15. side : エフューロ・オール=ダード
「――で、他の家からの接触は?」
「特段には。ヴァルターということで軽く探りを入れてくる家はありましたが、今のところ常識の範疇ですね。アストリードほど積極的に動いたのはいません」
「その侯爵家については?」
「現時点では怪しい動きはなさそうですよ。単なる親ばか、という感じです」
「そうか。引き続き見張ってくれ。何か少しでもおかしなそぶりを見せたら連絡を。くれぐれも無理をするんじゃないぞ。ルシェルの二の舞になってしまっては、お前の存在を隠していた意味がなくなるからな」
「わかりました。婚約に関しては都合のいいことに保留をと言われていますので、そのままにしておきます」
「ああ。それにしてもアストリード家とオール=ダード家か……ふむ」
「伯父さん、何を考えているんですか?」
「いや、もしあちらがシロならば悪くはない組み合わせだと思ってな。もちろん、お前が望むならば、だが。ご令嬢はどのような感じだ? 会ったことはあるはずなのだが、どうも記憶に残っとらん」
「もし演技ではないのだとしたらの話ですが、面白いですよ、実際。家など関係ないなんて、初めて言われましたから……」
あの時のことを思い出す。
偽の紹介状を手にアストリード家に行った時のことを。
簡単な交流会だと言っていたが、集められた面々を見ればわかる。娘の婿選びなのだと。
7大貴族の1家だ。誰もが自分こそはと、何とか存在を目立たせようとしていた。
失敗したと思った。
目的は侯爵に接触を図ることだったからあまり目立ちたくはないと思い、地味な格好をしすぎてしまった。
これでは、侯爵に娘には興味がないのだと表しているように思われるかもしれない。一人娘を溺愛していると評判だ。今後のためにも不興を買うのは避けたかった。
ふと視線を感じ、なにげなく見上げて、2階からこちらを見下ろしている女性と目が合った。
随分な美人だと思った。同時に向こうも同じことを思っているのが分かった。
思い出すのは、幼い頃に通りから眺めていたガラスの向こうの色とりどりのケーキ。決して手の届かない美しさ。
侯爵に呼び出されたのは、それからすぐのことだった。
「……確かに面白い娘だ。他の奴らのいない時に会う機会があればよいのだが……儂があまり表立って大きく動くこともかなわんしな」
「そのうち会えるでしょう。年末の評議会主催の舞踏会もありますし」
「それについては、少し面白い情報を仕入れている。舞踏会ではいつでも動けるようにしておいてくれ。ブロクラックの親族が怪しい動きをしているらしい」
「それはそれは……」
あそこは身内に恵まれていない。まだ若い当主に刻まれた、人生の酸いも甘いも知り尽くした者が持つような眉間のしわがそれを物語っている。
「まぁ、内通者が判明すればそれらの問題も一気に片が付くだろう。あの若造に恩を売るいい機会だ。しっかり頼むぞ」
「はい、伯父さん」
「エーゲン伯から接触がありました」
僕の言葉に伯父が満足そうに髭を撫でさすった。
彼が機嫌のいい時にする癖だ。
「ほう。ようやく動き出したか。ヴァルターとして偽装するため、蓄財をあらかた使いつくし、わざわざ懐具合についての情報も流してやったのだ。儂の全てを賭けた。喰いついてもらわんとな」
そうだ。伯父は本気なのだ。
近年、オール=ダードの地域産業は機械技術に押しやられ衰退の一途をたどっている。コンコルドが手に入らなければ、いずれ領地は破綻するだろう。
だからこそ、この計画に失敗は許されない。失敗すれば、僕はまた捨てられるだろう。
いや、捨てられるだけならむしろまだ優しいと言えるのかもしれない。
僕は実の親にすら処分されるような存在なのだから。
「伯爵はアストリード家の事情について詳しく知りたいようです」
「今、あそこは競合状態に陥っているからな。アストリードを蹴落としたいのだろう。建国からの由緒正しき血でもない新興風情がふざけおってからに。適当に情報は流しておけ。信用させろ。侯爵家についてはこちらで補っておく」
「お願いします。それから、ラシアが狙われているようです」
彼女を思い出すとき、いつも胸が少し空く。
この世の醜悪さは何一つ知らず、怒りも苦しみももてあますことがない。何もかもを手にしているはずのそんな少女が僕を求め、手に入れられずにあがくさまは小気味よかった。
その瞬間だけは、自分が、特別な人間になれた気がした。
「侯爵の弱点はそこだからな。……ふむ。場合によっては、アストリード候と手を組むのもいいかもしれんな。お嬢さんとアストリード家を罠にはめたふりをして、裏から一気に畳みかけるのも良かろう。――とりあえずもう少し様子を見るが、場合によっては儂が動く。連絡を怠るなよ」
「はい」
いよいよ計画は大詰めだ。
ラシアが乱入してきたのは想定外だったけれど、大体は上手くいっている。
「本当にこの計画からアストリードは外していいのか?」
「大丈夫ですよ。代わりに、あの平民の少女が協力してくれましたから。伯爵は僕が言われたとおりに刺したと思っているようです」
「そのような危ない橋を渡らずとも侯爵の娘を使えばよかろうに。そういえば、お前、ブロクラックの夜会でもわざわざあの娘に会いに行っておったな」
見られていたとは思わなかった。まぁ、美男美女の組み合わせは嫌でも目を惹くのだろう。
彼女のところに入れ代わり立ち代わり他の男が行くのを目にして、なぜか我慢ができなかった。
じっと見つめると頬を染めたのだから、容姿が通用しないわけではないのだろうけれど、以前伝え忘れはないかと確認されたから今回はちゃんと思ったことを伝えたというのに、半分以上聞き流されてしまったらしいのだけが残念だ。
「ラシアに忘れられては困ると思って……伯爵を信用させるためにも」
「信用させるため、か。果たしてそれだけの理由か? 確かに、いい目をした娘だったが、美しいだけならよそに掃いて捨てるほどいるだろう。お前なら、大抵の女を手に入れられる。執着はするなよ。嘘で結ばれた婚姻なのだからな。侯爵と協力しないのであればこの問題に決着がつけば、破棄されることになるだろう」
うるさいな、という言葉をかろうじて呑み込んだ。
そんなことは言われなくても分かっている。
僕たちの関係は最初から最後まで、嘘でしかないのだから。
込み上げてきているのは怒りなのだろうか。
どうしておとなしくしておかない。せっかく守ってやったのに。
“約束”という言葉を彼女が口にするのが耐えられない。
心の奥底から意地の悪い感情が浮かんでくる。
見せつけてやろうと思った。この手を。
目を背けると思った。醜い皮膚に。
このよくわからない感情にケリをつけるのだ。
てっきり、顔を青ざめ、おぞましいと払いのけるものだと思っていた。
彼女は言った。
『もうお従兄様に傷は増えてほしくありませんもの』
これ程想いのこもった声を、かつて、かけられたことがあっただろうか。
どうしてだろうね。
母に捨てられても泣かなかったというのに、僕は今、ひどく泣きたい。
明日で本編は終了します。エピローグは短いため、明日、結末と一緒に投稿します。




