第9話
それから数週間が経ち、今日は西口とのネタ会議の日だった。
いつもの喫茶店で俺の書いた漫才のネタを一読した西口は、「OK」とだけ言って席から立ち上がり、店を出ようとした。
「ちょっと待って」
「何?」
西口がネタに対して特に意見を言わず立ち去るのはいつものことだったが、それを俺が止めるのは初めてのことだったので、西口は少なからず驚いているようだった。
「ちょっと話さへんか?」
「何やねん気持ち悪いな」
「気持ち悪いって何やねん」
「いや気持ち悪いやろ。今までそんなこと言ってきたこと無いねんから」
少し笑いながら、西口は元の席に座り直した。
「で? 何を話すねん」
「そりゃネタの話やろ」
「ネタの話って言われてもなあ。俺はネタのこととか分からんし。お前もよう知ってるやろ」
「そうやけど、でもお前、今の俺のネタでM-1決勝行けると思うか?」
日本一の漫才師を決める賞レース「M-1グランプリは、2010年、笑い飯の優勝を最後に、一旦幕を閉じた。そのM-1グランプリが、今年から復活することが発表され、その予選まであと1ヶ月ほどに迫っていたのだった。
「ううん……どうかなあ」
「俺は無理やと思ってる」
「……」
俺があまりにはっきりと宣言したので、西口は返す言葉が見つからないようだった。また、自己評価の高い俺が、自分のネタを悪く言うことなどほとんど無かったので、そのことに関しても動揺していたようだった。
「じゃあ、どうすんねん」
「まずはお前の意見が聞きたい。どうやったら俺らのネタがおもろくなるか。ほんで、俺らにしかできん漫才のスタイルを見つけて、それを磨きまくって、劇場でかけまくる。結局それしかないやろ」
「……おう。そうやな」
西口は少しおかしそうににやけながら言った。
「何がおもろいねん?」
「いや、だってお前がそこまでネタに熱くなったり、俺に意見求めることなんて今まで無かったやん。それがちょっとおもろくて。何か映画かドラマか観たんか?」
「別に、そんなんちゃうわ」
俺は少し照れながら言った。俺が熱くなっているのは、無論ラブライブの影響だった。自分の叶えたい夢に向かって突き進む穂乃果たちの姿に、少なからず背中を押されていることを、最近になって気付き始めていたのだ。しかし、それを西口に言うのは少し恥ずかしい気もしたので、こいつには黙っていることにした。