいものやら、おろおろとするしかないわたくしをオーストラ様とミラー様が引き留めた。


「しばらく放っておいていいと思うよ」


「そうそう。それよりラシアちゃん、あっちに美味しそうなケーキがあったからさ、食べに行こ!」


「で、ですが……」


そこへ、ちょうど会場に2度目の鐘の音が鳴り響いた。


ゲームならラストの、ヒーローがヒロインに皆の前で愛を誓う場面だ。


本来ならとっくにエンディングに入っているはずだった。


なのに、一向にその様子は見えない。


ただ単にわたくしを含めて皆が、アーシアさんの周りに集まっている状態。


やはり個別ルートではなかったということだろうか。そして孤独なノーマルでもない。


だとするなら、これって多分、逆ハーレムエンドよね?


でも逆ハーであっても、わたくしはそこに存在しないものであったはず。


しかし、どう見てもこの情景、まるでわたくしもエンドに含まれているような……?


「――もしや、情け深くもわたくしとの友誼もこちらの結末に加えてくださったというの!?」


確かに、悪役令嬢ですらストーリーを変えられたのだから、物語の主人公であるアーシアさんがエンディングの設定を変更するなどわけないことだろう。


つまり、アーシアさんは逆ハーエンドにわたくしも入れてくださったのね!


友人、という言葉の通り、彼女は悪役令嬢ともだちの結末を変えてくれたのだ。


ありがとう、アーシアさん!!


「ええ、加わるわ、わたくし! ハーレム要員になりましてよ!!」


嬉しさのあまりアーシアさんに抱き着いてしまった。


彼女は驚きながらも、突然飛び込んできたわたくしをしっかりと受け止めてくれる。


「な、なに? どうなさったのですか?」


彼女の心遣いに思わず目が潤んでしまう。


友情、万歳!


この感謝の想いをどう言葉に変えればいいのだろう。この感動が少しでも届けと、彼女の美しい目を正面から覗き込んで、伝えた。


「わたくし、貴女が大好きよ」


「!! わ、私も好きです!!」


途端に、抜け駆けをしたわたくしに同じハーレムメンバーが色めき立つ。


「ちょっと、ラシア! 今のは聞き捨てならないな!」


「いやいやいやいや、ま、まだ勝負はついてないから!」


「警戒はしてたけど、思ってた以上に伏兵が強力だったな……」


「どういうことだ?」


「……デッドリー、もうとっくに卒業したと思ったのに、まだその段階だったの?」


「オーストラ、前もそうだったが、意味が分からないのだが」


「僕、教えないって言ったよね?」


「ね、ラシアちゃん、オレは?! オレのことは?!」


何だかまだいろいろと会話は続いているみたいだけれど、もう何事もなく過ごせるなら何でもよろしいの!


わたくし、ユーラシア・アストリード。


役割、『ファラロンの乙女』の悪役令嬢。


無事にエンディングを迎え、恐ろしい結末を乗り越えたことを、ここにご報告いたします!

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