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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第34話 蒼き竜との契約

 静寂が、落ちた。

 蒼の瞳が、リアンを捉えたまま、動かない。

 巨大な眼差しに、揺らぎはない。

 逃げ場のない視線だった。

 問いではない。

 選択肢すら与えない、要求だった。

 リアンは、顎を引きかけ――

 次の瞬間。


「待て」


 鋭く空気を割って入ったのは、クラウスだった。

 半歩、前へ出る。

 龍と、リアンの間に立つように。


「条件があるなら、俺が払う」


 蒼に満ちた空間が、かすかに軋む。

 空洞の奥で、何かが動いた気配。

 リアンが言葉を発するより先に、クラウスは言葉を重ねた。


「目だろ? そういう話なら――」


『違う』


 低い声が、空間を断ち切った。


『お前ではない』


 蒼の瞳が、わずかに細まる。


『そこの――青白い光を宿す少年だ』


 その瞬間。

 左腕を、強く掴まれた。

 ルカだった。

 両手でリアンの腕を掴み、指先に力がこもる。


「……リアン。だめッ」


 呼ぶ声が、震えている。

 リアンは、掴まれた腕に視線を落とし、小さく、首を横に振った。

 それだけで、視線を龍へ戻す。

 龍の声が、重く落ちる。


『誤解するな』


『目を“奪う”と言った覚えはない』


 蒼の空洞に、低い波が広がった。

 水のないはずの空間に、見えない揺らぎが走る。


『私は、長いあいだ、ここに在り続けてきた』


『深い底で』


『循環の中で』


『外を、知らぬまま』


 巨大な胸奥で、低く、深い脈動が走る。

 それに呼応するように、空洞全体がわずかに震えた。

 蒼の瞳が、リアンを映す。

 低く、深い声が、洞の奥で反響した。



『お前の目を通して、世界を見せてもらう』


 理解した瞬間、胸の奥が冷たく締まる。


(本当に、見るだけなのか。――違ったとしても、断る理由はない)


 リアンは、一歩、前に出た。

 ルカの手が、驚いたように揺れ、指先が緩む。


「……受けます」


 声は、静かだった。

 逃げる理由は、もうどこにもない。

 クラウスの肩から、張り詰めていた力が抜ける。

 それでも、目を逸らすことはできなかった。

 龍は、ゆっくりと瞼を伏せる。

 次の瞬間、空洞の奥で“何か”が、確かに定まった。


『――契約、成立だ』


 蒼の瞳が、大きく開かれた。

 深い水底のような光が、内側から溢れ出す。

 光は散らない。

 迷いなく、一直線に伸びる。

 リアンの視界が、白に満たされた。

 眩しさではない。

 光そのものが、瞳の奥へと注ぎ込まれてくる感覚。


(……来る)


 全身を貫く、冷たい衝撃。

 クラウスが、思わず目を見開く。


「リアン……!」


 声は、途中で止まった。

 触れていいのか、触れてはいけないのか、判断できない。

 ルカは反射的に飛び上がり、リアンから手を離していた。

 今、近づいてはいけない。

 そう、身体が先に理解してしまった。

 光は、確かにリアンの瞳へと流れ込んでいる。

 拒絶も、抵抗も許されない。

 祝福に似た選定。

 リアンは、ただ立っていた。

 目を閉じることもなく。

 逃げることもなく。

 すべてを受け入れていた。

 それが、自分の選んだ答えだと知りながら。


 視界が、わずかに遅れて戻ってきた。


「……リアン。大丈夫か?」


 クラウスの声が、近くで響いた。

 ルカも、不安を隠しきれないまま、顔を覗き込んでくる。

 リアンは、答える前に、視線を落とした。

 自分の両手を見る。

 指先。

 掌。

 確かに、そこにある。


 (何だ、この違和感は)


