【白雪姫がリンゴ嫌いになったところで】
この世で一番美しいのは誰か?
それは鏡に問うまでも無く皆さまもご存知の通り、白雪姫にございます。
けれども、今世の白雪姫はちょっと変わった御方のようで。
美しく育った白雪姫は、自分より美しいものを許さない継母に命を狙われました。
白雪姫は狩人に森へと逃がされて、七人の小人の家に住むことにはなりました。
そこで継母は魔女に化けて、毒リンゴを白雪姫に差し出しました。
えぇ、差し出しましたとも。それはそれは美味しそうな、毒リンゴを。
そこからが、問題だったのです。
「ごめんなさい。いただけないわ。」
白雪姫は貰ったリンゴを魔女に返そうとしました。
魔女は、そのリンゴを受け取とうとせずに後ろに下がります。
「いえいえ、どうぞ。遠慮なさらずに。」
「あなた、私を殺す気!?」
思いがけない言葉に、図星を突かれた魔女はとても驚きました。
「と、とんでもない。そんなことは決して、ありませんよ!」
それがあるんだな、と知っているのは魔女ぐらい。
「だったらこのリンゴを持って、すぐにでも帰ってくださらないかしら。」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいな!」
魔女もすんなり帰る訳にはいきません。
白雪姫に食べさせるために、彼女がどれほど苦労をしたことか!
美しさを求める王妃が、変装のためにわざわざ醜い魔女に化けたのです。
加工して毒を取り除かれたりしないように、すぐにでも噛り付きたくたくなるリンゴを探したのです。
触っても大丈夫な毒リンゴを作るのも大変だったのです。
住んでいる城から抜け出して、遠い森の奥まで歩いてきたのです。
美味しそうなリンゴを欲しがって群がる動物たちから必死で守って持ってきたのです。
嫉妬の心をたっぷりこめた特製の毒リンゴ、だというのに。
あぁ、これまでの苦労は何だったのか!
「お前は、リンゴが好きじゃないのかい!?」
「世界で一番嫌いだわ!」
「んなー!?」
驚きのあまり、魔女は奇声をあげました。
だって、だってこの計画を企てたのは。
白雪姫の大好物が、リンゴだったからなのに。
「世界で一番嫌いだなんて、一体何があったんだい?」
今の状況を受け入れられない魔女は、白雪姫に問いました。
「子供の頃は好きだったわ。えぇ、それはもう。焼いたりせずそのまま食べるのが一番好きだった。」
そうでしょ!?そのはずでしょ!?
そう叫びだしたいのを我慢して、魔女は白雪姫の話を静かに聞きます。
「毎日リンゴを食べてたわ。読むのもリンゴの本ばっかり。ついにはリンゴの研究も始めたの。」
「そ、そこまで好きだったのかい。」
「禁断の果実だとか、様々な知識を得たわ。そして私は、とある本からリンゴの恐ろしさを知ったのよ。」
「リンゴが恐ろしいものだなんて、どこから得た情報なんだい?」
「毒リンゴの作り方。」
「へーい!?」
城にあった本ならば、そりゃあ目にする機会はあったことでしょう。
見られてはまずい本は隠したつもりでも、見つかってしまうのがお約束。
「怖くなって、もういらないって言っても、美容に良いはずだからってリンゴリンゴリンゴばっかり。」
嫌と言っても強制されるのですから、リンゴへの嫌悪感はより増したことでしょう。
白雪姫は綺麗な瞳でリンゴを睨みながら、忌々しそうに握りしめました。
「何が美容に良い、よ。おかげで死にかけましたわよ!!!」
リンゴは砕け散って、跡形も残っておりません。
「そういう訳で、リンゴはこの世から消し去りたいと思うほど嫌いですの。」
「そ、そうかい。」
「全てのリンゴが毒リンゴになってしまえばいいのに。」
何が彼女を歪めてしまったのか、リンゴへの嫌悪感が酷いことになっておりました。
さすがに魔女もあきらめて、城に帰った後のことです。
白雪姫が死んだという噂を耳にしました。
小人の一人が言うには、うっかり料理に交じっていたリンゴに気づいたショック死だそうで。
毒など無くとも死んだんかい、と呆れる女王はため息をつきました。
「白雪姫は言ってたなぁ。死ぬほどリンゴが嫌いだと。」
これで物語は終わりません。
白雪姫は、王子がキスをして再び目を覚ますのですから。
「美しい白雪姫、どうか私と結婚していただけませんか?」
「まぁ、素敵な王子様!あなたとならどこまでも。」
「では早速案内しましょう、我がリンゴの国へ!」
「よし、死のう。」