15. 真相_5
「……伯父さま?!」
驚愕の声を上げるわたくしに、彼はフフッと笑う。
「さっきの説明、どう考えてもおかしいだろう? 僕の母がヴァルターの貴族なら、家を出たのは鋼戦争の頃になってしまう。だとすると、僕はいつ生まれたことになるんだい? 簡単な計算だよ。僕の生徒なら、このくらいできないと」
あの状況で、冷静に年表の計算なんてできるわけないじゃない……。
上がってきたオール=ダード侯爵に頼まれ、入れ替わりで伯爵を拘束するために3人が降りていく。部屋を見回した侯爵の目が、わたくしでとまった。
「……なぜ、アストリードの娘がここにいるのかね? 彼女は計画から外したはずだろう。それに途中のゴミは何だ?」
「彼女は自分から飛び込んできたんですよ。よりにもよって話をつけている最中に。聞かれた可能性もあるし、伯爵の元へ連れていけ、と言われて仕方なくです。ゴミは僕を片付けようとした馬鹿どもです」
やれやれと、侯爵にため息をつかれる。
何もかもが分かったと思ったのに、また疑問が増えた。
「お、お従兄様、伯父は亡くなったと仰ったではありませんの!」
「なに? 儂が死んだ?」
「言ってないよ」
「仰いましたわ。“いた”と過去形で……」
言いかけて、あの時の言葉を思い出す。
“母の兄が立派な銀色の髪の持ち主だったと聞いているよ”
オール=ダード侯爵をみる。特に、その見事に照り輝いた頭を。
まさか、過去形がかかるのは“髪”の部分なの……?
銀色の髪の持ち主だった、今は禿げあがって見る影もないけれど、とそう言っていたの……?
わたくしが侯爵をあまりにも眺めているのに気が付き、
「儂の自慢の甥だ。愚かな妹に似ず、しっかりと育ってくれた。儂によく似ているだろう?」
オール=ダード侯が、はっはっはと自慢そうに笑う。
思わずお従兄様を頭からつま先までじっと見て、オール=ダード侯爵を確認して、再びお従兄様を二度見してしまった。
似ているとはいったい……?
どう答えるべきだろう。
そうですね、と肯定すればお従兄様に失礼な気がするし、そもそも失礼と思う時点でまず侯爵に対して失礼な気が……。
思わず無言になってしまったわたくしに、お従兄様が「そうそう、思い出した」と言い、
「君、もしかして僕がアーシア嬢を傷つけた犯人だと思ってない? なんで?」
「ち、違いますの?」
「違うよ」
「でも、足音が……」
教会内で反響していた音についてと、そこから導き出した答えを告げる。当然ながらゲームでのことが決定打だったとは言えないけれど。
彼は呆れたようにわたくしを見つめ、
「いや、意識しないと足音がしないのは僕の昔からの癖だから……スリや窃盗をして暮らしてた時のね。君といっしょにいた時もそうだったでしょ」
そもそもあそこにも鳴りにくい板はあるのだ、とお従兄様は説明を続ける。
「つまり、お従兄様は無実?」
そういえば、推理小説で読んだことのあるトリックだわ、などと考えてしまったけれど、そもそもわたくしは前にも言った通りミステリーを読んで犯人を当てられたことがなかったのだ。
「当たり前でしょ。いくら僕がひねくれてたって女の子を刺す趣味はないから」
「では、どなたが!?」
やはり伯爵がじかに手を下したのだろうか。
そうと知っていたら、落とす前にもう1、2発追加で殴っていたというのに。
いや、今からでも遅くは――、
「自分でだよ。彼女、自分で刺したんだ」
「…………はい? もう一度仰ってくださる?」
「だから、自分で刺したんだよ。伯爵に印章を盗った少女を探し出し、殺せって言われたからね。もしくは、君を捕まえて引き渡せとも言われた。そうしたら信用して仲介するって言われたから。で、協力してもらおうとその話をまず彼女にしたら、君をどうにかするだなんてとんでもないって、彼女迷わず自分を刺したよ。こっちは軽い傷で誤魔化すつもりだったのに。前々から思っていたけれど、あの子、可愛い顔してちょっとおかしいんじゃない? 気を付けた方がいいよ」
お従兄様は美しい顔でさらりとひどい言葉を吐く。
自分で刺した?
彼女が?
お腹側を怪我していたのはそういう理由?
確かに、自分で傷をつけるなら背中はなかなか難しいはず。
「つまり、わたくしを庇ってご自分を犠牲に?」
「その一言で片づけられる君もどうかと思うけどね。ああ、そういえば君も伯爵を道連れにしようとしてたっけ。誰かのためにとか、何かのためにとか、そんなことで自分を犠牲にするなんてよく実行できるね。呆れるよ」
「……でも、わたくしもお従兄様が傷つくくらいなら、自分で刺しますわ。もうお従兄様に傷は増えてほしくありませんもの」
お従兄様はわたくしの返答に目を丸くする。
よくよく思い返してみると、ヴァルターを偽る以外、真実が暴かれないよう包んだ言い方をしているものの、お従兄様はわたくしに嘘をついていない。わたくしが勝手に勘違いしていただけだ。
彼がヴァルターではなくオール=ダードの血を引いているのなら、現侯爵が駆け落ちしたと言っていた奔放な妹君が母親なのだろう。それならば計算が合う。
そして、手の怪我、あれも嘘では決してあり得ないから、傷ができた経緯も本当のことなのだとわたくしは思っている。
親に見捨てられてできた跡だなんて、つらすぎるわ。
「……まいったね。今のは結構来たよ」
彼が笑う。
それは魅了させるための微笑ではなく、まず何よりも心が喜んで、それがゆっくりと肉体に広がっていったような笑みだった。
……びっくりしたわ。こういう表情もできる方なのね。
「それほど僕のことが好きってことかな」
「全然違いますわ」
むしろ、今の言葉でどうしてそうとれるのか、逆にこちらがききたいくらいだ。
今度は狐のように目を細め、彼はわたくしの顔を覗き込む。
「ふ~ん、じゃ、ラシアはまだ僕と別れたいって思ってる?」
「思っていますわ」
「いいよ、別れよう」
「よろしくて?!」
「うん、捨てられるのは慣れてるから」
ぐっ。
言葉に詰まったわたくしを見て、お従兄様は楽しそうに笑う。
完全に遊ばれているわ。
オール=ダード侯爵はわたくしたちを眺め、
「じゃれ合うのはあとにしてくれ。それより、エフューロ、証拠は見つかったのか?」
「これが隣国の紹介状です。それからこっちが、裏取引の帳簿の一部。あとは――」
お従兄様はわたくしから目を離すと真顔に戻り、懐からさきほどエーゲン伯から受け取ったものや、その他の書類を取り出す。
「ふむ。これだけあれば、評議会とて≪21貴族の取り決め≫があれども否とは言うまい。都の屋敷の捜索にも着手できるだろう。よくやった」
並べられたそれらを見渡し、侯爵は自分の髭に触れ、満足そうに微笑んだ。
「儂はこれを持って法庁に行ってくる。長きに渡った争いもようやくすべてが終わったな――ああ、ようやくだ」