 一瞬、距離感がずれた。

 触れられるはずの位置が、ほんのわずかに遠い。

 あるいは、近すぎる。

 どちらとも言えない違和感。

 瞬きをすれば、元に戻る。

 気のせいだと、思える程度のもの。

 リアンは、ゆっくりと息を吐いた。


「……大丈夫」


 声は、普段と変わらない。

 少なくとも、自分ではそう思えた。

 ただ――

 世界が、ほんの一枚、薄い膜を挟んだ向こう側にあるような気がしていた。



『約束のものを渡そう。――近くへ来い』


 リアンは頷き、足を進めた。

 巨大な竜の前に立つと、その存在感だけで、空気が重く沈む。


『恐れるな。身体に触れよ』


 言葉と同時に、竜はわずかに首を垂れた。

 蒼く透ける鱗が、淡い光を帯びている。

 リアンは、静かに手を伸ばした。


『触れよ』


 リアンは、迷わず鱗に手を当てた。

 冷たいはずの感触は、不思議と温度を持たない。

 石でも、氷でもない。

 ただ、確かに“生きている”何かが、掌の奥に伝わってくる。

 次の瞬間。

 触れた指先から、赤が滲んだ。

 滴ることはない。

 落ちることもない。

 血は、境目を失うように、リアンの皮膚へと溶けていく。

 掌の中心で、赤は静かに揺らぎ、やがて光を含んだ液体へと変わった。

 皮膚の内側に、柔らかな重みが満ちる。

 押し込まれる感覚ではない。

 迎え入れられるように、血はリアンの中へと吸い込まれていった。

 痛みはない。

 ただ、目の奥が、微かに脈打った。

 背後で、クラウスが息を呑む気配がした。

 ルカは一歩も動かず、ただその光景を見据えている。

 竜は静かに頭を上げた。

 蒼く透ける瞳が、リアンを映す。

 そこに、感情らしい揺れはない。

 だが、拒絶でもなかった。

 空洞の奥で、低い脈動が一度だけ響く。

 それを合図にするように、蒼の空間が、わずかに緩んだ。



 蒼の空洞に、変化が生じる。

 それ以上、この場に言葉が落ちることはなかった。

 巨大な瞳が、ゆっくりと伏せられる。

 まるで、この場に関わる意志そのものを、閉じるかのように。

 空洞の一角が、淡く揺れた。

 青白い光が、霧のように立ち上がり、ゆっくりと形を持つ。

 道と呼ぶには曖昧で、しかし進むべき方向だけは、はっきりと示されていた。

 言葉はない。

 だが、それで十分だった。

 リアンは、息を整えるより先に、足が前へ出ていた。

 すぐ背後で、足音が重なる。

 確認するまでもなく、ルカとクラウスが続いていると分かった。

 三人は言葉を交わさない。

 この場で余計な音を立てること自体が、躊躇われた。

 光の中へ踏み出す。

 その瞬間、足裏の感触が、ふっと途切れた。

 振り返る。

 つい今まで立っていたはずの場所は、もう見えない。

 蒼も、竜の姿も、空洞すらも残っていなかった。

 そこにあるのは、境目のない闇だけだ。

 前を向くと、淡い光が、確かに続いている。

 踏み出すたび、その先に、また新たな輪郭が滲んだ。

 不思議と、恐怖はなかった。

 前だけを見て、進めばいい。

 考えるより先に、足は前へと運ばれていた。

 歩調は乱れない。

 息も、鼓動も、意識しなければ存在を忘れるほど静かだ。

 何歩進んだのか、数えようとしてやめる。

 その必要がないと、感覚が告げている。

 景色は変わらない。

 前には淡い光。

 後ろには、何もない。

 時間を測る基準が、いつの間にか失われていた。

 隣を歩くクラウスは、足取りを変えない。

 何も言わず、ただ進んでいる。

 ルカは何度か口を開きかけて、結局、言葉を飲み込んだ。

 声にする意味がないことを、肌で感じ取っているようだった。

 どれほど進んだのかは、分からない。

 だが――

 足裏の感触が、変わった。

 次の瞬間、視界に色が流れ込む。

 白と蒼だけだった世界に、濃淡が戻る。

 岩の灰色。

 雪に反射する鈍い光。

 空の、冷たい青。

 遅れて、音が追いついた。

 風が岩肌を撫でる音。

 遠くで雪が崩れる、かすかな響き。

 自分たちの吐息。

 胸の奥に張りついていた緊張が、ゆっくりと解けていく。

 強く意識していたはずの感覚が、いつの間にか、ただの現実へと戻っていた。

 リアンは、静かに息を吐く。

 足元には、確かな地面がある。

 背後に、青白い光はない。

 クラウスが周囲を一度だけ見渡し、短く息をついた。


「……戻ってきたな」


 ルカは、何も言わず、雪を踏みしめる。  その表情に、張りつめていたものが、ようやく緩んでいた。

 そこにあるのは――

 ネヴァリス山脈の入口。

 三人は、確かに、その場所に立っていた。

 リアンは、無意識に自分の視界を確かめる。

 色も、距離も、形も、正しく見える。  それでも、世界の奥に、わずかな層が重なっているような感覚だけが残っていた。


 (……まだ、終わっていない)


 そう直感しながらも、リアンは何も口にしなかった。

 今はただ、ここに戻れたことだけが、確かだった。











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異世界ファンタジー 第七王子 王家の闇 貴族社会 王宮陰謀 双子 出生の秘密 精霊 七属性 魔法 能力覚醒 成長物語 シリアス ゆっくり恋愛 純愛
― 新着の感想 ―
リアンが会ったブルードラゴン。そして生き血の代わりに差し出すのはリアンが見る世界。 本当に良かった°・*:.。.☆ そしてリアンたちが進む世界。 そしてティアラは!? 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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